83話:探偵役の登場
排水施設の罠に閉じ込められてから、随分と水が溜まった。
私とアンディは魔法を使いながら水位が上がるのを待つ。
「周到な罠だね。上に逃げ口があるように見せかけているから、穴が開いて流されるまで閉じ込められた者は抵抗しない」
アンディが水を操って私たちが沈まないよう魔法を使いながらそう考察した。
一応水が溜まる前に止めようとはしたのだ。
けれど暗くて何処から水が流れ出てるかわからず、もう床に足がつかない。
水音もなく浸水したことを考えると、床からしみ出してくる仕掛けだったのだろうか。
「アンディ、疲れない? まだそんなに支えてなくても大丈夫よ」
私が支えてと言ったせいなんだろうけど、アンディはずっと腰を抱き締めてる。
結界を張って浮いてる今は、支えいらないんだけど。
「シャノンは軽いから平気だよ」
「でも疲れてしまうわ」
「この蝶のお蔭か普段より調子がいいくらいさ」
私はアンディに光る蝶をつけ、ステータスを底上げしている。
どれくらいで水が溜まるかわからないから魔力が尽きることを心配してのことだ。
見たこともないバフにアンディはちょっと浮かれているのかもしれない。
怖がって暗くなられるよりはずっといいわね。
ちなみに精霊のアーチェは、私の窮地を知って影から出て来なくなった。
水が嫌いにしても、そこは何か助かるための策を授けてくれるのではないのかしら?
性格ブレブレのアルティスでも、マスコットキャラとしてゲーム主人公のサポートをしていたのに。
「アンディ、一度窓が近づいたら風の魔法で外に助けを求めてみるわ。駄目なら天井に攻撃をしましょう」
「今一番最悪な状況は、建物が崩落して僕たちが沈んでしまうことだ。さすがにシャノンも建物一つを魔法でどうにかできるなんてことはないだろう?」
「あまり強すぎる魔法を放つのも考えものね。理想は天井にひびだけで済ますくらいかしら?」
「けれど弱すぎても天井の石材はびくともしないだろう。ここからじゃよく材質がわからないのも困ったものだね」
私たちは天井のアンチ魔法との距離を確認しながら打ち合わせる。
「一部でも欠落させられれば、アンチ魔法の効果は消えるはずだ」
「そうね。その後は二人で水の流れを操って溺れないよう身を守りましょう」
「…………君の強さには頭が下がる」
「アンディ?」
抱き締められた近い距離で、アンディは呟くように言った。
「ごめん、シャノン」
いきなりどうしたの?
「君頼りで情けないよ」
「そんなことないわ。アンディだってやれることをやってるじゃない」
私の慰めに、アンディは支える手に力を込めた。
「ジョーならこんな時、気の利いたことを言えるんだろうけど」
「あら、私が怖がってるのばれたかしら?」
「え、そうだったのかい?」
あ、違った。
まぁ、正直殺されそうだし怖いものは怖い。
実は喋っていないと心臓が激しすぎて口から出そうなくらいだ。
「泳ぐ練習はしたけれど、潜水なんてしてないし。どれだけ息を止めていられるかしら? そういうことを想像すると、やっぱり怖いわ」
もちろん流される前にアンチ魔法を解いて潜水なんてしなくていいようにするつもりはある。
けれど流された時の対処も考えておかなければ不安だった。
「まず結界で空気を確保するけれど、それもどれくらい持つかわからないし。やっぱり飛行の魔法をお父さまから教えてもらえていれば、なんて今さら後悔してしまうの」
クラージュ王国へ行く際に見たあの魔法は、さすがに見てすぐできるほど簡単な魔法じゃなかった。
しかもちょっと見ただけだから、私が再現しようとしたものとは魔法自体が少し違うようなのだ。
だから今の私は落下を和らげる魔法しか使えない。
「考えると不安ばかりよ。私からすればアンディのほうが落ち着いているように見えるくらい」
「そう、だったのか…………」
「あ、ごめんなさい。アンディまで不安にさせるつもりじゃなくて」
「いや、勇気が出た」
んん? どうして?
「すぐに対処しようと目標を定める君に気圧されていたんだ。それが不安からくる備えだなんて考えつかないくらい。…………情けないだろ?」
「そんなことはないわ。私はさすがに命の危機が三回目だもの。きっとどこか慣れているのよ。海賊の誘拐に、密輸組織の誘拐と来てこれは執事の拉致監禁?」
なんて冗談めかした私に、アンディは険しい顔で見返してきた。
「あの第三港湾でも、僕だけが何もできなかった」
「アンディ…………」
一緒に捕まったジョーは、アンディを守るための身代わりになろうとした。
エリオットはいち早く駆けつけてくれた。
どうやらアンディはそのことを気にしていたらしい。
「君を恰好良く助けられるくらい、強くなりたいのに」
「あら、だったらここから一緒に助かりましょ。そうすれば恰好良く助けたことにできるわ」
「え? いや、君の力を借りてそんな…………」
「だって、すでにアンディは恰好いいもの。ダンスレッスンでエリオットにホールドされる以外で、こんなに抱き締められたの初めてよ」
途端にアンディは顔を赤くして視線を泳がせる。
ちょっと下品だったかな?
