#123 子どもの可能性
そうして日曜参観もすべての授業が終わった。
私たちが体育館から戻ってきて間もなく、いち早く帰りの会まで終わったひつじ組。
ミオとも合流し、世間話をしながらうさぎ組の帰りの会が終わるのを待つ。
ちなみにすーちゃんはシホちゃんを伴って出待ち中。本当に揺るぎないよね。ちらちらと中を気にする姿は楽しそうでもある。
「アカリ、なにかあったの?」
私の顔を覗き込み聞いてくるミオ。長年親友をしているだけあって鋭い……
「うん、まぁ、ちょっとね。まーくんの教育方針についてどうしようかなって」
「なるほど~。難しいテーマね」
ミオは眉間に皺を寄せ渋い顔をする。
そしてバッグから扇子を取り出し口元を隠すように広げる。あまり他人に聞かれたくない会話をするときの合図だ。私も同じように扇子を広げ、声のボリュームも数段落とす。
「まーくんは色々とおかしいからね~」
「言いたいことは分かるから否定はしないけど……。……まーくんの可能性を私が潰してるんじゃないかって心配になってきて……」
「ふむふむ……」
まーくんと過ごす日々の中でずっと考えていたことではあったけど、今日サナエさんの話を聞いてさらにそう思うようになった。
放任主義。
八代家の――ついでに言うと戸塚家も――基本方針はそう。
子どもたちがやりたいことをやらせてあげる。
でも本当にそれだけでいいの……?
親の贔屓目がなくても、まーくんは他の子と明らかに成長スピードが違う。
だからいつも悩んでしまう。
今の私はまーくんの成長にブレーキをかけているだけではないのかと。
まーくんの誕生日にプレゼントした電子辞書は、悩んだ末に出した一つの結論だった。
四歳の子どもに与えるものとしては早すぎるんじゃないかとも思った。
でもまーくんなら、ちょっと教えれば使いこなしてしまうんじゃないかとも。
そして実際、最初は隠れてこそこそと、今は割と堂々と使いこなしている。
まーくんが欲しいものはこういうものなのかもしれない。
常識的に考えたら、子どもゆえに手に入らないもの。
常識的に考えたら、子どもゆえに経験できないこと。
まーくんにはそれが分かっていて、だから欲しいものを口に出せない。
私たちを非常識な教育をする親にしないために。私たちに金銭的な負荷がかからないように。
……考えすぎなのかもしれないけど、まーくんは私たちが思っている以上に賢いし人の顔色をうかがっている。余所のお子さんを見て比較してしまうと、それが顕著に感じられた。
私はまーくんに、もっと何かしてあげなくてはならないのではないのか……
塾に行かせた方がいいのか。
習い事もやらせた方がいいのか。
小学校は受験すべきなのか。
国際学校に行かせた方がいいのか。
言えばまーくんはやり始めるだろう。
お母さんの頼みごとを断ったことは一度も……女の子の服を着せようとしたときくらいしかないのだから。
でもそれらは全部、私がまーくんにやらせようとしていること。
まーくんはクラスのお友達が塾や習い事に通っていると知っている。去年の夏休みも習い事は経験した。だからまーくんの中に選択肢はあるはず。
それでも『自分もやりたい』と言い出していないということは、つまりまーくん自身はそれほどやりたいとは思っていない。
決めた方針にこだわるつもりはない。だからと言って何でもかんでも曲げていては中途半端に終わってしまう。
ぐるぐると思考がループし始めている私に、ミオが軽いノリで言う。
「――今まで通り、まーくんにお任せでいいんじゃない?」
「えっ?」
「ほら、まーくんってちゃっかりしてるしさ。自分のやりたいことは勝手に見つけて勝手にやりだすよ。今もすでに隠れて色々やってるんでしょ?」
「うん……」
確かにまーくんはお家で一人の時、私に隠れて忙しくしている。
ニュースや新聞で時事の把握。
歌。
ダンス。
格闘技の型のようなものの練習。
両手で箸。
両手で鉛筆。
手品等々……
暇そうにしている時間は皆無。
「ならさ、それを見守ろうよ。そんでもって、まーくんが私たちを頼ってきたとき、全力で応えてあげればそれでいいんじゃない?」
「……そう、かな?」
「そうそう。親が張り切ると子どものプレッシャーにもなりかねないからさ。ほら、まーくんプレッシャーにはめっぽう弱いし」
適当に言っているようで、しっかりと核心をついてくるミオの言葉。
いつも考えすぎて動けなくなる私の手を引いてくれる。
「将来だって今から考えるのはさすがに早すぎるしさ。子どもがどうなりたいかなんて、親が決めるものでもないでしょ?」
「うん」
サナエさんも似たようなことを言っていた。
「まーくん、将来何になりたいとか言ってる? ちなみにすーちゃんは……『まーくんといっしょ』……だけど」
すーちゃんの揺るぎなさがちょっと羨ましい。まーくんと一緒の職業なのか、まーくんと一緒にいることなのかはわからないけど。すーちゃんのことだからどっちもの可能性もあるわね。
あと声真似が予想以上に似ていてびっくり。
「ううん、まだわかんないって」
もちろん聞いたことはある。
その時のまーくんはうんうん唸るだけで答えは持ってなさそうだった。
「まーくんなら食うに困ることもないだろうし、心配するだけ無駄じゃない? あれだけ英語しゃべれるんだもん。……ちなみに今何ヶ国語よ?」
「えっと……日常会話は英語だけ。中国語はまだちょっと怪しい。あとはスペイン語、アラビア語、ポルトガル語、フランス語、ロシア語、ドイツ語をかじってる。他にもあるみたいだけど、本人も何語かわからなくなってるんじゃないかと思う」
「……五歳を前にしてそこまでできればもはやギャグよね。日本語大丈夫?」
「それは大丈夫だと思う。ちょくちょく英語が混ざり始めてはいるけど、一応新聞も読んでるみたいだし……。すーちゃんにも教えてるでしょ?」
「そうだった……」
感心を通り越して呆れるミオ。
「とにかく、焦ったところで上手くいくものでもないしさ。今は夏休みの習い事をどうするか考えとくくらいで良いんじゃない?」
「そうね。そうする。ありがとね、ミオ」
「どういたしまして。お礼はまーくんによる老後の保障で良いわよ」
「今から親が子の負担になってどうするのよ……」
こうして年中時の授業参観は、親として子に今何をしてあげるべきか、改めて考えさせられる日となった。
読んでいただきありがとうございます。
スズカがマコトの写真折れて絶望するエピソードを書くべきか悩み中です…




