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88話:二つの名前

 思わぬきっかけで、私はひた隠しにしていたアーチェとの出会いを説明することになった。

 そしてアルティスに出会ったことも。


「アルティス!? シャノン、本当にアルティスが我が家にいたのかい!?」

「やっぱり驚くんですね」


 百五十年行方不明だったなら当たり前か。


「ねぇ、その名を名乗ったの?」

「え?」


 メアリ叔母さまの精霊であるチャスが私に確認してくる。

 精霊の声は私と叔母さまにしか聞こえないと言っても、適当な返答はお兄さまがいるから無意味だ。


 だからってゲームとは言えないし、どう説明するべきだろう?


「ちょっと待ってください。不勉強で申し訳ない。そのアルティスという精霊について一から説明をお願いできますか? 何に驚いてらっしゃるのか僕にはわからないのです」


 お兄さまはアルティスを知らなかったらしく、そう言った。

 それに合わせて精霊たちは全員に姿が見えるようにする。

 うん、できるなんて知らなかったよ。


 いや、思い出してみればゲームではアルティスは可視になってたはず。

 主人公とアルティスと王子で会話する場面があった。


「兄さま、ロバートには何処まで教えているの?」

「あのネックレスの来歴は伝えた。精霊がいるとは教えたが、見るのは初めてのはずだな」

「はい。メアリ叔母さまがそうであるとも聞いてはおりました」

「シャノンにいたってはまだ精霊の存在さえ教えていませんわ」


 お母さまの返答に私は明後日の方向を眺める。

 精霊の存在って、教えてくれるものだったんだ?

 となるとゲームでも『不死蝶』が元気にやってたのは、特に精霊憑きだからって無体な扱いされたわけではなかったからと。


「兄さま、シャノンは才能豊かだから入学前には教えると言っていたじゃない」

「教えた途端、お前が跡継ぎ指名することはわかってたからな」


 なんだか話が見えない私は、同じ心境らしいお兄さまと顔を見合わせる。

 気づいてお父さまは咳払いで仕切り直した。


「まず、精霊とこの島、そして先祖の関わりについて話そう」


 私のために一から説明してくれるそうだ。


「我々の先祖はこの島に流れ着いた大陸北の最古の移民。数百年ごとに新たな移民を迎えて、時と共に国が興った」


 お父さまが語るのはルール島の歴史。落ちはニグリオン連邦の前身である王国の侵攻を受けて降伏し、臣下となる、だろう。


「入ってくるのは少数だが、同時に大陸の知識を運んでくれた。そのため先祖は時代に遅れず国を作って独立を保ったのだ」

「国を興す前に、時代ごとの移民は氏族に別れていたの。そして氏族はそれぞれルール島に住んでいた精霊からの加護を受けていたそうよ」

「精霊ってそんな昔からいたんですか?」


 島に人間が住み始めたのって何千年前かしら?

