#116 いつもの授業風景?(前)
長くなったので分割させていただきます。
朝の自由時間が終わる五分前。
「――おかたづけのじかんよっ!」
ヒメノちゃんの時報が聞こえてくる。
いやはや、こうやって仕切ってくれる子がいると、いろんな意味で助かるよね。
絵本を読んでいた子たちは本を返しに行き、塗り絵をしていた子たちは作品と道具をロッカーにお片付け。
そして積み木で遊んでいた子どもたちは、遊んでいた積み木をほっぽり出し、二つある積み木の箱へと一目散に向かっていく。
「よっしゃ!!」
「かくほー!」
「くそー……」
お片付けの目立ち役を手に入れた大将ともう一人の男の子。
彼らは積み木の箱を押しながら、皆のところを回っては積み木を回収していく。
「はーい、みんなお片付けご苦労様。時間前に終わって偉いね!」
チャイムが鳴る前にはすべて片付き、担任のアイ先生はそれはそれはもう良い笑顔。
自分の持つクラスがこうだと、そりゃ誇らしいよね。春先のうさぎ組の状況がアレだったのでなおのこと。
さて、授業参観はここからが本番だ。
アイ先生が黒板の前に立ち、僕たちはその前にわらわらと無造作に並ぶ。親御さん方は廊下や教室の後ろに。
いつの間にか母上の姿もそこにあった。遊ぶのに忙しくて気付かなんだ。
仲の良いサナエさんやナナミさんと一緒いる。
「みなさん、おはようございます!」
「「「「「おはよーございます!」」」」」
大きな声で元気に挨拶。
その後点呼を取り、歌を歌うといよいよ授業が始まる。
幼稚園の授業は大きく分けて三種類ある。
体育、図画工作、そしてお勉強だ。その他にも農業体験で畑に行ったり等のイベントもあるが、メインはこれらだろう。
最初はお勉強の時間。
先生に言われ、後ろのロッカーに入っているお道具箱から、授業で使う教材を持って席に着く。
長机の隣にはジュンとユウマ。ユウマの隣にはコタロウの順。通路を挟んでミホシちゃんやヒメノちゃんも近くにいる。
「みんな用意できたかな?」
「もちろん!」
「できたよ!」
「ばっちり!」
「それじゃあ右手におはじきを三個……あっ、右手がどっちかわかりますか?」
「わかるよ! こっち」
「はしもつほうだよ!」
「こうやったら、おやゆびがひだりにあるほう!」
「じゃあその反対の手には、おはじきを二個持ってください。――みなさん持てましたか?」
「「もったー!」」
「じゃあ、これをこうやって合わせてください!」
アイ先生が持ったおはじきを落とさないように、両手で握り込む。
子どもたちも小さな手でそれを真似する。
「では、合わせておはじきはいくつになったでしょうか?」
子どもたちは手を開き、その中にあるおはじきの数を数えだす。
「いーち、にーい、さーん――」
……お前ら、ドロケイのカウントは本当に数えているか怪しいほど速いのにどうした? 調子悪いのか?