「えーと、一人じゃないって安心できるから、今の私にとってアンディ以上に恰好いいと思える人はいなくて、ね?」
「そんなここから脱出したくなくなることを言わないでくれないかい?」
「え?」
ずぶ濡れだよ? 脱出しようよ。
恰好いいって男の子にはそんなに魅力的な言葉なんだ。
あんまり気軽に言わないようにしよう。
「助けてー」
私は風の魔法で声を辺りに広げてみる。けれど反応する者はなし。
執事が言った水路の音もあるんだろうけれど、元からあまり周辺に人がいないのだろう。
「シャノン、逆に周りの音を拾うことはできるかい?」
「やってみる」
風向きを操って集音して見るけれど、誰の足音もしない。
周辺に人はいないようだ。
「となると」
「あれだね」
私たちは天井を見る。
「一度やってみよう。支えるから結界を解く時には合図をくれ」
「わかったわ。…………今よ!」
私が攻撃適性に変えると結界が解ける。
魔法を描こうとするけど、体が水に沈んでアンディと一緒にバランスを崩してしまった。
私は慌てて結界を張り直す。
「アンディ大丈夫?」
「ぷは! だ、大丈夫。結界を解くと僕の魔法も掻き消える見たいだ。これは、結界を解くと同時に、僕も魔法をかけ直したほうがいい」
そんな失敗から学んで、何度かトライしてみる。
そして何度も失敗を繰り返した。
「せーの!」
十を超えた試行錯誤の末に、私はバフを盛って炎を放てた。
けれどアンチ魔法は変わらず、天井の建材にも変化はない。
「硬い建材ね。それに近づいたせいで余計に魔法の威力が減衰してる。でも無闇に威力を上げて天井が全て崩落するようなことになっても…………」
「魔法で石を投げつけても駄目か。思ったより時間を食った。水がいつ抜けてもおかしくない。シャノン、流された時の対処に移ろう」
たぶん天井近くの窓に手は届かない。
その前に水が流れる仕掛けじゃないと意味がないから。
だったらアンディが言うとおり、窓に近くなった今いつ水が抜けてもおかしくない状況だ。
「シャノン、息が上がってる。難しいだろうけれど落ち着いて。ゆっくり呼吸を」
言われて予想以上に消耗していることに気づいた。
「ありがとう、アンディ」
「…………これくらいしか今の僕にできることはないから」
首を横に振ったアンディと見つめ合って私たちは覚悟を決める。
流されても生きる。
それが残された脱出方法だった。
「風で結界を作って呼吸の確保と、流されて体を打っても守れるように強化を」
「アンチ魔法から離れられれば、僕も水の流れを穏やかになるよう魔法を準備して」
打ち合わせて備えていた私たちでも、その時は一瞬だった。
鈍い音と共に流れができる。
慌てて結界を張った途端に水に引きずり込まれた。
真っ暗で何も見えない。自分が何処を向いているのかもわからない。
アンディの無事を確かめる余裕もなく、私は何かに激しくぶつかる。
予想以上の衝撃に、結界がもたないかもしれないという不安に呼吸が荒くなった。
恐怖に全身が竦んで圧迫感が増すようだ。
いつまでも暗闇が続いてもう抜け出すことはできないんじゃないか。
そんな不安に押しつぶされそうになった瞬間、世界が真っ白に光った。
「あそこです!」
「急げ!」
水の音に紛れて声がした。
そう思ったけれど、結界がもたずに私は激しい水流で沈む。
けれど目を開けば光が見えた。
もがくように泳いで、光の差す水面へと手を伸ばす。
その手を確かに誰かが掴んでくれた。
「ぷは…………! はぁ、はぁ…………エリオット!?」
「ジョー!?」
私と同時にアンディも自ら引き上げる相手の名を呼んだ。
そしてそれぞれに腕を引かれる。
「お嬢さま! ご無事ですか!?」
「ふー! 読みが当たって良かったぜ」
唖然としてアンディと見つめ合う私は、気づいて辺りを見回した。
高い位置から草が垂れるここは、貯水池?
「どうしてここに君がいるんだ、ジョー?」
アンディが聞くと、ジョーは笑顔で親指を立てた。
「勘!」
いや、いつ来たの? とか…………うん、いいや。
今はいないはずのジョーに驚かされながら、助かった安堵に大きく息を吐き出した。
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