#098 職場のお昼休み
チャイムが鳴るとお昼休み。
……の前に一仕事。
この会社は仕事好きな人が多く、ゆえにお昼がおろそかになる方々も多い。
そんな方々を見かねてか、希望者には会社で用意されたお弁当の配達サービスが利用できるようになっている。料金は給与から天引きだけど、量と質を見ればリーズナブルだと思う。
エントランスで配達員にお礼を言ってお弁当を受け取り、ミサトさんと一緒に運び込む。空いているデスクにお弁当を並べ、一緒に割り箸とインスタントのお味噌汁の袋、ポットも用意しておく。
ちなみにこれもミオが提案して始まったらしい。
昼食が適当な愛する人のために……ではない。ミツヒサさんのお昼はミオが作るから。胃袋掴んでるから必要ない。
なんでもミツヒサさんの愛妻弁当を、空腹感といたずら心とその他もろもろで付け狙う同僚たちから守るため、という話があったりなかったり。
その始まりはともかく、利用している社員からの評判は悪くない。
どんな仕事も体が資本よね。
そんな中、私は自前のお弁当を広げる。
リーズナブルではあるけど、こっちの方が安上がりだし、用意する時間も確保できている。
もちろん手作り……と言いたいところだけど、昨晩のおかずの余りがメイン、そしてそれはお隣さんからのおすそ分けというのは果たして……
決して頼んで作ってもらっているわけじゃないんだけどね。「作りすぎちゃって……」ってミオが。
親しき中にも礼儀ありということでお礼をしたいんだけど、「すでに対価は貰ってるよ~」とも。
なんでも、
まーくんを戸塚家に預かってもらう
↓
まーくんはミツヒサさんの監督の元、家事のお手伝いと子どもたちのお世話をする
↓
ミオの手が空き、食事の準備に集中できる
↓
戸塚家の食卓が充実する
↓
八代家におすそ分け
という仕組み。
さらには我が家の晩御飯の支度や朝のお弁当作りの手間が楽になるため、まーくんと過ごす時間も増える。
私にはもったいないほどできた息子で……
「いただきます」
関係各所に感謝の気持ちを込めて食べ始める。
(やっぱりおいしいな……)
小さいころからハルコさんから花嫁修業を受けてきたことはある。
まーくんは「おかあさんのつくるごはんがいちばんすき!」とは言ってくれるけど、料理の腕はミオに敵いそうもない。
頑張らないとね。
「すーちゃんの作るごはんが一番好き!」なんて言い始めるのも時間の問題……流石にまだ気が早いかな。
「アカリさんのお弁当美味しそう……」
そう視線を向けてくるのは、先ほど運んだお弁当を広げるミサトさん。
そっちのお弁当も美味しいと思うんだけど、隣の芝は青く見えるのかもしれない。
「手作りですよね?」
「うん……、でもほとんどお隣さんからのおすそ分けなんだけどね」
「ってことは、ミオ先輩のですか」
一人納得しながら卵焼きを頬張るミサトさん。
一応私も作れないわけじゃないんだけど、口にするのは野暮だよね。
「私もお弁当を作ってくれる存在が欲しい……」
「自分で作ればいいんじゃ……?」
「料理苦手なんです……」
「家での食事はどうしてるの?」
「……実家なんで」
「……」
私も人のことは言えない。
大学で一人暮らしを始めたころはだいぶ苦労した。ミオが月の献立を置いて行ってくれなかったらと思うとぞっとする……
「も〇みちのような彼氏がいれば……」
「ああいう感じがタイプなの?」
顔もよくて背も高くて人当たりもよくて、おまけに料理まで。
「率直に言えば抱かれたいです」
「……」
「オリーブオイルにまみれたい……」
「……」
そこまでは聞きたくなかった。
料理されたいのくだりはちょっと理解ができない。他人の趣味嗜好をとやかく言うつもりはないけど……
「……まぁ、理想は理想として。タイプは手に職があって、聞き上手で、一途で、背が高くて、声もかっこよくて……」
ぽんぽんと矢継ぎ早に出てくる条件。
「あ、顔は気にしないです。清潔感があれば」
女性の言う「気にしない」は中の上もしくは上の下が希望最低ラインであるのはお忘れなきよう。
しかしミサトさん、理想は理想として、理想が高い。
まぁ当人もそれなりの努力もしているみたいだし、魅せ方も心得ている。ミオを先輩と慕っているし、学んでいるのよねきっと。
ただその条件に当てはまりそうな人を知っている。
とっても身近に一人……
「……だめよ? ミツヒサさんは」
「理想形に限りなく近いですけど、ミオ先輩を敵に回すなんてとんでもないです」
わかっているならいい。
私も親友夫婦が険悪になるような状況は嫌だし、そうなる芽は見つけ次第摘む。
ただあの二人の間に割って入っていける人はそうそういない。
ミオの好き好きオーラも凄いけど、何よりミツヒサさんがミオにぞっこんだから。
あの二人の間に生まれたすーちゃんがああなるのも無理はない。
「それに職場恋愛は仕事が手に付かなくなりそうなんで」
「なるほど……」
恋は人を狂わせる。
良い意味でも悪い意味でも。
とりあえず男性社員の希望はないよう。
言葉を濁しているけどつまるところ、職場に目ぼしい人はいないということ。
「将来有望な人とかどこかに……、あっ……」
「?」
「……まーく」
「ダメよ」
「……じ、冗談ですよ?」
「ダメよ」
「……」
恋愛は個人の自由だけど、それはダメよ。
私はすーちゃんの味方でもあるんだから。
「そ、それはそれとして……」
「……」
「あ、アカリさんはどうなんですか?」
「……えっ?」
「タイプですよ。というか、けっこ……彼氏を作ったりとか考えないんですか?」
「う~ん……」
聞かれて、食事をする手が止まる。
色々あって、男性不信にもなった。
それでもミツヒサさんのような妻を大切にする人を近くで見てきて、仕事に忙殺されて。
何よりまーくんの存在に元気をもらい続けていたら、今ではそれほど酷くはなくなった。男女の関係のようなものはまだ無理だろうけど。
その問題がクリアされたとして。
実際に考えたことはある。
親友夫婦を見ていると、羨ましくなることもある。
でもやっぱり難しかった。
女としてより、母として考えてしまう。
私が良くても、まーくんにとって良い人かどうか。
まーくんにも父親がいるんじゃないかと考えたこともある。
女の子ならまだしもまーくんは男の子。異性のことは何かとわからないことも多いだろうから、そういう時に同性である父親の存在は頼りになる。
ミツヒサさんの好意はありがたいけど、血のつながりはなくてもやっぱりまーくんにもまーくんの父親が必要なのかなって。
だから慎重になる。
それに、お隣家族にとって良い人かどうかも重要。
今の温かな関係性を壊すリスクを負ってまで、誰かに近づきたいという思いもない。
私の年齢や子持ち女性であることも含めると、この上なく難しかった。
「あれかな。まーくんより素敵な人がいたら考える」
そう言って答えを濁す。
「そしたらまーくんが大きくなるにつれて、年々ハードルが上がっちゃうんじゃ……?」
「ふふっ……、そうかもね」
だから今はちょっと、自分の恋愛は後回しかな。
まーくんと一緒に過ごす時間が減っちゃうから。
まーくんが親離れするまではね……
……
「えっ、ちょっ、アカリさん? なんで落ち込んで……?」
「ちょっと寂しくなっちゃって……」
……まーくん愛してる。
読んでいただきありがとうございます。
職場模様はこれにて一旦終了です。
アカリに良い人が現れて欲しい…
 




