09 完璧なスキヤキ
『ミッション』をクリアして戻ってきた俺を、出迎えてくれたのはスキヤキの香りだけではなかった。
散らかっていた部屋が、ウソみたいに片付いていて……。
天井付近には、万国旗ように洗濯物が走り……。
台所には、エプロン姿のユズリハが、鼻歌交じりで調理の真っ最中……!
なんと髪型は男の夢、ポニーテール。
しかもスクール水着にエプロンといういでたちだったので、とんでもないビジュアルになっていた。
「あっ、おかえりなさいませ、旦那様っ!」
華やいだ表情で振り向いた彼女は、正面からは完全に『裸エプロン』だ。
しかもそんな格好だというのに、彼女は玄関にちょこんと正座すると、得意の三つ指で、俺にふかぶかと頭を下げた。
そして顔をあげると、トドメとばかりに、
「今日も一日、おつかれさまでした……!」
貞淑な新妻のような、にっこり笑顔……!
……ほっ、ほれてまうやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
そう叫ばないようにするだけで、俺はいっぱいいっぱいだった。
俺がいない間に、彼女はゴミ屋敷を愛の巣に変えていた。
床に散乱していたゴミは捨てられ、必要なものはキッチリと整理されていた。
床にこびりついていた、よくわからないシミは拭き取られてピカピカ。
台所は洗ってない食器や食べ残しで世紀末状態だったのに、新世紀を迎えたように美しい。
垢まみれだった風呂場は鏡面のように磨き上げられ、トイレも以下同文。
そして風呂場には、どこから持ってきたのかタライと洗濯板があった。
まさか、これで山積みだった洗濯物を、すべて洗ったのか……?
俺は牝狐のお宿に迷い込んだ、バカな旅人のようにテーブルに座る。
テーブルの上には、スキヤキセットに入っていたのであろう、カセットコンロとガス缶が置かれていた。
「あの、すみません旦那様。こちらの小さなかまどさんは、どうやって使うものなのでしょうか? 出っ張りを捻ってみても、ぜんぜん火が付かないのですが……」
どうやらユズリハは、カセット式のコンロを知らないらしい。
普通のガスコンロの使い方も知らなかったから、当然か。
俺がコンロにガス缶を入れて、火を付けてやると、
「わあっ!」
まるで誕生日のバースデーケーキを見るみたいに、胸の前で指を絡め合わせて大喜び。
いちいちリアクションが可愛いすぎる。
「ありがとうございます。これで旦那様に、温かいまま、すきやきさんを召し上がっていただけます!」
ユズリハは喜々として、台所にあったスキヤキ鍋、ミトンで掴んで持ってくる。
くつくつ煮立つ、牛肉、ネギ、しらたき、しいたけ、えのき、白菜、春菊、焼豆腐。
まさに完璧と言っていい、スキヤキだった……!
「どうぞお召し上がりくださいませ、旦那様っ!」
たちのぼる湯気の向こうで、微笑むユズリハ。
彼女は「あ、そうでした!」と立ち上がると、台所の冷蔵庫からビールを取り出し、栓抜きとコップを持って俺の隣に座る。
「こうやって、旦那様にお酌をさせていただくのが、夢だったんです!」
ユズリハは、まるで子供みたいにウキウキしていた。
しかし、栓抜きの使い方を知らなかったようで、知恵の輪を解くみたいな表情で、ビールの栓をカチャカチャやったあと、
「す、すみません、旦那様……。こちらもどうやって使うのか、お教えいただけませんでしょうか……?」
彼女は夢を中断させられた無念さと、はしゃいでいた自分を恥じたように、肩をすくめながら……。
俺に、栓抜きを手渡してきた。
手が触れた拍子に、思わず引っ張って抱き寄せたい衝動にかられる。
でもそうすると、自分がバカな旅人に戻ってしまような気がして、できなかった。