#121 参観する母
私はママ友達と世間話と言う名の情報交換をしながら、楽しそうに……と言うよりは忙しそうにしていると言った方がしっくりくるまーくんを見守る。
そして朝の自由時間が終わる五分前、しっかり者の女の子の号令でお片付けが始まった。
遊ぶ手が止まらず名残惜しそうな子が多いけど、お片付け特攻隊が容赦なく積み木を回収していく。
「ばら組に追いつくのはまだ難しそうかな……?」
「そうですね……」
その比較対象に、私を含めた元ばら組の子を持つ親は思わず苦笑する。
ばら組のお片付けの変わり身は、お見事としか言いようがないから……
「ばら組の子ってお片付け好きよね」
「そうよね。ユウマもどうやったらおもちゃを綺麗に仕舞えるかうんうん唸ってる」
「うちのコタロウも。綺麗にしまえないと泣きながら助けを求めてくるのよね……」
「適当でいいのにね。どうせまた遊ぶんだから……。お片付けに積極的なのは助かるけど」
「そうそう」
ちなみにまーくんはお片付けの手際は良い。さっさと仕舞ってさっさと次の行動に移るタイプ。
すーちゃんもお片付けはできる。
『お片付けが終わらないと、まーくんと遊べる時間がどんどんなくなってくよ?』と言われれば必死にもなるわよね。でも早さを優先するあまりちょっと雑さが目立つ……
それもつい先日、片付けたまーくんの写真が折れ曲っているのを見て絶望してからは、急成長を見せていたりする。
その時の表情は今でも覚えている。申し訳ないけどちょっと笑ってしまった。お詫びに写真に関してはバックアップから復元済み。
話を戻して。
ちょっと時間がかかりはしたけど、チャイムが鳴る前までにはお片付けは完了した。
年中さんでここまでできるなら十分合格だと思う。さすが躾にも評判のある陽ノ森幼稚園だけのことはある。
――キーン、コーン、カーン、コーン
チャイムが鳴り、私たちは子どもたちの邪魔をしないように口をつぐむ。
「みなさん、おはようございます!」
「「「「「おはよーございます!」」」」」
子どもたちの元気な挨拶が教室に響く。
残念ながら、そこからまーくんの声は聞き取れなかった。
まーくんが大声を出したり喚いたりする姿って見たことないのよね。
大人しすぎたり声量が小さいわけではないので心配はしてないけど、そこら辺は他の子とだいぶ差を感じる。
点呼では大きすぎず小さすぎずハキハキとした返事。園歌も歌ってはいるけど、子ども特有の元気さはない。
ちなみにまーくん、歌は上手。
家ではバケツを被ってよく練習している。
どこでそんな方法知ったのか分からないけど、それがまーくん。
たぶんテレビで見たのよね。
生まれる前の曲とかも知ってるから……
たまに聞いたことない曲もね。ふと思いついたって。もしかしてまーくん、作曲も才能があったり……?
朝の会が終わると、いよいよ授業が始まる。
最初の授業はお勉強。算数の時間。
最初にみんなで声に出して数を数える練習。
乱雑に配置された数字を小さい方から線で繋いでいく遊びを意識したプリントが配られる。
その後、先生と一緒に足し算を学び、計算プリントを解いていく。
おはじきを使っても良いんだけど、暗算で解ける子が半数ほどと思っていたより多かった。
近くのお友達や廊下や教室後方にいるお父さんお母さんに向け、出来たとアピールしている子どもたち。それにサムズアップや拍手を返す親。
まーくんはと言うと……あの顔は退屈な時の表情かな。
確かにまーくんにとって足し算は朝飯前。
家では算数ドリルを使って予習済みなのよね。
小学二年生の途中まで。
すでに九九は完璧。筆算も。分数はこれから。
そしてそれもすーちゃんが付いてこられるように気を遣って進んでいるくらいだから、足し算なんて今更なんだろうな。
ミオもミツヒサさんも、まーくんに教師役を取られてちょっと寂しそう。
すーちゃん、まーくんに教わった方が楽しそうだし、やる気も効率も良いから……
私も去年までは仕事で一杯一杯だったから余裕が無かったけどさ、まーくんに質問して欲しいんだよ?「おかーさん、ここ教えて?」とか、一緒に解いてあげて「おかーさん凄い!」とか……
それをドリルの解説見てサラッと解かれちゃうと……誇らしいやら寂しいやら複雑な心境。いつになったらお母さんは活躍できるの……?
そんな母の思いを知ってか知らずか。
まーくんはプリントを解き終えてはご褒美のシールをどんどん集めていく。
さすがまーくん! うさぎ組で一番だね!
お次の授業は図画工作。
粘土板の上に真っ白な紙粘土が配られていき、その次の瞬間には子どもたちの手形がつく。
お題は好きなもの。
漠然としていてなかなか難しいお題ではあるけど、子どもたちは迷う素振りもなく作り始める。
……まーくんを除いて。
まーくんにとっては難しいお題かもしれない。心配になるくらい――誕生日プレゼントを選ぶのに困るくらいにこだわりが無いから……
早くも出来たとジュンちゃんが声を上げる隣りで、何を作ろうかと悩みながらひたすら紙粘土を捏ねる我が子の姿。
飽きずにいつまでも観ていられるし観ていたいけど、まーくんを観るのと同じくらい重要な目的を果たすため、私は他の親御さんの視界を遮らないように注意しながら教室を出る。
向かったのは空き教室。
壁一面に貼りだされた写真の数に圧倒されながら、ひたすらまーくんが映っている写真の番号を注文用紙に記入していく。
修了式、進級式で眠たそうに座っているまーくん。
お友達に囲まれながら山を登るまーくん。
私が作ったお弁当を美味しそうに頬張るまーくん。
木陰のベンチで休むまーくん。
珍しく自分からすーちゃんに抱き着いているまーくん。
疲れたお友達を励ましながら山を下るまーくん。
畑で土にまみれて虫を見せられ無表情で嫌がるまーくん……
一枚五十円と安さの暴力に負けて、ついついあれもこれもと選んでしまう。
去年よりも構図が良くて表情もはっきりとわかるのよね。撮る人の腕の違いかな?
そうして二十個ある枠をきっちり二回埋めた私は、注文を済ませて足早にうさぎ組の教室へと戻る。
さて、まーくんは何を作ったのかな……?
ハニワって……
まーくんハニワが好きなの……?
そんな素振りあったっけ……?
お母さん、まーくんは何が好きなのかどんどん分からなくなってるよ……
読んでいただきありがとうございます。
 




