#110 山上の逃走劇
元ばら組のメンバーを中心に始まったドロケイ。
地域によってはケイドロやドロジュン、助け鬼などとも呼ばれる、言わずと知れた伝統遊び。
が、念のため陽ノ森幼稚園に代々伝わるルールを説明しよう。
まずは泥棒役と警察役に分かれる。
およそ泥棒4に対して警察1の割合。
泥棒役は決まり次第逃走開始。
警察役はまず全員で数を数える代わりに牢屋の構築を行う。
場所を決めて範囲を設定する。
幼稚園でやるときは、木の周りに円を描いたり外階段の下とかが多いかな。
今回は屋根付きのベンチがあるスペースをお借りしている。
それが終わると、警察役は泥棒役を探しに行く。
誰一人として見張り役がいなくなることは珍しくない。
泥棒を捕まえたとする条件は、泥棒役に触れた状態で五秒間口に出して数えること。グレーゾーンは捕縛失敗。
捕まった泥棒役は、警察役に連行され牢屋に入れられる。
捕まってしまった泥棒役は、捕まっていない泥棒役に手を引いてもらいながらであれば脱獄可能とする。
そして、警察役が泥棒全員を捕まえたらゲームセット。
泥棒役は時間いっぱいまで逃げ切れば勝ち。
このローカルルール、最初に牢屋の場所を泥棒役に伝えないのは新鮮だった。
最初から遠くに逃げすぎると、牢屋の場所がわかんないんだよね。かと言って近くにいすぎるとすぐ捕まる。なかなか考えられている気がする。
僕たちが遊ぶ場合は、これに元ばら組ルールが加わる。
人数が増えすぎて、誰がドロケイに参加していて、かつ警察役なのか泥棒役なのか分からなくなる時がある。
疑わしきにどう対応するかもまたドロケイの醍醐味ではあるのだが、他のクラスの子も一緒に遊ぶ事も多いからね。流石にゲームにならないのは困る。
そこで職務質問を作った。
「あなたは泥棒ですか?」という質問をされた場合、泥棒役は「警察ではありません」と答えなくてはならない。
これで誤認逮捕はだいぶ減った。
この元ばら組ルールも、すでに年中組にはしっかりと広まっているようだ。
年中組の半分以上の子どもたちが広場とアスレチックで追いかけ走り回り、もはや誰が参加しているかわからない状況でも、なんとか成立している。
「いちにさん――あっ!」
「どろぼーですか?」
「けーさつじゃないよ!」
「――あっ、まてっ!」
「――いにさしご!!」
「つかまっちゃった……」
「けーさつか?」
「けいさつでは…………あれっ?」
「……なかまか」
そして泥棒役が増えている。
ひどい世の中……というわけではなく、仲間に入りたそうにしている子を誘っては飛び入り参加してもらっている。と言うか勝手に参加している。
流石に警察役が少ないので、途中から泥棒から警察に転職した子もいる。
凄い世の中だ。
警察役は他クラスの子を追いかけるのは気が引けるようで、クラスごとに管轄もできているようだ。
ちなみにヒロマサくんも誘って警察役で大活躍中。
なんだかんだで遊びたいお年頃なんだろう。
「ぼすっ! さんにめ!」
「……おつかれ」
警察役の僕はベンチに腰を下ろしていると、捕まった子が連行されてきた。
え? サボってるって?
違うよ、見張り役だよ。
睨みを利かせているんだ。
この目で。
あとは昼ドラを楽しんでいる最中。
「ゆーま、あたしのことすき?」
「うん、すきだよ!」
「ねぇねぇ、わたしは?」
「うん、もえちゃんもすき!」
泥棒役のユウマ。
牢屋の中でイチャイチャしとる。
ユウマのことだから、友達ならみんな好きなんだろうが……
他の男の子だと照れてしまうところを、ユウマは正面から受け取め返している。
素直に好きって言える男の子は、女の子から人気が出やすいのかもしれないね。
未就学男性諸君、好きって素直に言ってみよう。
女の子にモテモテになれるかも。
そんな好き好き言い合うだけで楽しそうな子どもたち。
しかし女の子らはともかく、ユウマはドロケイ中。
「――あ、こたろう!」
泥棒役の仲間が助けに来た!
「ゆうまくん、どっちがすきなの?」
「えっ!」
「もえだよね?」
「えぇっ!?」
しかしユウマは動けない!
