28 ナス野郎
俺に肩を抱かれているユズリハは、自分のおっぱいを使ったチキンレースで遊んでいるようだった。
ふと目があうと、彼女は俺に見られているとは知らなかったようで、ビクッと身体をすくめる。
しばらく「あっ、これは、その……!」と口ごもっていたが、
「あっ、あの……あのあの、あのっ……! も、もし、よろしければ、わたくしのお胸も、そのっ、お触りいただいても、あわわわわっ……! わたくしは、なんという、はしたないことを……!」
リンゴ状態のままの顔をパッと覆って、イヤイヤをするユズリハ。
なんてことをしているうちに、俺たちは社内通用口から、『権化堂マート』に着いてしまった。
もうじき昼とあってか、多くの買い物客でごったがえしている。
この『権化堂マート』は俺にとってもなじみ深い。
この店に卸されている刺身のタンポポは俺が乗せたものだし、家からも近いのでよく買い物に来るんだ。
そしてさっそく、トラブルらしきものに遭遇する。
店の入り口近くにあるイベントスペースでは、今は『節分フェア』と『ひな祭りフェア』が開催されていたのだが……。
『ひな祭りフェア』では、アルバイトらしき若い女の子が、この店の社員らしき男に叱られているところだった。
「あーあ、やっちゃったねぇ、壊しちゃったねぇ。チャリーン♪ 毎度ありぃ。このひな人形、いくらするかわかってんのぉ?」
……その耳障りな口癖は、忘れもしない。
女の子は頭をずっと下げていた。
「すみません、ここで働いたアルバイト代で、弁償しますから……」
「それは当然でしょぉ? チャリーン♪ 毎度ありぃ。でもこのひな人形、50万円だから、全然足りないかもしれないよぉ?」
「……そんなにするんですか?」
「当たり前でしょぉ。お客さんに来てもらいたくて、特別にいいやつをレンタルしたんだから。チャリーン♪ 毎度ありぃ、ってね。このバイトは歩合だから、がんばって埋め合わせてねぇ。ま、期間中はずっとタダ働きになると思うけど」
「そんな、困ります。私、アルバイトで稼がないと、学費が払えないんです。そうなったら、大学も……」
「そんなこと、こっちには関係ないよぉ。だって、ひな人形の首を取って壊したキミが悪いんだからさぁ。チャリーン♪ 毎度ありぃ」
この男は、金有ナスオ。
この『権化堂マート』のフロアマネージャーのひとりだ。
なぜ知ってるかって?
それは……。
コイツは、高校時代の同級生にして……。
俺からさんざんカツアゲをしてくれた、ニセ坊ちゃんだからだ……!
小さな会社の社長息子だったのだが、その会社の業績が思わしくなく、実態は貧乏人。
しかし見栄を張るのはやめられなくて、余計に自分の首を絞めているという、典型的な小市民だ。
遊び感覚で、俺を含めた弱い者たちから金をせびってたけど、その実、奪った金はヤツが金持ちとして振る舞うために使っていたんだ。
コイツはカツアゲをするたびに、「チャリーン♪ 毎度ありぃ」と言うのがお決まりだった。
ガキの頃はともかく、そんな気持ちの悪い口癖を、いまだに使っているとは……。
どうやらコイツもネズオと同じで、こじらせたオヤジになっちまったようだなぁ。
そして、ナスオにいびられている女子大生を見ていると、なんだか昔の俺を思い出す。
昨日までの俺だったら、見て見ぬフリをしたかもしれないが……。
今の俺は、違うっ……!
「おい、そのへんにしとけ、ナス野郎」




