64 心眼、そして
進行役のお姉さんが引っ込んでからというもの、『権化堂マート』の屋上は、異様な騒乱に包まれていた。
多くの観客が注目するステージ、その奥にある一段高い所にある処刑台には、サンバ衣装の女子高生たちが縛り付けられ、怒鳴ったり泣き喚いたりしている。
彼女たちが見下ろしていたのは、ステージ中央にいる、ドンキーブルこと俺。
かつては手下だった、多くの戦闘員たちに囲まれていた。
しかも今の俺は、砂かけ攻撃によって目が開けられない状態に陥っている。
戦闘員たちはインカネーションと戦っていた時と違は素手だったが、いまは木刀を持っていた。
輪の外には、彼らを指揮する、正義の味方インカネーションが。
そのインカネーションがついに、高らかに勝利宣言した。
「フリュ~ン! 今回のドンキーブルクンは、なかなかやるようだったが、やはりボクのほうが一枚上手だったようだね! いまやドンキーブルクンは、高校の時のようにひとりぼっちなのさ! おおっと、よく考えたら今のキミは、目が見えないんだったね! キミはいま、多くの者たちに取り囲まれているのだよ!」
「モーッ!」
戦闘員たちは、独特の鳴き声で応じる。
返事がドンキーブルの手下の時のままなんだか……。
正義の心に寝返ったという設定なら、そこの所も変えとけよ……。
俺は内心、そんなツッコミができるくらい落ち着いていた。
傍から見たら、あとはもうやられるしかないような、絶体絶命ピンチだというのに。
なぜそんなに余裕があるのかというと、俺にはなにもかも、丸見えだったからだ。
背後には戦闘員が何人いるのか、俺の嫁たちがいまどんな表情をしているのか。
それだけじゃない。
客席にいるオバサンや子供たちが、息が詰まりそうなほどの視線で、俺たちを見上げている姿まで、バッチリと。
そう、これも『心眼』のスキルのおかげだ。
だからここまで落ち着いていられる。
俺はゆっくりと呼吸を整えながら、中段に構えていた日本刀を、腰の鞘にしまった。
すると、すぐさま嘲り笑いが割り込んでくる。
「フリュリュリュリュンッ! どうやら勝てないとわかって、降参するようだね! マヌケな牛クンでも、そのくらいの知能はあるようだ! それじゃあ、無様な土下座を見せてもらうとしよう! 高校の時のようにね!」
俺は、刀の柄に軽く手を置いたまま答えた。
「気付いてるか、キザ野郎。今のお前……完全に悪役だぞ」
すると客席から、わずかなクスクス笑いが漏れる。
どうやら観客の中にも、気づいていたヤツがいたようだ。
それはごくごく一部のようだったが、それでもフリュンヌは許せなかったらしい。
すぐにカッとなると、
「フリュウンッ!? なんだと!? このボクはいつでもヒーローさ! 昔も、そして今もな! こうなったら、身体でわからせてやるっ! 高校の時のようにな! さぁ、かかれっ!」
「モーッ!」
ニセヒーローの号令一下、襲いかかってくる手下たち。
数にして、10人ほどか。
俺めがけて、一斉に振り下ろされる木刀に「キャアアアアッ!?」と八方から悲鳴がおこる。
と同時に、
……シャキィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
旋円が、俺のまわりで一閃。
……ズドォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
戦闘員たちは、見えない爆風を受けたように吹っ飛ばされた。