「――いちにさんしご。コタロウ、逮捕」
「あっ……」
コタロウの視線が修羅場の友人に向かっていたので、背後から回り込んで逮捕。
ユウマが良い囮になった。
「こたろう、ごめんね?」
「……いい」
「ゆーまはこたろーがすきなの?」
「うん、すきだよ!」
そしてコタロウも巻き込まれる。
頑張れコタロウ。
そうして日陰で体力を温存しながら、助けに来た泥棒役を牢屋に入れたり逃げられたりをしていると、
「……ぼすっ! じゅんと……、すーちゃん……が、つかまらない……!」
応援要請が来た。
相変わらずあの二人の逃げ足はすさまじい。
スズカとジュンに泥棒役をやらせたら、なかなか捕まらないんだよね。
足の速さとか体力とか年中組でもトップクラスだから。
ジュンの方は言わずもがな。
山登って特訓しているくらいだから、まともに走り合うと負ける。
だが弱点もある。
「ふぅ……、ぜってーつかまらねーぞ」
「――いちにさん――」
「!?」
「――しご。ジュン、逮捕だ」
「うわっ!? でたっ!?」
ジュンは走らさなければ案外チョロい。
休憩がてら休んでいたジュンに気付かれないように背後に回り込み、遊具の陰から手だけ出して触れて5カウント。
幼女を木陰から襲っているようだが、僕も幼児なので問題ないはずだ。
「またまことかー!」
「ほら、大人しく付いて来い」
「くっそー……」
地団太を踏むジュンの手を引っ張って牢屋まで連行する。
「じゅんがつかまった……」
「まことすげー!」
ジュンを捕まえるだけで英雄。
二階級特進だね。
牢屋に入る泥棒役の人数も増えてきた。
「さて、あとはすーちゃんか……」
問題はスズカだ。
ジュンに負けず劣らずの走力と体力を持ちながら、隠れるのも上手く危機察知能力も高い。
「最後にすーちゃん見たのどこ?」
「えっとね……」
目撃証言を集めながら、スズカの姿を探す。
スズカのことだからルール違反はしない。あと危ないところも行かない。約束したからね。
「あ、いた……」
スズカと目が合った……気がする。
遊具の下の陰からこちらを伺っているようだ。
「すーちゃんどこー?」
気付いていないフリをしながら、徐々に距離を詰めていく。
スズカに一直線ではなく、少しばかり回り込みながら。
「すーちゃんでておいでー」
お互いこまめに移動しながら、とうとうスズカとの距離およそ8メートル。9時の方向。
「っ……」
スズカに向かって猛ダッシュ。
スズカも一瞬遅れて逃げ始める。
スズカが遊具を避ける動作が必要だったおかげで、その距離5メートル。
「すーちゃん待てっ」
「……♪」
懸命にスズカを追う僕。
しかし残念ながらなかなか距離が縮まらない。
ということで、説得のお時間。
かつ丼はないけれども。
「……すーちゃんを、捕まえたい、なー……」
「……」
「……捕まえたら、逃げられないように、離さないようにしないと、なー……」
「……」
……おっ、差が縮まってきた。
「……急に止まられたら、勢い余って、抱き着いちゃうかも、なー……」
「……っ♪」
「――うぉっ!?」
手を伸ばしてもうひと踏ん張りすれば届きそうな所まで追いついたところで、スズカが急減速。
「……いちにさんしご。すーちゃん、逮捕」
ぼやき通り、後ろから抱き着くような形でスズカを捕獲。
「むふぅ……、……まーくんに、……つかまっちゃった……♪」
息を切らしながら、嬉しそうに言うスズカ。
捕まったというか、捕まりに来たというか。
こうしてスズカとの追いかけっこは終わり、仲良く手を繋いで牢屋へと向かう。
こんな形で勝って嬉しいのかって?
これが大人のやり方だ。
まずは話し合い。
それに、それほど悪くない気分ではある。
「すーちゃんもつかまった!」
「まことすげー!!」
「……すーをつかまえれるのはまーくんだけ」
◇◇◇
逃走開始から三十分と少々。
「はーい! そろそろ時間ですよーーー!」
拡声器を使った先生の声が広場に響く。
どうやら時間切れのようだ。
ドロケイの結果は、残念ながら泥棒側の勝ち。
泥棒役の正確な人数がわからないのでジャッジは難しいが、スズカを連行する直前に大量脱獄があったようで。
牢屋に残っていたのは修羅場のみ。
まぁ、みんな楽しめたようで何よりだ。
各クラスごとに集まって点呼を取り、そして下山開始。
家に帰るまでが遠足だ。
しかし皆ドロケイではしゃぎすぎたのか、どのクラスもとても静かだった。
誰も道草を食わず、淡々と歩く。
流石のジュンも大人しい。
元気なのは牢屋で修羅場ってたユウマというのが何と言うか……
皆へとへとになりながらどうにか幼稚園にたどり着き、これまた静かに先生の締めの言葉を聞く。
とてもスムーズに終わった。
帰りのバスも、疲れのあまり爆睡する子が大量に発生した。
「……すーちゃん、降りるよ。起きて!」
「まーくん……おんぶ……」
「えぇ……」
「じゃあ……だっこ……」
「……」
こうして僕たちの春の遠足は幕を閉じた。
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴
2021/06/05 19:24 かつ丼誤文修正。
 




