#104 お出迎え
里帰りの翌朝。
情報バラエティ番組が流れる八代家のリビング。
午前中の家事を終えた母上は、リラックスした様子でソファに転がって趣味の読書。そして僕はソファを背もたれに積み木で遊ぶ。
幼稚園だとなかなか積み木で遊べなくなってしまったからね。
最近の自由遊びの時間は、外遊びかおままごとがほとんど。黙々と遊ばせてくれない。
たまにできても、誰かさんのちょっかいのおかげで完成までたどり着けない。天災に見舞われる。
家でもスズカと遊ぶのが優先だしね。
あとお勉強。電子辞書の奥が深い。深すぎる。
そうして久しぶりに、積み木でエジプトの歴史的建築物を作る。
母上の存在をすぐそばに感じながら黙々と。
スズカと遊ぶ時間ももちろん好きだけど、母上と二人っきりのまったりとした時間もね。
Viva tempo pacifico!
……残念ながらエジプト語は知らない。
電子辞書も知らないことは知らない。
しばらく遊んでいると、母上のスマホからメッセージが届いたと告げる音が。
「――まーくん、すーちゃんたちそろそろ帰って来るって。お出迎え行こっか」
「うん」
どうやらお隣さんがご帰宅のようだ。
天使様をお迎えに行かねば。
「まーくん、何作ったの~?」
「おかーさんは何だと思う?」
「う~ん……、ワンちゃんかな?」
「……うん、あたり」
四足歩行の動物ってあんまり見分けつかないのかもしれない。
僕も犬にしか見えない。
まだまだ修行が必要か……
家を出て駐車場に行くと、ちょうど戸塚家のワンボックスカーがバックランプを光らせていた。そしてエンジンが沈黙すると、スライドドアがゆっくりと開く。
「――まーくんっ!」
「――っと……。すーちゃんおかえり」
「ただいま!」
車から飛び降りて、わき目も振らず向かってきたスズカを抱きとめる。
「~~~♪」
なんか今日はいつにも増して強烈なハグだね。
何かあったんだろうか? いや、いつも通りと言えばいつも通りのような気もするけど……
「ふぃ~……、私は帰ってきた~……」
「おかえりミオ」
「ただいまぁ~」
大きく息を吐きながらミオさんも車から降りてくる。
まだ午前中なのに、ひどく疲れた表情をしている。
「おかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
「何かあったの?」
「いや、まぁ……、色々とな……」
戸塚家の雰囲気がいつもより沈んでいる気がしたので、荷物をトランクから取り出すミツヒサさんにそれとなく聞いてみると、苦笑いしながらはぐらかされてしまった。
(本当に何が……?)
僕の疑問はそのままに、いつまでも外にいるわけにもいかないので次の行動に移り始める。
「すー、マコト、すまんが家の鍵開けてきてくれるか?」
「ん!」
「わかった」
ミツヒサさんから鍵を渡され、スズカと一緒に戸塚家へ。
そして鍵を開けてそのまま中に。カーテンに加えて窓も開けて、空気を入れ替えておく。
「ただいま我が家~」
「おかえりなさい」
「ママおかえり」
「ただいま~」
「「あー、うぁ!」」
ミオさんがフウカを、母上がキョウカを抱いて開けっ放しの玄関をくぐる。
双子も「ただいま」って言ってるのかな? おかえりなさい。生まれて初めての遠出お疲れ様。
「ふぅ……」
ミツヒサさんは一家の一晩の着替えその他が入った歴史を感じるボストンバッグを肩にひっさげた上、ベビーカーも持って階段を上がってきたようだ。
すでに三十半ばを過ぎているのに、年齢をまったく感じさせないその活躍っぷり。
時々思うんだけど、ミツヒサさんってシステムエンジニアの体じゃないよね。
家でもノートPCを前にプランク(両肘と両足の四点でインナーマッスルを鍛えるアレ)やってるからだろうけど。そんなことしてたら仕事に集中できないよね?
その背中に乗って遊んでいるスズカもスズカだけど。僕もたまにお邪魔するけど。もちろんスズカに誘われてね?
って、筋肉の話はどうでもよくて。
「なんか今回は一段と疲れてるね。何かあったの?」
「アカリ、聞いてくれる?」
「うん、聞く聞く」
フウカとキョウカをそれぞれ抱いたまま、母二人が話し始める。
「あのね、お義母さんがフウカとキョウカを抱っこしたんだけど……ぐずっちゃってね……。あやしても全然泣き止まなくってね……。すーちゃんも、まーくんいないから……」
「大変だったんだね……」
「そ~なのよ~。だんだん雲行きが怪しくなってきて、おむつ替えるのも抱っこするのも何かと口挟んできて、最後には『双子だけど大丈夫?お世話疎かになっちゃってない?』って……」
「ごめんなミオ、うちのお袋が……」
「うぅん、大丈夫……。みーくんもこんな話しちゃってごめんね」
「いや、愚痴を言ってミオが楽になるなら全然構わないよ」
「みーくん……」
どうやら姑さんと色々あったようだ。
ミツヒサさんも申し訳なさそうに謝っている。そしてお互いフォローしてはナチュラルにいちゃつく。
まぁミツヒサさんの実家はここからちょっと距離あるし、あと年齢も高めだからかな。生活習慣とか価値観とかが合い辛いのかもしれない。大変だね、親族との付き合いって……
「ママよしよし」
「すーちゃんありがと……」
スズカがミオさんを慰めているが、話を聞く限りスズカにも原因があるんだけど……まだ五歳だしね。僕にもブーメラン飛んできそうだし。
スズカのご機嫌が斜めだったのも、たぶん大好きなミオさんが責められてると思ったからなんだろう。子どもってそういうところよく見てるから……
「今度からはまーくんに来てもらわなきゃね~」
「えっ……?」
「あーうー!」
「うーあー!」
「そうよね~。ふーちゃんもきょーちゃんも、まーくん大好きだもんね~」
「アッ! うー」
「アッ! きゃっ!」
「すーもまーくんすき! …………むふぅ」
ミオさんの話しかけに、肯定するように反応するフウカとキョウカ。
スズカもそれに追従しては僕におぶさって来る。
好きと言われて嫌な気はしないけど、姑との話を聞くと行くのは遠慮したい……
「は~い、一日ぶりのまーくんだよ~」
「「……あっ、ぅ」」
「なんでまーくんがお腹撫でると静かになるんだろうね~」
そうして双子と遊んだり、ミツヒサさんを労う為にスズカと一緒に足踏みマッサージをしたりして、里帰りの疲れを癒し癒される両家であった。
読んでいただきありがとうございます。
それと告知を…
この度、MBSラジオさんの「寺島惇太と三澤紗千香の小説家になろうnavi-2nd book-」という番組で、5月度の朗読として本作を取り上げてもらえることになりました。
そちらもぜひ楽しんでいただけたらと思います。




