63 マジの砂かけ
「うわっぷ!?」
砂かけをモロにくらってしまった俺は、砂が目に入ってなにも見えなくなってしまった。
のけぞる俺に、高らかに笑うフリュンヌ。
「フリュゥゥゥ~ンッ! どうだ、ドンキーブルよ! これぞ悪の目をくらます、正義の光!」
客席は騒然となる。
「なんだあの技!? ただの砂かけじゃないか!」
「しかもドンキーブルがやってたのと違って、本物の砂を使うだなんて!?」
しかし、進行役のお姉さんがフォローすると、反応は一転。
「い……いいえ! ドンキーブルの卑怯技とちがって、インカネーションの技は正義技なんです! だから、ぜんぜん違うんです!」
「そ、そっか! だからドンキーブルもあんなに苦しんでいるんだわ!」
「やった! 逆転だっ! インカネーション、そのままドンキーブルをやっちゃえ!」
しかしこのあとにインカネーションがやったのは、さらに掟破りのことだった。
「さぁ、新たなる仲間たちよ! このボクに力を貸してくれ!」
すると、舞台袖から多くの気配が押し寄せてきて、ドヤドヤとした足音が俺を取り囲んだ。
客席がどよめく。
「ああっ!? あれは、さっきインカネーションにやられたドンキーブルの手下じゃないか!?」
「なんで戦闘員が、インカネーションの味方をしてるんだ!?」
進行役のお姉さんは、知恵熱を出したかのように唸ったあと、声を裏返す。
「うっ……うぅん……!? ……そ、そうです! これはドンキーブルの卑怯技『無理やり惚れさせ光線』を打ち消す正義技、え、えーっと……。びゅ、『ビューティ・ジャスティスハート』です! 操られていた戦闘員たちは正気に戻り、インカネーションの味方をしているのです!」
わりと強引な説明だが、それでも観客は大いに頷いていた。
「そうだったの! 彼らはいままで、ドンキーブルに操られていただけだったのね!」
「そうだよ! ドンキーブルは、ひとりぼっちの寂しいヤツなんだ! 卑怯技を使わないと仲間もできないんだ! 化けの皮が剥がれたいま、ヤツはひとりぼっちさ!」
半ば強引に納得しようとしている観客たちだったが、非情な現実がひとつ。
舞台の一角にある、処刑台に縛り付けられたインカガールたちが大騒ぎ。
本来は、悪役である俺が彼女たちをあそこに縛り付ける進行になっていたのだが、誰かがかわりにやってくれたらしい。
彼女たちが縛られている事自体は、何らおかしなことはなかったのだが……。
大声で叫んでいる台詞がマズかった。
「ちょっと、なにしてんだよっ、テメーっ!? あーしの大切なダーリンに砂をかけるだなんて、マジでありえないんですけどっ!? 超さいってー! 殺すよマジでっ! うがああああーーーっ!!」
「なんという酷いことを! おかわいそうに、旦那様! いますぐ旦那様の大切なお目々を、洗ってさしあげなければ! あの、どなたか、この縄をほどいてください! 後生です! 後生ですからぁ! ああああああーーーーっ!!」
マジギレするキャルルに、マジ泣きするユズリハ。
客席はもう、混迷を極めていた。
「なんで戦闘員が改心したのに、インカガールたちはまだドンキーブルの味方をしているの!?」
「しかもふたりとも、あんなに一生懸命になって……! まるでドンキーブルのことを、本気で愛してるみたいじゃない!?」
これにはとうとう進行役のお姉さんも万策尽きたのか、フォローをやめて舞台袖に逃げてしまった。




