9話:マスコットはQB風
興奮した男の子たちが、密談する公爵たちの所へ突撃し、私の全属性は親戚中に知られることになった。
そして家庭教師の師まで屋敷に来て調べた結果、私の適性も特殊であることがわかった。
(近くにいる魔法使いの適性を任意で選べる支配適性なんてゲームじゃなかったわよね?)
私が防御や援護の適性を持つかもしれないと目されていたのは、側にいたエリオットや家庭教師の適性を映していたかららしい。
(イベント毎に『不死蝶』は適性も変わってたし、ありっちゃありでしょ)
(…………この世界、何処までゲームと同じなのかしら? まさかパズル画面が出てくるなんて)
(わからないし、そこは考えてもしょうがないんじゃない? まず私のこの状態がおかしいんだし、どうしようもないんだから)
(そうね、私が十歳の状態で『不死蝶』を知ってること自体、不自然なことなのよね)
検証するために斜面を転がって額を打つなんてしたくはない。
それに私にはシャノンとして生まれ育った記憶と感情がある。今さら危険を冒してまで日本の女子高生に戻りたいとも思えない。
だったら、ゲームとの共通性を考慮しつつ、将来起こり得る死亡フラグを回避することに専念したほうがいい。
(魔法の検証結果をまとめてみる? まず基本の四属性は使える。視認した相手からは同意なく適性を拝借できる。得た適性は自分で適性を変えようと思わない限りそのまま。OK?)
(えぇ。派生属性も雷、岩、木、氷なんかは問題なく使えたわ。ただし、魔法文字を教えてもらえないとパズル画面は出てこない。つまり、知らない魔法は使えない)
そのため、今私は家の図書室で魔法文字の書籍に目を通している。
何処までできるか、屋敷のみんなが興味津々だ。家庭教師もつきっきりで教えたかったそうだけど、手伝ってもらった高名な魔法使いである師に報告書を作るよう命じられて今日はいない。
お父さまとお母さまはいつものお茶会。エリオットには私の状況をジョーとアンディに報せてもらうため、両親に同行してもらった。
(派生属性でも強化や弱体は使いにくさを感じるわね。あまり覚えなくていいかしら?)
(いやいやいや! バフとデバフの有用性をわかってないなぁ! 無課金ユーザーの貧弱な私のチームを援護と強化で固めて、サポートで攻撃特化のキャラ借りれば!)
(キャラクターを操作するならそれでいいでしょうけど、今の状況でバフとデバフを担う人物をアタッカーのための肉壁にするなんてできないでしょう?)
(あ…………うん。ゲーム気分すぎた。反省する。けど、それなら余計に強化と弱体は必要じゃない? 今なんて特にか弱い子供の体なんだし)
そんな自問自答で、私は短い時間で効果的に魔法を覚えようと本を捲り続けた。
(悲報、魔法の難易度とパズルの難易度が比例してる件)
(まぁ、そうでしょうね。しかも魔法文字一つに対して一つのパズルを解かなければいけないから、大きな魔法を使うには相応の時間がかかるようね)
(パズルの解き方も一筆書きじゃなくなってるし。真面目に魔法文字覚えてなきゃ、素早く解けないねぇ)
勉強を続けなければいけないとわかって、女子高生気分の私がテンションを下げる。
日本の教育ほど専門的な学問を多岐にわたって修める必要がないと諦めて欲しい。
(こうなるとさ、やっぱり実際魔法で戦闘する状況になるのかな?)
(少なくとも魔法学校に入ればそうでしょうね。卒業試験の団体戦があるもの)
(今の私、運動神経いいほう?)
(走るだけで怒られる環境で育って、いいはずないでしょう?)
(よし、防御魔法もしっかり覚えよう!)
拳を握って顔を上げた私の耳に、何かが硝子を叩く音がした。
続いて、戸の開く軋みが図書室に広がる。
吹き抜けの二階、ベランダへ出るための戸が微かに開いていた。
「さっきは開いていなかったはずなのに」
そう呟いた途端、二階部分から何かが飛び出してくる。
長い耳、猫のような体、犬のような尻尾。白っぽいピンクの動物は、私が座る椅子の目の前に軽やかに降り立った。
赤く丸い瞳と目が合う。
意味深なアクセサリーをつけた姿に、私は嫌な予感が沸き上がった。
「僕と契約して、魔女になってよ!」
「わけがわからないよ…………」
反射的に返した私の胸の内は大混乱だ。
(QBキター!?)
(そうではなく! これはゲームのマスコットキャラでしょう?)
(いや、けど魔女って何!?)
(そんなの私が聞きたいわ!)
(QB的には死刑宣告なんだけど!?)
(だからまずQBではないのよ! ゲームで主人公と出会う精霊でしょう!?)
そう、精霊だ。名前はアルティス。学校を抜け出した主人公と出会って、ストーリーの鍵となる魔石の在り処を示す存在。
この際、古い人気アニメ風な台詞は聞き流そう。
(問題は、どうして私の前に現れたかよ!)
(声かける相手、間違えたんじゃない?)
(何をどう間違えたら、『不死蝶』の元に現れるなんてことになるの?)
(だって、全属性で支配適性って、たぶんゲームの主人公もでしょ?)
