#129 風呂場の水合戦
遅くなり申し訳ございません。
ちょっと仕事の方で色々とありましてパーンしておりました。
短い時間ではあったが、存分に走り回り汗だくになった園児三人。
親たちも一先ずの目的は果たせただろう。
そして暑さが増す前に一行は帰路に就く。
家に帰ると遊び相手がいなくなるユナは少し寂しそうではあったが、また明日の朝も遊ぼうと約束をすると多少は気は紛れたようだ。
明日からはもっと早く家を出ようと意気込むユナ。そのための早起きとテキパキとした身支度は歓迎したいところではあったが、朝の家事も終わらせておかなければならない母ヒトミとしては少々複雑であった。
そんな葉桐母娘と別れた戸塚一家とマコトは、自宅アパートの階段前で一息つく。
「じゃあ、鍵開けよろしく」
「らじゃー」
「わかった」
ミツヒサはスズカに鍵を渡し、マコトも付いていくように視線で伝える。
「おーし、ちょっと暑いけど我慢してくれよー」
ミツヒサはまずキョウカをベビーカーから抱き上げ、ミオの抱っこ紐に入れる。その後フウカも同じように。
しっかりと双子を抱いたミオは、転ばないように一段一段細心の注意を払いながら階段を上る。そしてミツヒサは二台のベビーカーを折り畳み、他の荷物と一緒に抱えてミオのすぐ後に続く。
「ふぅ……」
「お疲れ」
「みーくんもありがと」
階段を上りきり、労い合う戸塚夫婦。
家庭も仕事も順風満帆な戸塚家にも悩みはある。そのうちの一つは外出時の手間だろう。
アパートの二階から赤ちゃんを抱えての階段の上り下りは中々に大変だ。ベビーカーや他の荷物もあればなおさら。双子というのも難易度を上げている。
そのため、ミオも一人――ミツヒサもアカリも居ない状況で双子を連れての外出は控えている。ミツヒサが家にいてくれて、サポートしてくれて本当に感謝していた。
「ただいまー」
「ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
二人と双子は開けっ放しの玄関をくぐると、すでに手洗いうがいを済ませたスズカとマコトに出迎えられる。
「パパはい」
「おう、鍵開けご苦労さん」
「二人ともありがと~」
「ん」
「どういたしまして」
「あ、二人ともそのままシャワーね」
「ん。まーくんいく」
「あいさー」
ミオは子どもたちを風呂場に向かわせる。
汗を流して着替えるだけではない。運動をして火照っている体と、日にさらされた肌を冷まさせる目的もある。もっとも、汗と砂埃がついた格好で動き回って欲しくないという理由も当然あるが。
「みーくん」
「了解」
スズカとマコトはミツヒサに任せ、ミオはエアコンが唸るリビングへ。
「はー、涼しー」
ただ木陰で双子を見ながら世間話をしていただけとはいえ、暑さを感じないわけではない。体にまとわりついていた熱気が吹き飛ばされていくその感覚に思わず声が漏れる。
早くソファに腰を下ろしたくなる誘惑に駆られながらも、ミオは先にやっておくべきことに取り掛かる。
双子をソファの隣のベビーベッドに下ろし身軽になると、少々野暮ったい紫外線&視線対策ばっちりの外出着から部屋着――半袖のTシャツに七分丈のルームパンツに着替える。
そして冷蔵庫からプラスチックバック――その中から濡れタオルを取り出し、唯一日にさらされていた顔に当て火照りを冷ます。その後化粧水も顔に振りかけ手早くケア。
母になってもこういったことを欠かさないのが淑女の嗜みであり、夫婦円満のための秘訣なのかもしれない。ただそうできるだけの魅力と甲斐性が夫にも必要なのかもしれないが。
「あー、だぅ」
「うぅ……ぁ……っ」
ミオが日焼けのアフターケアをしていると、ベビーベッドからうめき声が聞こえてくる。
キョウカは柵を支えにつかまり立ち。フウカは……どうやらぐずっているようで。
「きょーちゃんは元気だね~。ふーちゃんはどうしたのかな~? トイレかな~? ごはんかな~?」
