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空っぽ。

作者: 一人 千幸
掲載日:2020/04/19

読了目安時間4分

「はぁ……交尾して早く死ねばいいのに」



「邪魔なんだよ、クソニート」







生まれた時から、僕たちは疎まれていた。







「……気にすんな、これは俺たちの宿命みたいなもんだ」



「…………うん」







僕たちは、いわゆる穀潰しだ。否定はしない。

掃除をするのも、子供のお世話をするのも、蜜を集めてくるのも全部メスたちの仕事で、僕たちオスは何もしない。


僕たちの仕事は女王様と交尾をすることで、言ってしまえば、それ以外に僕たちの存在価値はない。







「ねぇ、どいてよ。通れないんだけど」



「ぁ……ご、ごめん」



「…………はぁ、マジで目障り……」







働き者のメスたちからしてみれば、何もせずただ飯を食う僕たちはまさしくクソニートだった。うんこ製造機なんてあだ名で呼ばれたこともある。

しかし、こんな扱いをされるのも当然だった。実際にそうなのだから。




でも、ひたすらに僕の中は空虚だった。

交尾をするためだけに生まれ、役目を果たすと死ぬ運命。役目を果たすまで、ずっと疎まれる生涯。


僕はただ、その空虚を埋めたかった。







「ッ!……あんた何やってんの!」



「ぇ……あ、あの……掃除、だけど……」



「そこはもう済んだ場所!余計なことして汚さないでくれる!?」



「ぁ…………ごめん」










「ピギャァァーーアアッ!!!」



「ちょっと!アンタ、赤ん坊に何したの!?」



「み、みんな忙しそうだから……手伝おうと……」



「ッアンタのせいで余計な仕事が増えてんのよ!邪魔すんなクソニート!」







考えてみれば分かることだ。

普段何もしないオスが手伝ったところで、邪魔になることぐらい。


でも、恐怖心は僕に正常さを失わせた。

空虚である恐怖、無意味である恐怖。僕は自分に、意味を与えたかった。







「おい、オスなんだからあんまりメスの仕事の邪魔しちゃいけないぜ」



「…………うん、そうだね」



「……しかし、一体全体どうしてメスの手伝いなんかしてたんだ?オスの仕事は交尾と空を仰ぐことくらいだってのに」



「……僕も何か……力になりたかったから……」



「…………優しいんだな、お前」






側で寝転んでいたオスが話しかけてきた。


違う。僕は弱いだけだ、怖がりで、臆病者なだけなんだ。

誰かの役に立つことで、自分に意味を与えたかっただけなんだ。







「……俺も、悔しい。でもよ、あいつらメスに交尾はできねぇ。子孫を残すことだって、立派な役目だと俺は思うぜ。まぁそもそも、そのために生まれたんだけどな!」







そう言って慰める彼の温もりが、僕に安心を与えた。







「…………そう、だね。……交尾だって、立派な仕事だ!」



「おっ!そうだ、その意気だ!」



「交尾は、僕たちオスにしかできないんだ!」







彼の言葉が僕に自信をくれた。

交尾という尊い使命が僕の空虚を埋めた。

蔑まれるだけだった僕に、意味を与えた。













外が冷えるようになってきた。

もうすぐ繁殖期も終わる。


交尾をしたオスは死ぬ、その事実が今まで僕の足を竦ませていた。


しかし、交尾をしないオスに意味なんてないんだ。交尾をして死ぬことこそが僕に意味を与えるんだ。


そう思うことが、僕に何より勇気と力を与えた。




なのに、なのに、どうして。




今日も、できなかった。

僕を励ましてくれた彼は華々しく散っていったというのに、僕はずっとできない。


どうして、どうして。













女王様との飛行が終わり、交尾できなかったオスたちが連れ立って巣に帰る。


また、空虚が蝕んでくる。恐怖に苛まれる。

巣に帰ったらまた疎まれる、蔑まれる、僕の存在が否定される。


巣に帰るのが怖くて、今日は一人、ブラブラと外を飛んでいた。







遥か彼方に見える壮大な山々の間を夕日が覗いている。

僕も一人、黄昏れていた。



今まで何のために生きてきたのだろう。何が楽しくて生きてきたのだろう。


掃除もできない、育児もできない、自分のご飯すら調達できない。

交尾をするためだけに生まれてきたのに、交尾のできない僕に意味なんてあるのだろうか。



空っぽ。


ただ夕焼けのみが、僕の心に寄り添ってくれている気がした。





ポツ……ポツ……





雨が降ってきた。

長居をしすぎたようだ、早く帰らないと。



































異様な光景だった。

巣の外壁に、何匹ものオスがしがみついていた。巣穴は閉じられている。



まさか、まさかまさか。

知りたくなかった、気づきたくなかった、認めたくなかった。

しかし、肌を刺す寒さが、眼前に広がる異常事態が全てを物語っていた。

何より、本能で理解してしまった。



越冬。

役立たずのオスは巣から閉め出され、その生涯を終えるのだ。



待って、まだ僕は。まだ、まだ。




雨が激しくなってきた。


ダメだ、飛びにくい。寒さがぼくの身体を蝕んでいく。

あぁ、身体に力が入らなくなってきた。



巣にへばりついていたオスも寒さにやられ、何匹かは地面に落ちている。


どんどん力が抜けていく。

このまま僕も……。





フッ



糸が切れたように、地面に落ちる。

動かない身体を、容赦なく雨が打ち付ける。




空っぽ。

心も身体も、全てが空虚。


僕に意味はなかった。


穀潰し、クソニート、ただ飯食い。

無意味、無価値。


己の役目も果たせず、死んでいく。

何のために、何が楽しくて。




あぁ、死って寒いんだ。




小さな火が散った。雨に打たれ、空虚に苛まれ。

黄昏に沈み、暗闇に包まれた。

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