「ご!」
「ごこー!」
「せいかい! 二個と三個を足すと、五個になります!」
見てお分かりの通り、お勉強の内容は算数だ。
年中に上がって本格的に始まった足し算、それをおはじきを使って物理的に学んでいる。
「じゃあ、2+3は?」
「「「ごー!!」」」
だがまぁ、言っては何だが正直退屈な時間ではある。
一応は大学まで出ている……記憶がある身としては復習にもならないレベルなのだから、そう思ってしまうのも仕方がないよね。
去年までは隣にスズカがいたから、なんとか時間は潰せてたんだけど。
退屈さが表情に出て来ないように気を付けなければ……
「あれっ、まことはごこじゃないの?」
「僕のおはじきはね、どうもやんちゃなんだよ……」
「?」
「こうやっておはじきをぎゅっと握っても――――手を開いたらどっか行っちゃってて……」
「えっ!? おはじきどっかいっちゃった!?」
「で、気付いたらこっちの手にいるんだよ……」
「!?」
「え? え? え?」
「困ったもんだよねぇ……」
ただのコインマジックなんだけどね。
その不思議な現象に、両隣の二人は期待通りの反応をしてくれる。
しかし今は授業中だ。真面目にやらなければ。母上も観ている。
だから、「もう一回やって」とお願いされてもアンコールはなしだ。
気を取り直し、僕たちは配られた計算プリントをおはじきを使って解いていく。
大将やコタロウを始めとした何人かは家の方ですでにお勉強しているのか、おはじきなしで答えを出していく。
ヒメノちゃんとミホシちゃんに至ってはすでに塾に通っているそうで、スラスラと解いている。
「えっと……、よんことよんこは……」
ユウマはちょっと苦手そうだ。
まぁ焦る必要はないさ。じっくりやっていこう。
「よっしゃ、できたぜ!」
反対隣りもプリントを解き終えたようだ。ちなみにおはじきは使っていない。
脳筋そうなジュンだが、なんだかんだで勉強はできる方だったりする。
走ってばっかり、山に登ってばっかりの子じゃない。数字だって千まで数えられる……はず。
ただ飽きっぽく、一定時間体を動かせないと暴れだす仕様なだけだ。
そうしてプリントを解き終えると、先生からよくできましたのシールを貼ってもらう。
この年頃の子はシール好きだよね。何枚のシールが貰えるか競う子も出てくるほどに。
え? 僕?
子どもじゃないんだから、シール欲しさに頑張るなんてことはないよ。もうちょっとマシな餌をぶら下げてもらいたい。
でもまぁ今日は母上の前だし?
ほどほどに頑張ったよ。うん、ほどほどにね。
続いての授業は図画工作。紙粘土で遊ぶようだ。
お道具箱から粘土板を取り出し、先生から配られた紙粘土をこねこねと。
「じゃあ、みんなが今一番好きなものを、その紙粘土で作って先生に教えてください!」
「「「はーーい!!」」」
元気な返事をした子どもたちは、黙々と好きなものを形作っていく。
さて、何を作ろうか。
こういう時、『好きなもの』とか『自由に』とか言われると迷っちゃうよね。
変に知識があって選択肢が多すぎるからなのか、はたまた自由な発想に乏しいのか。
純粋な子どもたちが羨ましい。
母上よ、僕はいったい何を作れば……
母上……ミロのヴィーナスとか……? いやしかし……
「――できた!」
開始三分。
紙粘土を捏ねているだけの僕の横で声が上がり、アイ先生が様子を見に来る。
「お、ジュンちゃん早いね……。これは…………なんだろう……?」
「やまだぞ! ひおーざん!」
「い、いいできだね……?」
「まぁな!」
まぁ、何を作るのも個人の自由だ。
ただの円錐だって立派な作品には変わりない。芸術ってそんなもん。
「ユウマは……車だね?」
お世辞にも上手とは言えないものではあったけど、タイヤらしきものが四つ付いていたので、何を作ろうとしているのかはわかる。
「うん、そう! おとーさんのくるま! どれつくろうかまよったけど、いちばんすきなやつにしたよ!」
どれも凄い車だよね。ほんと……
「こたろーはなにつくってるの?」
「……げーむき」
上下に二つの画面があるそれ。
本物が欲しいという主張を感じるのは僕だけだろうか。親御さん見てるかな?
「まことはなにつくってるの?」
「えれべすとだろ!」
「……」
僕の手には未だ一塊の紙粘土。
ジュンの言葉を否定しようとしても説得力に欠ける状態だ。そろそろ作り始めないと時間が足りなくなりそうだな。初心に戻るか……
そうして二十分後。
「わんちゃんできた!」
「わたしはね、こねこつくった」
「さっかーぼーるだよ!」
「ぼくのはしんかんせん!」
続々と出来上がって来る作品たち。
男の子は乗り物系、女の子は動物系が多いだろうか。
「まこと、なんだそれ? へんなかたちだな」
「変とは失礼な……」
「マコトくんは何を……、これは……、ハニワ……?」
デザインは現実に発掘されたようなやつじゃなくて、かつて家の横にいた伝言係の方ね。
我ながら、なかなかの出来でヒ。
「マコトくんは、ハニワが好きなの……?」
そういえばそういうテーマだったっけ……
読んでいただきありがとうございます。




