66 真実の愛
「やっ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ
!!!!」
指呼の距離にいるというのに、俺の叫びはもう嫁たちには届いていなかった。
嫁たちの瞳からはもう、光が消え去っていたから。
「だ……だーり……ん……?」「だん……な……さま……?」
うわごとのようにつぶやく彼女たちの瞳は、もう俺を見ていない。
これはさすがにおかしいと、観客にも気付く者たちが現れはじめる。
「ねぇ、おかしくない? さっきまであの子たち、ドンキーブルのことで怒ったり泣いたりしてたのに……」
「うん、インカガールがドンキーブルを好きになることなんてありえないんだけど、あの子たちは本気でドンキーブルが好きなのが伝わってきた!」
「それが急にインカネーションに心変わりするだなんて、変だよ!」
「うん! それにいまのインカネーション、ぜんぜんヒーローっぽくない! まるで悪役みたい!」
すると、フリュンヌは残照の残る眼光を見開きながら、観客たちを睥睨する。
「フリュウンッ! これはボクの新正義技『トゥルーラブ・ハート』! このボクの瞳で見つめられたレディは、真実の愛に目覚め……ハウッ!?」
その台詞は、肺から息を絞り出すような声とともに途切れた。
見ると、キャルルの膝がモロにフリュンヌの股間に突き刺さっている。
キャルルはずっと暴れていたので、その拍子に片脚の拘束がいつの間にか外れていたようだ。
「し……真実の……愛………に……うげぇぇぇぇぇぇぇ……!」
えづきながら崩れ落ちるフリュンヌ。
嫁たちの瞳には、失われたはずの光がもう戻っている。
しかし、なぜ……!?
なぜ魅了を掛けられたのに、ふたりは元通りになったんだ!?
……あっ、そうか! あのサンバ衣装には、特殊効果があったんだ!
『魅了抵抗』の効果が……!
そのことを知らないフリュンヌは、信じられない様子でいる。
トイレを我慢するような内股で、ワナワナと震えていた。
「なっ……なぜ!? なぜ、ボクの魅了が効かないっ!?」
「ハァア!? そんなの知るかし! あーしはずっとダーリンラブだし! とりまそこんとこ、よろしくぅ!」
「はいっ! わたくしも身も心も、髪の毛一本から爪の先まで旦那様にお捧げすると誓ったのです! 他の殿方になびくことなど、絶対にありません!」
嫁たちのキッパリとした一言に、俺は思わず泣きそうになった。
客席からも歓声が起こる。
とうとう観客からも見捨てられはじめ、ヤツはキレてしまった。
「フリュウンッ! だ……黙れ黙れ黙れっ! インカガールたちは強力な洗脳を受けているんだ! これを解くためにはもう、あのゴミ野郎をブチ殺すしかないっ! さぁ、武器を捨てるんだゴミ野郎っ! でないとインカガールたちが死ぬことになるぞっ!」
大いに矛盾をはらんだ台詞を、俺に向かって吐きつけるフリュンヌ。
もう無理してヒーローショーの体にすることはないんじゃないか?
しかし大切な嫁を人質を取られている以上、俺には選択の余地はない。
嫁たちは「やめて!」と叫んでいたが、刀をふたたび鞘に収め、腰のベルトから外す。
すると今まで逃げていた進行役のお姉さんがステージに現れ、俺から刀をひったくる。
「い……いままでヘタレだったドンキーブルがいきなり強くなったのは、この『卑怯ブレード』のおかげだったのです! でもインカネーションの機転で、その武器を奪うことに成功しました! ここから大逆転が始まります! さあっ、みなさん拍手拍手~っ!」
しかし客席から返ってきた拍手はまばらだった。




