#114 親の前
「おっす! まこと! すずかちゃん!」
「おはよう、ケンタ」
「おはよ……」
「おはよー、すーちゃん! まことくん!」
「おはよ……!」
「おはよう、ナツミちゃん」
バスに乗り込んでくる友人たちに挨拶を返す。
年中に上がって二ヶ月弱。
元ばら組の子を介して朝の自由時間に一緒に遊んだりした結果、幼稚園に来ている同学年の子はほとんど顔見知りとなった。
自己紹介をし合ったわけではないので、全員の名前を完全に把握できているわけではないけど、園服にはネームバッチが付いているし、体操服でも名前欄があるので名前が出てこなくて困ることはない。
たまに兄弟のお下がりで名前の部分がぐちゃぐちゃになっていたり、訳あって備品で名無しという子もいたりするが。
親御さん方は、自然に挨拶を交わす我が子の姿を見ては口元に笑みを浮かべ、その成長を感じ取っているようだった。
そうして年中組の親子を拾っていきながら、バスは幼稚園に着く。
バスを降りて傘をさすと、当たり前のように僕の傘に入って来るスズカ。
親がいようとまったくブレない僕たちに、周りの先生方および親御さん方から生暖かな視線が向けられる。
「おはよう、スズカちゃん、マコトくん」
「「おはようございます」」
「今日も二人はラブラブだね」
「うん! すーとまーくんはいつもラブラブ」
からかいが含まれた先生の言葉に、さも当たり前だと正面から答えるスズカ。
「お友達のお父さんお母さんに、マコトくんはスズカちゃんのだってアピールしなきゃね!」
「うん! がんばる」
おいこら先生、悪ノリしてんじゃないよ。
好かれて嫌な気はしないけど、あんまりスズカに変な知識を与えないで欲しい。
すでにミオさんから入れ知恵されていないとも限らないけれども。
「マコトくん、可愛い女の子を連れてるんだから嬉しそうにしなきゃ」
「えぇ……」
「まーくんはよろこんでるよ?」
「え、そうなの? さすがマコトくんマスター。せんせーはマコトくんの表情が読めないよ……」
「すーはまーくんがうまれたときからいっしょだからとくべつ!」
「なるほど! 長年連れ添ってるんだねぇ」
登園早々心労が絶えない。
この光景、他の親御さんにも見られてるんだよ?
そして振り向けば、母上とミオさんは手で口元を隠して笑いをこらえている。
「ふぅ……」
小さく一息吐いて、心を落ち着かせる。
ニヤニヤする先生から逃げた僕たちは、母上とミオさんに手を振り、いつも通り教室へと向かう。
母上たちは受付を済ませてから、販売される写真を選びに行くのだろう。
名残惜しそうなスズカともハイタッチをして別れ、数名の親御さんたちが覗き込む教室へと入る。
親御さんの前だから、なるべく平穏にお願いしますね?
――さぁ、ばっち来い!
「おっす!!」
「……あれ……? うん、おはよう、大将」
突進してくる数が足りないことに疑問を感じながらも、挨拶を返す。
春の遠足以降、クラスメイトとの距離も一段と縮まった。
大将ことヒロマサくんとも、あれから何回か一緒にドロケイを経て今では仲良しに。
それと平行するように、彼の普段の行動も落ち着いてきて、誰彼構わず叩いたりしなくなった。
警察役で追いかけ回してわーきゃー言われることで、大将が無意識に求める何かが満たされたのだろう。
それでもヒメノちゃんとは相変わらずだけど。
彼についてもう一つ変化が。
あだ名が付いた。
”大将”。
シンプルに、名前の漢字を別の読み方にしただけ。
名付けはお察しの通り僕だ。
ドロケイ中、ちょっとばかり熱くなって、うっかりそう呼んでしまった。
それを当の本人が気に入り採用。彼とよく遊ぶ友人たちは皆”タイショー”と呼ぶようになった。
「あ! まこときた。おはよ!」
「おはよう、まこと」
「おはよう、ユウマ、コタロウ」
「おはよう、まことくん」
「おはよう、ヒメノちゃん」
「……まことくん、おはよう」
「ミホシちゃんもおはよう」
大将に一歩遅れて、クラスメイト達が集まって来る。
「まこと、ナンデヤネン!」
「ナンデヤネン」
あ、これ挨拶ね。ナンデヤネン=おはよう。ナンデヤネン。今のはツッコミ。……紛らわしい。
「?」
「まこと、どうしたの?」
「……いや、何でもないよ」
教室を覗き込む親御さん方を視界の端で見る。
母上の気配を感じたが、気のせいだったようだ。そうだよね、今頃は大量の写真からどれを買うか選んでいるはず。
「まことー。かるしうむしらべてきた!」
「おっと、その報告は明日にしてくれないか。今日はまずい」
「なんで?」
「……なんでもだ」
「えー」
今日は大人しく、幼稚園児らしく過ごすと決めているんだって。
「あ、そういえばジュンは?」
「あめでびしょびしょになったから、せんせーといっしょにほけんしつ!」
「……」
なにやっとんだアイツは……
雨にテンションが上がって傘もささずに走り回りでもしたのだろうか……
外で遊べないと、元気っ子たちの元気が空回りするんだよね……
いつもは朝のうちにドロケイで体力を削っておくと楽になるのだが、今日は生憎の雨。うさぎ組でも雨の日のルーティーンはまだ確立できてない。
そしてそういう日に限って暴れだす子が出てくるわけで……
まぁ先生方もそこら辺は分かっているだろうし、今日は年中しかいないから体制も盤石。
それに親の視線もあることだ。多少はお行儀よくなることを期待しよう。
「――まこと! おっす!!」
「おはよう、ジュン」
保健室で着替えて名無しとなったジュンが駆け寄って来る。
その後ろでは、サナエさんが先生に申し訳なさそうに頭を下げていた。
「きょーはおれのかちだ! じゅん!」
「くっそー……、あしたはまけねぇ!」
親の苦労も知らず、勝負に負けたと悔しがるジュン。
「ねぇねぇまこと、なにしてあそぶの?」
「……コタロウ、何がいいと思う?」
「……ばべるのとう」
「じゃあそれで」
「わかった! ――きょーはばべるのとーやるんだって!」
バベルの塔。
シンプルに積み木を積んで誰が一番高いかを競い合うシンプルなゲームだ。
「ジュン、大将、バベルの塔で勝負だってさ」
「おっしゃ! まけねーからな!」
「オレのほうがたかくできるし!!」
「これならぼくもふたりにまけないよ! こたろう、いっしょにやろ!」
「うん。だとう、まこと」
「えー、ゆうまくん、きょうはもえの”だんなさん”……」
「あっ……、まこと、どうしよう」
「……積み木で遊ぶ旦那さんの設定とかどうだろうか」
「うーん……、いいよ!」
「こたろーは”だんなさん”の”どうりょう”やく」
「えっ……ぼくも……?」
ガンバレ、コタロー。
同僚ということは、一緒にお仕事をしとけば大丈夫ってことじゃないか。
「まことー、つみきもってきた!!」
「了解、始めよっか」
「まって、まことくん」
「えっ……」
モエちゃんに呼び止められ嫌な予感。
いやでも過去の統計からは、娘を嫁にやりたくない父親役――つまりミツヒサさんの真似――の可能性が高いが……
「まことくんは”あいじん”やくやって」
「ちょっ!?」
親の前!
読んでいただきありがとうございます。
犬上家の登場のタイミングが難しくて悩む…
改稿履歴
2021/06/07 22:44 文章全体の見直し(話の流れには変更なし)




