空っぽ。
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「はぁ……交尾して早く死ねばいいのに」
「邪魔なんだよ、クソニート」
生まれた時から、僕たちは疎まれていた。
「……気にすんな、これは俺たちの宿命みたいなもんだ」
「…………うん」
僕たちは、いわゆる穀潰しだ。否定はしない。
掃除をするのも、子供のお世話をするのも、蜜を集めてくるのも全部メスたちの仕事で、僕たちオスは何もしない。
僕たちの仕事は女王様と交尾をすることで、言ってしまえば、それ以外に僕たちの存在価値はない。
「ねぇ、どいてよ。通れないんだけど」
「ぁ……ご、ごめん」
「…………はぁ、マジで目障り……」
働き者のメスたちからしてみれば、何もせずただ飯を食う僕たちはまさしくクソニートだった。うんこ製造機なんてあだ名で呼ばれたこともある。
しかし、こんな扱いをされるのも当然だった。実際にそうなのだから。
でも、ひたすらに僕の中は空虚だった。
交尾をするためだけに生まれ、役目を果たすと死ぬ運命。役目を果たすまで、ずっと疎まれる生涯。
僕はただ、その空虚を埋めたかった。
「ッ!……あんた何やってんの!」
「ぇ……あ、あの……掃除、だけど……」
「そこはもう済んだ場所!余計なことして汚さないでくれる!?」
「ぁ…………ごめん」
「ピギャァァーーアアッ!!!」
「ちょっと!アンタ、赤ん坊に何したの!?」
「み、みんな忙しそうだから……手伝おうと……」
「ッアンタのせいで余計な仕事が増えてんのよ!邪魔すんなクソニート!」
考えてみれば分かることだ。
普段何もしないオスが手伝ったところで、邪魔になることぐらい。
でも、恐怖心は僕に正常さを失わせた。
空虚である恐怖、無意味である恐怖。僕は自分に、意味を与えたかった。
「おい、オスなんだからあんまりメスの仕事の邪魔しちゃいけないぜ」
「…………うん、そうだね」
「……しかし、一体全体どうしてメスの手伝いなんかしてたんだ?オスの仕事は交尾と空を仰ぐことくらいだってのに」
「……僕も何か……力になりたかったから……」
「…………優しいんだな、お前」
側で寝転んでいたオスが話しかけてきた。
違う。僕は弱いだけだ、怖がりで、臆病者なだけなんだ。
誰かの役に立つことで、自分に意味を与えたかっただけなんだ。
「……俺も、悔しい。でもよ、あいつらメスに交尾はできねぇ。子孫を残すことだって、立派な役目だと俺は思うぜ。まぁそもそも、そのために生まれたんだけどな!」
そう言って慰める彼の温もりが、僕に安心を与えた。
「…………そう、だね。……交尾だって、立派な仕事だ!」
「おっ!そうだ、その意気だ!」
「交尾は、僕たちオスにしかできないんだ!」
彼の言葉が僕に自信をくれた。
交尾という尊い使命が僕の空虚を埋めた。
蔑まれるだけだった僕に、意味を与えた。
外が冷えるようになってきた。
もうすぐ繁殖期も終わる。
交尾をしたオスは死ぬ、その事実が今まで僕の足を竦ませていた。
しかし、交尾をしないオスに意味なんてないんだ。交尾をして死ぬことこそが僕に意味を与えるんだ。
そう思うことが、僕に何より勇気と力を与えた。
なのに、なのに、どうして。
今日も、できなかった。
僕を励ましてくれた彼は華々しく散っていったというのに、僕はずっとできない。
どうして、どうして。
女王様との飛行が終わり、交尾できなかったオスたちが連れ立って巣に帰る。
また、空虚が蝕んでくる。恐怖に苛まれる。
巣に帰ったらまた疎まれる、蔑まれる、僕の存在が否定される。
巣に帰るのが怖くて、今日は一人、ブラブラと外を飛んでいた。
遥か彼方に見える壮大な山々の間を夕日が覗いている。
僕も一人、黄昏れていた。
今まで何のために生きてきたのだろう。何が楽しくて生きてきたのだろう。
掃除もできない、育児もできない、自分のご飯すら調達できない。
交尾をするためだけに生まれてきたのに、交尾のできない僕に意味なんてあるのだろうか。
空っぽ。
ただ夕焼けのみが、僕の心に寄り添ってくれている気がした。
ポツ……ポツ……
雨が降ってきた。
長居をしすぎたようだ、早く帰らないと。
異様な光景だった。
巣の外壁に、何匹ものオスがしがみついていた。巣穴は閉じられている。
まさか、まさかまさか。
知りたくなかった、気づきたくなかった、認めたくなかった。
しかし、肌を刺す寒さが、眼前に広がる異常事態が全てを物語っていた。
何より、本能で理解してしまった。
越冬。
役立たずのオスは巣から閉め出され、その生涯を終えるのだ。
待って、まだ僕は。まだ、まだ。
雨が激しくなってきた。
ダメだ、飛びにくい。寒さがぼくの身体を蝕んでいく。
あぁ、身体に力が入らなくなってきた。
巣にへばりついていたオスも寒さにやられ、何匹かは地面に落ちている。
どんどん力が抜けていく。
このまま僕も……。
フッ
糸が切れたように、地面に落ちる。
動かない身体を、容赦なく雨が打ち付ける。
空っぽ。
心も身体も、全てが空虚。
僕に意味はなかった。
穀潰し、クソニート、ただ飯食い。
無意味、無価値。
己の役目も果たせず、死んでいく。
何のために、何が楽しくて。
あぁ、死って寒いんだ。
小さな火が散った。雨に打たれ、空虚に苛まれ。
黄昏に沈み、暗闇に包まれた。




