56 即時撤回
俺は、嫁にチョッカイをかけようとしていたフリュンヌを止めた。
ヤツはここでようやく俺を見て、驚嘆するような溜息を漏らす。
「フリュ~ン! 誰かと思ったら……! 久しぶりだねぇ! 元気にしていたかい!?」
そして貴公子のような微笑みを作ると、ヤツはまたしても両手を広げ、控室にいるまわりのスタッフに喧伝するよう叫んだ。
「彼は高校時代の同級生だったんだ! 学園祭の舞台では、主役のボクをよく引き立ててくれたよ! 彼をコテンパンにやっつけて、ステージの上で全裸土下座させるのが毎年の恒例だったなぁ!」
すると周囲のスタッフはどっと笑う。
どう見ても気遣って笑っているだけなのだが、フリュンヌはそれだけでご満悦。
舌の調べが止まらない。
「ヒーローだったボクは今でも人気絶頂のヒーローで、やられ役だったキミは今でもやられ役とは皮肉なものだねぇ! やはり高校生活というのは、人生の縮図のようだ!」
「人気絶頂のヒーローが、ドサ回りなんかするかよ」
俺がカウンター気味にぼそりとつぶやくと、周囲のスタッフは不意を突かれたように「ブフォッ!?」と吹きだす。
フリュンヌの顔からは、それだけで笑みが消えた。
「その汚い手を離してくれないか」
ヤツは俺が握りしめていた手を振り払うと、背を向ける。
そして去り際に一言、
「今日のステージを、楽しみにしていたまえ」
そう吐き捨てて、白いエナメルの靴をツカツカと鳴らして控室に引っ込んでいった。
慌てて後を追うスタッフたち。
プロデューサーらしき男が血相変えて俺の所にやって来ると、
「ちょっとちょっと、困るよ! フリュンヌ様の機嫌を損ねてもらっちゃ! エキストラのクセして何様のつもりなの!? もうキミは帰っていいよ! 大急ぎで代わりのエキストラを立てるから!」
クビを言い渡されても、俺はなんとも思わない。
だって、もう俺をクビにはできないからだ。
俺は、「そうか、じゃ、帰るよ」とあっさり言ってテントを出ようとする。
当然のように、ユズリハとキャルルも後から付いてくるのだが、
「ちょちょ、待って! クビなのはこの男だけで、キミたち女の子たちはそうじゃないよ! こんなエロいインカガールは今まで無かったんだ! フリュンヌ様もお気に入りのようだったから、帰ってもらっちゃ困るよ!」
「ナニ言ってんの? ダーリンが帰るんだったら、あーしらも帰るに決まってんじゃん!」
「誠に申し訳ございません。わたくしたちは、旦那様にお仕えする身ですので」
嫁たちからキッパリと断られ「ぐぬぬ……」と歯噛みをするプロデューサー。
「わ、わかったよ! そっちの男のクビは取り消しだ! 開演まであと少しなんだから、さっさと準備してっ!」
台本を投げつけるようにして俺たちによこし、フリュンヌの楽屋へと走っていった。




