#113 梅雨の参観日
遅くなり申し訳ございません。
つい昨日、とうとう梅雨入りが発表された。
じめじめむしむし。
肌がべたついて不快。
洗濯物もできやすいくせに、乾きにくいったらもう……
まったく、嫌な時期が来てしまったものだ。
だがまぁ、こればっかりは文句を言ってもしょうがない。
エアコンさんには仕事を頑張ってもらおう。
文明の利器万歳。
今思えば、転生先が異世界とかじゃなくて本当に良かったよ。
魔法があるなら湿気なんてどうとでもなりそうな気もするけど……
夏場に素晴らしき日本文化に困らないよう、ダムに水を補充しているのだと思って我慢するしかない。
だがしかし、こんな日にとも思わなくもない。
今日は日曜日。
またの名を、Sunday、Domigo、Dimanche、星期日、Воскресенье、Sunnuntai……たくさんあって困るね。
せっかく母上が休みだというのに、朝から雨に降られてしまって……
これはもう引きこもるしかないじゃないか!
……じゃなくて。
「まーくん、そろそろ行こっか?」
「うん」
今日は日曜参観日。
年に一度の授業参観の日だ。
ちなみに先週は年少組だった。
ユナちゃんのお見送りもした。
母上に幼稚園までご足労いただく日だというのに、生憎の空模様。
なんか申し訳なくて渋い顔にもなる。
しかしそんな思いとは裏腹に、母上は僕の幼稚園での姿が見れるとあって楽しそう。
余所行きのオフィスカジュアル(ミオPセレクト)に身を包み、お化粧も普段より念入りに時間をかけていた。
「……おかーさん綺麗」
褒めるのも慣れたもんよ。
ミツヒサさんというお手本があるからね。
「あら、ありがとう」
そう言って、嬉しそうに僕の頭を撫でる母上。
あ、お世辞ではなく本音ですよ? 僕嘘つかない子。
「まーくんは……、ふふっ、いつも通りね」
「……」
いつも通り幼稚園に行くだけだからね。
あ、でも他の親御さんにも見られるのか……
「もうちょっとこうした方が……いいんじゃない?」
「……そんなこと……言われても……」
笑みを浮かべながら両の人差し指で僕の口角押し上げる母上。
これは逆に不自然じゃないか?
「ふふっ……」
「……おかーさん、そろそろ……」
「おっとそうだった」
僕の顔を弄んでいる場合じゃないよ。
バスの時間にはまだ少し余裕はあるけど、お隣さんが待ちわびてる。
「――まーくん! おはよ!」
「っと……、おはよう、すーちゃん。待たせてごめんね?」
玄関を開けると、予想通り一足先に外に出ていた戸塚母娘。
その娘が待ってましたと元気に飛びついてくる。
雨だというのにスズカは相変わらず元気だね。
「すーちゃん、髪の毛可愛いね」
「むふぅ……ありがと」
「まーくんが目ざとい……」
目ざといって……
汚れたら困るからと言って、保管用となってしまっている誕生日プレゼントを今日は着けてくれているんだから、気合が入っているのは流石にわかるよ……
「まーくん、私には何か言うことはないの?」
どうよ!と言わんばかりに、その立派なお胸を張るミオさん。
まぁ、安定の美人だよね。それに加えて、今日はナメられないように気合が入っているというかなんというか。普段はちょっと隙がある(実際は無い)雰囲気なんだけど、それが皆無。纏っているオーラが違う。
「ミオさんきれー」
「……心がこもってないよまーくん!」
「え、そういうのはミツヒサさんの役目……」
「ぶー。まーくんは女性の扱いが分かってないわね」
「ふふっ……。まーくんったら……」
「ママきれい! すーのじまんのママ!」
「すーちゃんありがとぉー!」
そうして戸塚母娘と合流した僕たちは、傘をさしてバス停まで歩く。
もちろん僕はスズカとは一つの傘だ。ちなみにスズカの傘はミオさんが持っている。