私は暫し目の前のQB…………じゃなかった。精霊を見つめる。
ピンクの体にところどころ白い毛。ゲームではQBじゃなく、某ボールモンスターの様々な進化の可能性を秘めた茶色の、進化形ピンクに似てると言われていた。
「言葉は、わかるわよね?」
「僕と契約して、魔女になってよ!」
テンション高く死刑宣告されてる気分になるから、その言い方やめてもらえないかしら?
「たぶん来る所を間違っているわよ。もっと時間をかけて契約相手は探したほうがいいわ」
というか、ここで私と契約したら主人公どうするの?
契約が何かは知らないけど。
主人公にマスコットキャラがいないって、些細な変化とは言えなくない?
ここは絶対拒否よね?
「私はご覧のとおり忙しいの。さ、誰かに見つからない内にお帰りになって」
笑ったような顔の精霊が、私の拒否の姿勢に目を眇めた。
「短命にして脆弱な人間が、精霊たる我を邪険にするか」
え、怖!?
一人称変わってるよ!?
「我が手を取らなかった己が判断の甘さを悔いるがいい!」
「あの、説明もなしにそんなこと言われても」
「今さら媚びたところで遅いわ!」
私にお尻を向けると、精霊は身軽に二階へ跳び上がり、ベランダへと出て行ってしまった。
「えふぁって言わないの?」
ゲームのマスコットは台詞の前後に「えふぁ~」と鳴く設定だった。
どうやら、本当に設定だったらしい。
「僕」とか「我」とかどっちが本当なんだろう?
(緊急会議、する?)
(いやぁ、もう怒って帰っちゃったし。主人公が入学したらちゃんと向こうと契約してくれるでしょ?)
(そ、そうね。…………でも、また来たらどうしたらいいかしら? 二度も怒らせるのもかわいそうだし)
(今度はちゃんと説明聞いてあげればいいんじゃない?)
(そうね。契約なんて内容もわからずに結ぶものでもないのだし)
(どう聞いても死亡フラグだったしね)
(魔女ってなんなのかしら?)
そんな疑問を残して精霊えふぁこと、キャラクター名アルティスだろう存在が去って五日。
私はまだ屋敷に缶詰め状態だった。
「毒魔法を使う前に回復魔法を覚えておかなきゃいけなかったわ」
魔法で簡単に生成できてしまった毒だけれど、私はその毒の解毒方法を知らないまま魔法を使ってしまった。
家庭教師は回復適性ではなかったものの、援護適性だったため私の耐毒性を上げて医師が来るまでの時間を稼いでくれた。
そして、家庭教師の来られない今日は、家で安静と言いつけられている。
(アンディが言ったとおりだったわ。私、初級魔法で中級並みの威力が出せるのね)
(まさか自分の毒でやられるなんてねぇ。魔法って案外怖いもんだ)
魔法を使えないようにする指輪付きでの図書室使用を許されたので、また魔法文字を覚えようと入り浸ってる。
お父さまとお母さまはお茶会で、エリオットもジョーとアーディへの連絡係として行ってもらってた。
すごく抵抗されたけど、エリオットを追い出すようにしてまた一人だ。
(…………また二階のベランダの戸が開いた音がする)
(き、気のせいよ)
(いや、なんか上から視線感じるんだけど?)
(気のせいよ。私は何も見ない)
(上から何かが落ちてきた音してるけど?)
(気のせい、と言いたいところだけど、確かに降りたと言うよりも落ちた音だったわね)
私はしょうがなく目を開けて、音のしたほうを見た。
赤く丸い瞳と目が合う。
(…………今度は紺色の毛並みに三日月ハゲなのがきたわ)
(古い人気アニメ風っていう括りでもあるの?)
たぶん、アルティスとは違う精霊が、やる気なさげに床に寝ころんで私を見てる。
「あなたは誰?」
「うん? うーん、誰がいい? ピグレドゥでもアーチェディでもなんでも。契約してくれるなら好きに呼んで」
「あなたもそうなの? 精霊よね? 契約ってなんのこと?」
「説明しなきゃダメ? めんどうくさいなぁ」
そんなことを言いながらピグレドゥかアーチェディかわからない精霊は、やる気なく説明をした。
この精霊は魔石に宿るらしく、魔力を膨大に蓄えてこうした姿に顕現しているそうだ。
契約を持ちかけるのは力を安定させる器となる魔導書を人間に作ってもらいたいから。
「作れるなら杖でも剣でもいいよ~」
「契約した相手が一から作らなきゃいけないのよね? だったら魔導書が一番作るのは楽よ。…………契約はしないけれど」
「しないの~?」
「して私になんの得があるの? 訳のわからない存在に取り憑かれるだけじゃない」
「えーと、うーんと、魔法が使いやすかったり、魔力量が上がったり、幸運に恵まれたり? そうそう、こういう演出もできるよ~」
精霊が後ろ足で立ち上がって、私に光を浴びせる。
すると、その光は私を足元から照らして風を巻き起こし、蛍火のような儚く美しい光を舞い散らす。
そして鼓動のようなリズムを刻んで明滅するのは、透ける光の蝶。
私はこの幻想的な演出を知ってる。
((『不死蝶』の悪役エフェクト!))
(つ、つまりどういうことなのかしら!?)
(つまり『不死蝶』もこの精霊連れてたってことでしょ!?)
信じられない思いで精霊を見下ろすと、相変わらず面倒そうに聞いて来た。
「どう? 契約してくれる~?」
正直不安しかない。
けれどどうやら私は、この精霊と契約をしなくてはいけないようだった。
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