62 神夢想流の力
「フリュゥン……面白い。フェンシング部でエースだったこのボクに、剣で戦おうというのかね。剣心一体と呼ばれたこのボクと」
フリュンヌは余裕たっぷりの様子で、フェンシングの構えをとった。
俺は、剣道の中断の構えを取りながら応じる。
「昔の俺とは違うってことを、見せてやろう。……危ないから、離れてろ」
横目で嫁たちに言うと、キャルルとユズリハは何か言いたげにしていた。
しかし俺とフリュンヌの間に迸る、ただならぬ因縁オーラを感じ取ったのか、ゆっくりと離れていく。
観客たちも、いつもと違うショーの展開に戸惑ってはいたが、誰もが静かに俺たちを見守っている。
誰もがこれは、『インカネーションvsドンキーブル』という、お約束の対決ではないことに気付いているようだった。
そう……!
俺 vs キザ野郎っ……!
ヤツのフェンシングの腕は、高校時代には敵なしと言われていた。
『剣心一体』の自称はダテじゃなく、サーベルを自分の身体のように、自在に操るんだ。
対する俺の『神夢想流』の実力は未知数。
しかも俺自身は、竹刀どころか木刀すら持ったことがない。
ぶっつけ本番で、日本刀を持っている。
しかし、不思議と怖さはない。
頭の中は静かな湖畔の水面のように穏やかで、スッキリしていた。
やがて、すべての音が追い払われる。
ヤツのサーベルの先端が、ほんのわずかに震えたのを、俺は見逃さなかった。
「フリュゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーンッ!!」
高校時代は、その打ち込みの時の掛け声を聞くだけで、震えあがったものだが……。
今は、不動心のままだった。
顔に迫ってくるサーベルの先端を、ほんの少し頭を傾けてかわす。
小手調べに、軽く、ほんの軽く、抜き胴を放つ。
それは俺としては、計らずともかなりゆったりとした動作になってしまった。
だって、途中で峰打ちにしなきゃと思い直して、逆刃に持ちなおしたりしてたから。
こんな、カタツムリが転がってるみたいな太刀筋、あっさりよけられるだろうなと思っていたら、
……ゴシャアアアアッ!!
フリュンヌの二の腕あたりに、思いっきりクリーンヒットしていた。
「ふっ……フリュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーンッ!?」
悲鳴とともに肩を押えて崩れ落ちるキザ男。
一体のはずのサーベルを放り捨て、ステージの上をのたうち回りはじめた。
「ふりゅぅぅぅぅんっ!? 骨がっ!? 骨がっ!? 骨がぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?!?」
しまった。
調子を見るために軽くやったはずなのに、まさか腕の骨をへし折ってしまうとは……。
それに、高校時代は稲妻のようだったヤツの突きは、ナメクジが這ってるみたいにトロかった。
これも、『神夢想流』のスキルのおかげだろうか。
なんてことを考えながら、俺の足元で塩をかけられたナメクジ同然になっている、キザ野郎を見下ろしていると……。
ヤツは、高校時代にさんざんいじめてきた俺にやられたショックに打ちひしがれているようだった。
「ふっ……ふりゅぅぅぅんっ……! こっ、こんなゴミ虫みたいなヤツに、偶然とはいえ遅れを取るだなんて……!」
しばらくして、キッ! と怒りに満ちた形相で俺を睨み上げると、
「い……いまのはドンキーブルの新卑怯技『ダーティ・ブレード』かっ! こうなったらこっちも、新正義技を使うしかないっ! ……『ビューティ・スプラッシュ』!」
台本にもない技名を叫びながら、ヤツはとんでもないことをした。
……バッ!
隠し持っていた砂を、俺の顔に投げつけたんだ……!