「~♪」
「すーちゃん、雨好き?」
「きらいじゃない♪」
「そっか」
濡れないようにと、傘を持つ僕の腕を抱え込みしっかりと間を詰めるスズカはご機嫌のよう。
水たまりなんて障害にならないと、ピンクの長靴で我が道を行く。
「ねぇアカリ、私たちも相合傘する?」
「う~ん、ミツヒサさんに悪いからやめとく」
「ぶー。親子そろって私に冷たい……。みーくーん……」
再び不貞腐れるミオさん。
家を出てわずか一分で夫の存在が恋しくなっている模様。
ちなみに今のやり取りからもわかる通り、ミツヒサさんはお留守番だ。
フウカとキョウカもいるし、寂しいということはないだろう。
それに自ら進んでお留守番を買って出てたしね。
雨の中、生後半年の双子を連れて回るというのも辛いだろうからって。
まぁ、もっと別の理由もありそうだけど。
スズカのお誕生日会でもお逃げになられてたし。
そういうわけで、戸塚家と八代家からは母親のみが参加となっている。
「まーくんの活躍をしっかりとこの目に焼き付けないとね」
「……活躍も何も、普通に授業するだけだよ?」
「ふふっ、そうね。まーくんにとっては普通よね」
含みのある言い方をする母上。
ここで言葉を重ねると、墓穴を掘ることになりそうなので黙秘権を行使する。
「まーくんいるからうさぎ組も面白そうなのよねー……。でもすーちゃんも観たいし……。あっ、そうだ! すーちゃんも一緒にまーくんの授業観に行く?」
「いいの!?」
「いや、すーちゃん。すーちゃんもちゃんと授業受けなきゃ……」
「むぅ……」
ミオさんも変な提案をしないでいただきたい。
上げて落とされたスズカのフォローも大変なんだから……
バス停に着いて数分間。
スズカと一緒にブロック塀を這うカタツムリをじっと観察したり、側溝を流れる雨水の様子を観察したりしながら、バスが来るのを待つ。
その傍らで、母上とミオさんの雑談に聞き耳を立てる。
「そういえばうさぎ組って、年中なってからまだ一回も幼稚園に来たことない子がいるんだってね」
「うん、そうみたい。まーくんも言ってたよ」
おっと興味深い話題が……
十中八九、犬上安奈ちゃんのことだろう。
うさぎ組で唯一お友達になれていない子。
年中が始まってから二ヶ月弱。
教室の後ろのロッカーはお道具箱が入ることもなく、ずっと空っぽのままだ。
最初はなかなか姿を見せないことから、深窓の”ご令嬢”なんて呼んでいたが、今となっては少し軽率だったと後悔している。
ここまで幼稚園に来ないとなると、事情が事情のような気がしてならない。
しかし、気にならないと言えばそれも嘘になる。
他所様の家庭の事情に首を突っ込むのはよろしくないことではあるが、……僕もママ友に毒されたということだろうか。
いや、もしネグレクトとかならむしろ……
「ミオ理由知ってるの?」
「うぅん、ぜーんぜん。あんまりママ友の交流もなかったみたいでさ。マユミさんも知らないみたい」
「へぇ……」
僕らの世代でのママ友界のボス的存在であるマユミさん。
その娘であるシホちゃんはスズカと仲が良く、年中でも同じクラスということもあって、何かとミオさんとやりとりをしているよう。
だがそのマユミさんでも知らないとなると、詳しい事情を知っているのは幼稚園くらいか……
「まーくん、ばすきた」
「あ、ほんとだね」
さて、幼稚園に行こうじゃないか。
読んでいただきありがとうございます。
平日は仕事で手一杯で書く時間がなかなか捻出できず…
エディタを開くと小説ではなくコードを書く病に…
改稿履歴
2021/06/05 21:57 マコトがミオに褒めさせられるやり取りを修正
2021/06/05 22:06 冒頭の洗濯物事情を削除(マコトがお隣を迷惑に思っている文章に見えてしまうため)
 




