60 いきなり裏切り
「モオォ! このままではやられてしまうモウ! こうなったら……卑怯技『ダーティ・スプラッシュ』!」
「フリュンッ!? うわあああっ!? 目に砂をかけるとは、なんと卑怯な技だっ!?」
「なんとでも言うモウ、インカネーション! どんな手を使っても勝つのがこの俺様、ドンキーブルだモウ!」
ショーの序盤、ドンキーブルの目潰し攻撃を受けたインカネーションが、ピンチに陥る。
もちろんこれは台本どおりで、砂かけも本当にやったわけじゃなく、紙吹雪を投げただけだ。
しかし客席は大盛り上がりで、
「ああっ、インカネーション様がピンチだわ!」
「きたねえぞ、ドンキーブル! 正々堂々と勝負しろっ!」
母子が一体となって、声援やブーイングを送ってくる。
いま俺は、批難を浴びている悪役だ。
でも楽しんでもらえているようなら、なんだか悪い気はしない。
しかしここで、事件は起こった。
「フリュゥン!? 砂が目に入って、なにも見えない!? こうなったら、インカガールたちを呼ぶしかない! インカガールの愛の力で、この目を治してもらうのだ!」
インカネーション役のフリュンヌが叫ぶと、客たちは待ってましたとばかりに、
「「インカガーーールっ!!」」
と声を揃えた。
どうやらこのあたりのくだりは、ファンにとってはおなじみらしい。
そしてステージに現れるインカガールたち。
「うええええええーーーーーーーーーーーーーいっ!!」
いつものパリピの雄叫びをあげるキャルルと、客席に向かってぺこりと頭を下げるユズリハ。
タイプの異なる美少女ふたりの出現に、観客はにわかにざわついた。
特に、一部の層が。
「うわぁ、なんだあのとんでもない美少女は!?」
「しかも、あんな水着みたいな格好で……!」
「子供に付き合わされて嫌々来たけど、あんな可愛い子たちのエロい姿が見られるだなんて!」
「うわぁ、あのおねえちゃんたち、おっぱいでかっ!」
「あんなハダカみたいな格好で踊ってるよ!?」
「うごくたびに、ぷるぷる揺れてる!」
俺の嫁たちは、老若問わずに男たちに大人気。
特に子供たちには、早すぎる性の目覚めのもたらしてしまったようだ。
それだけでもちょっとした事件ではあるが、本題はそこじゃない。
ステージに呼ばれたインカガールは、台本ではインカネーションの元に駆けつけ、抱きあう。
そこを、悪役である俺が邪魔しようとするのだが、インカガールたちの手によって突き飛ばされ、情けなく転ぶ。
これも、このショーではお約束の一幕になっていて、ここで観客たちはどっと笑う。
という流れになっていたのだが、俺の嫁たちは、なんと……!
「ダーリン、会いたかったぁ! 10分ぶりの再会だし!」
キャルルはバカップルみたいなことをのたまいながら、周囲に見せつけるように、思いっきり俺に抱きつき……。
「旦那様、お汗をお拭きさせていただきますね」
ユズリハは控えめに、俺の背中にぴとっと寄り添い、俺の額をハンカチで拭いはじめる始末……!
のっけから、台本無視っ……!?




