67 完全なる悪役
「フリュゥゥゥゥン! 今回のショーは趣向を変えたのだが、どうやらレディやボーイたちをハラハラさせすぎてしまったようだね! でも大丈夫、ここからはいつものショーの始まりさ! だってこのボクのサーベルに、素手で敵う者など、この世にはいないんだからねっ! フリュゥゥゥゥゥーーーーーーンッ!!」
……バッ!
へんな雄叫びとともに処刑台から飛び出し、俺に挑みかかってくるクソ野郎。
相手が丸腰なら、もう絶対に負けることはないと思っているんだろう。
「死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
小動物に襲いかかるよう猛禽類のような、急降下しての突き攻撃。
血走った眼を剥き出しにし、顔を醜く歪め、髪を振り乱しながら。
勝利を確信したその表情は、邪悪そのものだった。
もはや完全なる、悪役……!
ヤツは、俺が『神夢想流』の使い手であることを知らなかった。
そりゃそうだろうな。
今朝がた身に付けたばっかりの技能なんだから。
そして、ヤツはまだ知らない。
この俺は、剣の道だけじゃなく……。
拳の道にも、通じていることを……!
俺は、ヤツの切っ先を紙一重でかわしながら、カウンター気味の正拳を放つ。
今度は手加減ナシの、全身全霊の一撃を。
……ドグワッシャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!
正中に拳がめり込み、顔面がひしゃげる。
空き缶を踏み潰したときのような感触が、骨を通じて伝わってくる。
「ふりゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
千切れたマントの切れっ端が、風を受けてたなびいているように、血を吹き出しながらブッ飛んでいくクソ野郎。
セットの壁に激突したところを、俺はさらに追撃する。
……グシャッ! ドガッ! メシャッ! グシャアッ!
三年分の恨みを晴らすような猛烈なラッシュを浴びせる。
血風舞うなかで、ヤツは涙ながらにすがっていた。
「げふっ!? ごふっ!? がはあっ!? や、やめっ! もう、やめてっ!」
しかし俺は殴るのをやめない。
ヤツは顔だけは守ろうとしていたが、ボディを強打。
すると「うげえっ!」とガードが下がるので、頬にワンツーパンチをブチ込む。
「ぎゃはあっ!?」と顔が左右にぶれ、血と汗と白い歯が飛び散っていく。
「ひゃ、ひゃめてぇ! も、もひゅ、ゆるひてぇぇぇぇ! ゆるひてぇぇぇぇぇ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!」
ヤツはとうとう泣き崩れ、土下座を始める。
「おっ、おねがひ! おねがひでふぅ! なんでもひゅる! なんでもひまふぅ! なんでもあげまふから、もう殴らないでぇぇぇぇぇ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!」
涙と鼻水で顔はぐちょぐちょ、股間もぐしょぐしょ。
人間としてこれ以上の醜態はないと言えるであろうものを、ヤツは大勢のファンの前で晒していた。
……俺はこれを高校三年間、事あるごとにやらされてたんだ。
これで、少しは俺の気持ちがわかっただろう。
と、少しでも仏心を出した俺がバカだった。
ヤツは俺が構えを解いたのを見計らって、
「フリュウンッ! バカめぇ!」
……バッ!
またしても、砂かけをしてきやがった……!




