65 最後の手段
ステージはしん、と静まり返る。
「な、なに……? なにが起こったの?」
「ママ、見て! ドンキーブルが、刀を抜いてるよ!」
「うそっ!? さっきまで鞘にしまってたはずなのに……抜いたのがぜんぜん見えなかったわ!」
「それに、刀を抜いただけで、いきなり戦闘員たちが、吹っ飛ぶだなんて……?」
「すごいすごい! まるで手品みたいだ!」
「ああっ、上を見て! なにか映ってるよ!?」
ステージ上空のある巨大な液晶モニターには、さきほどのリプレイが表示されていた。
襲いかかってきた戦闘員たちを、俺が『居合斬り』で斬り払う姿が。
どうやら、裏の音響スタッフも俺がなにをしたのか気になったらしい。
わざわざこんな大画面で、俺の勇姿を映してくれるとはな。
しかし、『神夢想流』の居合い斬りが、ここまで強力だとは思わなかった。
斬られた戦闘員たちですら何が起こったのかわからない様子で、「うう……」と床に蹲っている。
もちろん峰打ちにしたから死ぬことはない。
フリュンヌに打ち込んだ時よりもさらに手加減してはいるが、骨にヒビくらいは入っているかもな。
そしてステージはまた、俺とヒーローのふたりだけになる。
ヒーローはポカンとしたマヌケ面で、頭上にある液晶モニターを見つめていた。
「ふ……フリュゥゥゥン……? な……なんだ、あの人間離れした抜刀技は……? スローモーションにして、やっと目視できるだなんて……!?」
「どうしたヒーロー、ボディがお留守だぞ」
俺が声をかけると、フリュンヌは「ヒイッ!?」と情けない声であとずさる。
その顔はすっかり青ざめ、余裕のカケラも残っていなかった。
そしてヤツはついに、ナチュラルクズの正体を表す。
いままではいちおう、正義のヒーローのフォーマットに則っていたのだが……。
ヤツはついに、その立場までかなぐり捨てるような、最低の行動に出た。
なんと処刑台を駆け上がり、俺の嫁たちにサーベルを突きつけたんだ……!
俺が「あっ」と思った時にはもう遅かった。
嫁たちはふたりとも、ヤツの手に落ちてしまった……!
「フリュゥン! 動くなっ! マヌケな牛も、マヌケな女どももな!」
し、しまった……!
いくら追いつめられたからって、そこまで落ちぶれるとは思わなかった……!
人質を取るだなんて、もう完全に悪役のソレじゃねぇか……!
俺はヤツの言われたとおりに動かなかったが、嫁たちは縛られた身体をバタつかせて暴れている。
フリュンヌはもう本性を隠しもせず、嫁たちの身体を舐めるように見回しながら、べろりと舌なめずり。
「フリュゥン……動くなって言ってるだろぉ? 動くとその可愛い顔が、ザックリいっちゃうよぉ? 愛しの旦那様の前で、ズタボロの顔になりたくなければ、大人しくするんだねぇ」
その一言は効果てきめんで、嫁たちはビクリと身体を強ばらせて動かなくなった。
首筋に長いサーベルを押し当てられ、クイと上を向かされる少女たち。
それでもキャルルは女豹のような瞳で、「やれるもんならやってみるし!」と強気な一言。
ユズリハは我が子を守る草食動物のような瞳で、「い、いえ、おやりになるのでしたら、このわたくしを……!」と健気な一言。
嫁たちの視線を独り占めしたフリュンヌの目つきは、邪悪そのものだった。
それが、妖しく輝きを帯びる。
「フリュゥン……! インカガールたち、目を覚ますのさ……! さぁ、このボクの瞳を見て……!」
あっ……!?
アレはもしかして……『魅了』っ……!?
そうか! アイツはハスミと同じ淫魔……!
男だから淫魔だってこと、忘れてた……!
嫁たちが魅了されちまったら、大変なことになるっ!
「やっ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ
!!!!」