 それこそ縄文時代くらい昔のことだ。


「そうだ。昔は魔法使いではなく巫女と呼んでいた。精霊の声を聞ける巫女が導き、魔石を何代にも渡って地中から掘り出した」


 精霊は魔石から離れられるし、アバターと言える姿を作れる。

 自分を知覚してくれる相手を見つけて、原石を掘り出してもらって今の形の魔石があるらしい。


「巫女はその後氏族の長となり、かつては長の証は宝石の瞳と言われていてな」


 言いながらお父さまは自分の目を指す。


「氏族ごとに魔石と同じ瞳の色をしていたと聞く」

「けれど今は紫だけですよね?」


 この紫の瞳は、今やテルリンガー家の血縁を物語る色となっている。


「国を興してから我々テルリンガーの始祖が王となった。けれど氏族を蔑ろにはせず、婚姻を以て協調を図った」

「結果的に島の氏族全体にテルリンガーの血が流れて、今となってはこの紫の瞳しか残らなかったのよ」


 メアリ叔母さまはちょっと惜しそうに呟いた。


「おい、私がシャノンに教えているのに口を挟むな」

「そんな講釈今は不要よ、兄さま。結論から言えば、巫女の血を引くテルリンガー家に、精霊の加護を受ける者が生まれるようになったの。そして」


 一度息継ぎをする叔母さまから、お父さまは話を取り返す。


「そして、精霊との約束を継ぐことになったのもテルリンガー家だった」

「精霊との約束?」

「精霊は島から生まれた。この島の存続は精霊の力によるんだ」


 よくわからないという私の表情に気づいて、叔母さまが噛み砕いて教えてくれた。


「精霊は力を貸す代わりに、精霊の力の制御の手伝いをするよう約束したの。しないと島が滅びるって」

「あ! 爆発!」

「やっぱり」


 私の言葉の意味がわかったのはチャスだけだった。

 お父さまも知らない私の発言に、説明を求められる。


「あの、アルティスがまずい状態だから、放っておくと王都の三分の一を吹き飛ばす爆発を起こすってアーチェが…………」

「はぁ!?」


 当のアーチェはというと、我関せずで私の側で寝てる。


「アーチェ、面倒がらないで話に加わって」

「あ、いいよそのままで。そいつがアーチェディであるなら無理強いはしない」


 何故か短い前足を上げてチャスが私を止めた。


「そう言えば、名前を気にしてたのはどうして?」

「そんなことも知らないでいたのか」

「そう言えば、名前を二つどっちでもいいと言われたわ」


 ピグレドゥかアーチェディと最初に言われた。

 呼びやすいから私はアーチェと呼んでいる。


「名は体を表すって聞いたことはない?」


 メアリ叔母さまがちょっと真剣な表情で聞いて来た。


「精霊は善悪の両面を持ってるの。悪に転べば人間に災いをもたらすと言われているわ」

「…………もしかして?」

「シャノン、伝わる話ではアーチェディは悪に傾いた精霊の名だ」


 お父さまが困ったように眉を下げて言い切ってしまう。

 私は思わずアーチェを持ち上げた。


「そんなの聞いてないわ!」

「聞かれてないね」

「危ないことあるなら言いなさいって言ったでしょ! どうしてそう説明を面倒がるの!」

「君が魔導書を作ってくれれば危ないことなんてないから~」


 全く悪びれずに、アーチェは欠伸をする。

 私がブンブン振ってもぬいぐるみのようになすがままだ。


「シャ、シャノン、落ち着いて。その精霊も苦しい、かもしれないから、えっと」

「お兄さま、これはただの見せかけで本体は魔石ですよ」

「そ、そうか」


 少し気が晴れたところで私は名前の話になった原因を思い出す。


「もしかしてアルティスって名前も?」

「うん、悪に傾いた精霊だよ~」


 マスコットキャラが情緒不安定な悪性の精霊ってどうなの?

 しかも自爆機能付き。

 私は色々疲れて脱力ぎみにアーチェを膝に置いた。


「問題が増えた…………」


 私の肩をお父さまが元気づけるように叩く。


「重い使命を背負わせることになるが、もちろん私たちはシャノンを助ける」

「お父さま」

「そのためにも答えておくれ。アルティスは、王都にいるんだね?」

「一度、見ただけなんです。その後は、見たことがありません」


 でもこの島にいずれ来るのは私だけが知っている。


「王都は兄さまで動いてもらうしかないわ。人手がいるなら社会勉強名目でそっちの屋敷に人を送るけど?」


 難しい顔をしたメアリ叔母さまの提案に、お父さまは首を横に振る。


「いや、アルティスが姿を見せたならそう遠くない場所に本体の魔石があるはずだ」

「あの時は人の集まる時期でしたから、必ずしも近いとは限らないかもしれませんよ」


 お母さまも考えながらお父さまと話し合う。

 その間にメアリ叔母さまが私に寄って来た。


「ところで、精霊憑きにはそれなりの知識が必要なのよ。なんせ島を代表する巫女なんですから」

「そうなんですか?」

「そうよぉ。こうして一代限りの女領主がいるのはなんでだかわかる?」

「…………まさか精霊憑きのため?」

「そう、巫女が現われた時に社会的地位を与えるためなの。優れた魔法使いに男女の差はない上に、どうも巫女は女性のほうが多いのよ。だから昔国があった時には魔法女王という呼び名なんかもあってね」


 私が話に乗った途端、メアリ叔母さまがぐいぐいくる。


「巫女の中でも最も優れた魔法の才能を持つ存在なの。シャノンの世代でシャノン以上の者はいないし、精霊憑きなら問題なく私の跡を継げるわ!」

「待て待て! メアリ、勝手に話を進めるな」

「何よ、兄さま。ただ精霊憑きで女というだけで女領主に収まった仮初の魔女をいつまでも据えておくより、本物がこうして現れたのだからしっかり教育して本来の体制へ戻すべきでしょう?」

「だからと言って、まだシャノンは子供だ!」

「ま、待って!」


 え、今なんて言った?


「魔女って、魔法女王の略、ですか?」


 目の前でお父さまとメアリ叔母さまに頷かれる。

 私はこの日ようやく、アルティスの誘い文句の意味を知ることになった。


隔日更新

次回:未来を告白する

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