23 女子トイレ乱入
『モンスターバスティング課』の噂はもう社内じゅうに広まっているのか、みんな恐ろしいほどに協力的だった。
経理部の場所を尋ねると、真っ青になりながら案内してくれたうえに、震えながらハスミの居場所まで教えてくれる。
「たたっ、たぶん、いまはじょじょじょっ、女子トイレにいると思いますぅぅ……!」
今にも泣きそうだった女子社員の情報に従い、俺は経理部のあるフロアの女子トイレに向かってみた。
中に入るのは少しためらわれたが、『モンスターバスティング課』の特権を振りかざし、思い切って踏み込んでみると……。
いた……!
洗面台の鏡を自分専用のドレッサーのように占拠し、クネクネと腰をくねらせながら化粧を直している、咲夜ハスミが……!
ハスミは鏡ごしに、俺の存在に気付いた。
女子トイレに男がいたら、悲鳴をあげられても文句を言えないのだが……。
彼女はイタズラっぽく笑うばかりであった。
「うふふ、お久しぶりね。何十年ぶりかしら? いろいろ苦労したみたいねぇ、だいぶ顔つきが変わったんじゃないかしら?」
「そういうお前は、ぜんぜん変わってないな」
それはお世辞などではなかった。
彼女は何十年も経っているというのに、ぜんぜん老けていないのだ。
まるで当時からタイムスリップしてきて、服だけを学校の制服から会社の制服に着替えただけにしか見えない。
その姿は、まさに、魔性……!
男の精気を吸って若さを保つ、ただならぬ妖気に満ちた女であった……!
彼女はコンパクトを閉じると、お尻を突き出した悩殺ポーズで振り返る。
「お噂は聞いているわ、『モンスターバスター』さん。もしかして、私をお疑いなのかしら?」
鏡ごしの時はなんともなかったのだが、斜に構えた流し目を向けられると、自然と鼓動が早まり、四肢が硬直した。
そして、抗いがたいほどの感情がせりあがってくる。
……い、色っぺぇ……!
そうだ。そうなのだ。
あの宝石のような瞳で彼女に見つめられると、男は魅入られたように、なんでも言うことを聞いてしまうのだ。
俺も例外ではなく、高校時代はさんざん貢ぎ物をさせられた。
彼女に気に入られた男は、校内で彼女の椅子になることが許されたので、それを目指してがんばったものだ。
ほろ苦い思い出で、頭の中がいっぱいになる。
ハスミ様はぺろりと唇をひと舐めすると、俺にはもったないくらいの、ささやかな吐息を漏らした。
「昔と同じように、あなたを、靴を履き替えるときの台座に使ってあげるわ。さぁ、いらっしゃい……」
まるで耳を舐められているかのような、甘やかな声。
「は、はい……」
俺はすっかり骨抜きになって、フラフラと彼女に近づいていく。
そして、言われるがままに台座になるべく、膝を折ろうとしたのだが……。
その直前、俺とハスミ様の世界に割り込んでくる、ただならぬ視線に気付く。
それは、鏡の向こうにあった。
……ぷくぅ~っ!
と音が聞こえてきそうなくらいの、ふくれっ面が……!
フグみたいになったユズリハの顔は、破壊力満点。
だって、いつも楚々とした美少女の、初めての変顔だぜ?
その可愛らしい最凶フェイスは、鏡越しだというのに、俺を正気に戻すのに十分すぎるほどであった。