「ひっぐ……あぁぁぁあ、あぁ――!」
「うぅー…………、……あぁぁぁあああ――!」
とうとう泣き出したフウカ。そしてキョウカもそれに釣られて泣き出す。
「きょーちゃんもかー。ちょっと待ってね~」
慌てることはない。朝のお散歩から帰って来ればいつものこと。
三児の母は双子のお腹を満たすためにテキパキと動き出す。
一方風呂場。
頭と体を軽く流した三人は、仲良く水風呂に入ろうとしていた。水風呂と言っても多少はお湯も混ぜてあるので、そこまで冷えているわけではない。おそらく二十度前後。
しかし走り回って未だ熱を帯びている体には十分冷たく感じる。
「~~♪ つめたい♪」
年相応にはしゃぐ幼女。
水に浸かるまでは恐る恐るといった様子だったが、一度浸かってしまえばどうと言うことはない。
「「あ゛ぁ……」」
そんなスズカとは逆に、年など関係なくひんやりとした水に思わず声が漏れる男二人。
「「……」」
「……お前もおっさんか?」
「かもしれない……」
妙に的を射ているそのやり取り。
「……心臓大丈夫?」
「余計なお世話だわ」
「――わぶっ!?」
歳の差三十余り。もちろんシャワーである程度体を冷たさに慣らしているがマコトは心配し、それにミツヒサは手で水鉄砲を作り応える。大人の大きな手から放たれるそれはそこそこの威力と水量を誇っていた。
「――まーくんのたたき!」
「うおっ……!?」
そこに反撃とスズカが手作りの水鉄砲で応戦する。
マヨネーズの容器で作った……と表現していいのか悩むが、仕組みも使い方も説明いらずの水鉄砲。
「……すーちゃん、”たたき”じゃなくて”かたき”ね。あとまだやられてないから……」
「……ん、おぼえた」
そうして始まった風呂場の水合戦。やっていることは叩いて被ってじゃんけんぽん。ただしじゃんけんはなく、叩くのは水で。被るのは洗面器だ。
「パパをたおして、すーはれでぃになる……」
マコトは浮かぶ三丁の水鉄砲にせっせと水を汲みスズカに渡す。この水鉄砲の弱点である装填速度の遅さをカバーするための分担作業。
一心同体の二人は阿吽の呼吸でミツヒサを攻める。
「まず後方支援部隊を攻めろと歴史が語っている!」
「ふぉばっ……!?」
「まーくん!?」
洗面器を盾に作業していたマコトであったが、キャップを外す一瞬の隙をつかれて被弾。そこには公園で一緒に遊べなかった鬱憤も入っていたりいなかったり。
「――まーくんのかたき!」
学んだスズカがすかさず反撃。
盾にしていた洗面器を捨て、両手にマヨ……水鉄砲を装備し、思いっきり押しつぶす。
「うぶっ……。やったなぁ……」
「みゃぶ……」
しかし連射能力にも劣る水鉄砲。
弾切れになり、防御も放棄したスズカはミツヒサからの攻撃をもろに食らう。
「すーちゃん防御!」
「……まーくんありがと」
スズカは顔に着いた水を払いながら、眼前に洗面器を掲げてくれたマコトに礼を言う。
「むぅ、パパつよい……」
「そうだねー……」
ミツヒサは手で作った水鉄砲。両手を水につけながら放てるので、威力もさることながら地味に連射能力も高い。
「まーくんどうしよ?」
ミツヒサの止まない攻撃に洗面器を被りながら、コソコソと作戦会議をする幼児二人。
「……戦略的撤退」
「むぅ……」
大人顔負けの知識を有するマコトではあるが、出来ないことは出来ないのだ。圧倒的な大人の前には為す術はない。
それに、お風呂に入ってそろそろ良い時間でもある。マコトは今日のところはきりにしようと提案する。
「まだすーはちからぶそく……」
そうしてリベンジを掲げるスズカ。
いつまで娘と一緒にお風呂に入ってもらえるか分からないミツヒサであったが、もうしばらくは大丈夫そうであった。
読んでいただきありがとうございます。
女性は美のために陰では努力してるんです。
ミオもアカリも、そしてスズカも…




