#117 いつもの授業風景?(中)
水分補給とトイレ休憩を挟み、本日最後の授業。
みんなお待ちかねの体育の時間がやってきた。
雨で思うように遊べず、体力を持て余しているであろう友人たちのテンションは言わずもがな。ウキウキワクワクが溢れかえっている。
「まこと! たいくたのしみだね!」
「そうだね、楽しみだね」
「きょうはよんだんとびたい。もうよんさいだもん」
「お母さんもいるし、格好良いとこ見せなきゃね」
「うん!」
かく言う僕も、幼稚園の授業の中では体育が一番好きだ。
この授業だけは何も考えずに全力でできるからね。運動能力はお子様レベル。
そしてうさぎ組で誰よりも体育を愛する子はというと――
「よっしゃ! まことっ! いくぞっ!!」
「痛っ!? ちょっ、ジュン! 待て! 落ち着け! Wait!!」
急いでお手洗いから戻ってきたかと思えば、僕の手を掴んで荒ぶり始める。
あまりの力強さに肩が持っていかれそうだ。それより、ちゃんと手洗ったんだよね?
幼稚園(の体育)が大好きなジュン。
特に週明けは、土日を挟んだことによって溜まりに溜まったその欲望が爆発しがちなのだが、今日は一段と激しい。昨日も雨だったのが影響しているのかもしれない。
しかしそんなに急いでどこへ行こうというのだ?
楽しみが過ぎて、クラスで整列して体育館に行くということを忘れてしまったのか?
「ジュン、かーちゃん――」
「――はっ!?」
ぼそりとそう口にすると、ジュンの動きがぴたりと止まった。
効果は抜群のようだ。
ジュンにとってかーちゃんは絶対的存在。今井家の頂点だ。
おイタをすれば天罰(物理)が飛んでくる。
サナエさんと色々とやり取りをしている母上から聞いた話では、ジュン本人がくらったことはないらしいんだけどね。
きっと、三人の兄たちがやらかしてはお仕置きをされる姿を見聞きした結果、本能的に恐れるようになってしまったんだろう。
「……かーちゃん、こっちみてるか?」
「うん、見てる。すっごい見てるよ」
こっちを見て、苦笑いしておられるよ。
あ、目が合った。その視線からは感謝の念のようなものを感じる。お気になさらないでください。もう一年以上の付き合いなので慣れております。
「早く並ぶぞ」
「おう……」
先ほどまでとは打って変わって、少し申し訳なるくらいに静まり返ってしまったジュン。たぶん体育館に着けば復活するだろう。
アイ先生の号令の元、うさぎ組の子どもたちは二列に並び、体育館へと向かう。
ジュンが一人で突っ走っていかないよう手は繋いだまま。正しくはジュンが僕の手首を一方的に掴んでいるだけではあるが。
「ひろまさくん! れつからはみださないでっ!」
「はみだしてないしっ!!」
列から少しばかりはみ出ている大将を、その後ろから口酸っぱく注意するヒメノちゃん。あっちもあっちでよろしくやっているようだ。
僕が大将、ヒメノちゃんがジュン、と同性が手綱を握った方が何かと良いような気もするけど、ヒメノちゃんにはジュンの相手は厳しいだろう。
ジュンは誰だろうと常に全力。純粋で欲望に一直線。
そんな彼女を制するには、それなりの運動能力と技術が必要になってくる。年中さんに任せるには荷が重い。僕もしばしばアイ先生に泣きつく。セイコ先生は……アレじゃん? 体力的な……ね? 察してよ。
大将は大将で相変わらずやんちゃではあるが、子どもは日々成長するというか何と言うか……。まさかドロケイがきっかけになるとは思わなんだ。
なんでも将来の夢ができたそうで、だいぶ落ち着きというものが出てきた。
先生方もそれを上手く利用して言うことを聞かせている。
……やり方が汚いなんて言ってはダメだぞ。
先生方も大変なんだから。それに大人ってそういうもんだし。
そんな感じなので、クラスメイトを叩いたりといった暴力的な行動が、皆無とまではいかないがだいぶ減った。良い変化だ。
これならヒメノちゃんも安心して注意できるというもの。
しかし何故ヒメノちゃんは大将に構うのだろうか。
確かにこの年頃の女の子はしっかりしたがる子が多い。それがお世話好きや面倒見の良さに繋がっているのだろう。一姫二太郎って言葉もあるくらいだし。
だから、ユウマがクラスの女の子たちに人気になるのは分かる。
彼はThe・弟。どこか守ってあげたくなるような雰囲気、素直な性格、可愛らしい顔をしているのだから。客観的にね。
その対極ともいえる大将。
体格に恵まれていて、反抗心があって。行動が目につきやすいのは分かるけど。
実はヒメノちゃん、大将が気になっている……とか?
「将来お父さんと結婚する」なんて台詞があるくらいだ。父親に似てたりするのかもしれない。
「ひろまさくん! あいせんせいをぬかしちゃだめっ!」
「よこだからぬかしてないしっ!」
まぁなんだ、大将さんよ。
構ってもらえているうちが花だぞ。
寂しい大人だった経験からの、せめてものアドバイスだ。
読んでいただきありがとうございます。
次話は2021/06/17 19:00投稿予定です。
改稿履歴:
2021/06/17 18:51 ユウマの台詞にて「たいいく」から「たいく」の発音に変更しました




