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82話:水責めの罠

「執事! いったいどういうつもりだ!?」


 アンディが詰問する横で、私は嫌な予感に突き動かされて足を踏み出す。

 けれど服が水を吸って重く、階段に足をかけた時にはすでに遅かった。

 上から音が鳴り響き、執事に向かったアンディが私の横を通り抜けようとする。


「アンディ! 待って!」


 私は階段に足をかけたアンディを力任せに引き戻した。

 足を取られ支え切れず、私はアンディと一緒にまた水の中に倒れる。


 そして階段には金属でできた落とし戸が降りた。

 あれがアンディに直撃していたかと思うとぞっとする。


「くそ! ここを開けろ!」

「こんなことをしてどうしようというの!?」


 私たちは二人で落とし戸を叩く。

 覗き窓が開いて執事の目が見えた。


「すぐに開けなさい! こんな無礼が許されると思っているの!?」


 私が虚勢で叱責すると、執事は吐き捨てるように言った。


「高慢な小娘め」


 見える目には蔑みが満ちている。

 今日初めて会った人にそんな目をされる覚えがない。

 この人もルーカスのように噂を聞いたから?


 …………違う。


「町長への手紙を盗み読みしたのはあなたね?」

「無駄な時間を取らせられた。あんなただの嫌味を、まさかこんな子供が。将来碌な大人にならない見本のようだったよ」


 執事は私の指摘を否定しないどころか嫌みを言ってくる。

 アンディは侮蔑する執事の視線から守るように、私を後ろへ庇った。


「町長を殺したのもお前だな」

「アンディ?」

「靴が新しかった。あれは破片の刺さった靴を取り換えたんだ。破片が小さく食い込んでいて取れなかったんだろう」


 これも執事は否定しない。

 どころか遠回し肯定と取れる言葉を放った。


「どうやって気づいたのだか。始末をするために連れてきて正解か」


 始末?

 私たちを?


「わ、私たちがいなくなれば騒ぎになるわ。いつまでもこんな所に監禁できると思わないで」

「ふん、気づいていないのか」


 執事は馬鹿にしたように笑った。

 私はアンディと顔を見合わせ、室内を振り返ってようやく足元の変化に気づく。


「水が!?」

「水位が上がってる!?」


 暗くてわからなかったけれど、膝下にあった水面が今は太ももにまで上がっていた。

 部屋の広さはそれなりにあるものの、この勢いで水位が上がり続ければ一日も持たず部屋は水没するだろう。


「古い排水施設を作り変えたと言っただろう」


 執事は最初からこの仕掛けがあることを知って私たちを誘き出したようだ。

 ではこの施設はいったい何に使われていたのだろう?


「昔、海賊に襲われていた頃、ここに賊を誘き寄せて溺れさせるための部屋だ。いずれ使うことがあるかもしれないと、町長が手を入れていた」

「そんな!? 町長はいったい何をしていたの!」

「この落とし戸を降ろせば逃げ道はない」


 私の詰問に答えず、執事は念を押すように言う。

 けれど半地下であるこの部屋には、明り取りの開口部が天井近くにあった。

 小さいし格子付きだから出られないけれど、沈みさえしなければ空気の確保はできるはず。

 そんな私の考えを読んで、執事は鼻で笑った。


「溺死を避けられると思っているなら甘いな。言っただろう、溺れさせるための部屋だ。格子の辺りまで水が溜まると、水圧で塞がれていた壁の一部が壊れる仕掛けだ。壁の大きさは人一人が通り抜けられる幅がある。いや、その程度の幅しかないと言うべきか」


 脆く作られた壁の一部が、水位の上昇と共に開く仕組み。

 つまり、その穴から室内の水が一気に放出されたとしてどうなるか。


 私は日本の事故のニュースを思い出す。

 プールの排水口に流されて溺れる事故を。


「水を溜めて流すまでがこの仕掛けだ。排水は地中を流れ逃げ場はない。そのまま海へと繋がっている」


 完全に執事は私たちを殺して口を封じる気だった。


「これ以上罪を重ねる気?」


 月並みだけど言わずにはいられない。

 アンディも脅すように低く執事に告げる。


「町長殺しとは訳が違うぞ」

「ふん、子供が迷い込んで古い仕掛けを作動させた事故死。責められるのはそんな仕掛けを放置していた領主だろう」


 こんなことをお父さまのせいにするつもり?

 ミックに罪を擦りつけるだけに飽き足らず!?


「卑劣な…………!」

「罪を暴かれそうだからとさらなる罪を重ねるなんて間違ってるわ!」

「子供がわかった口をきくな。町長に罪がないとでも思っているのか?」


 執事は苦々しく吐き捨てた。

 もはや生かして返す気ないからこそ、町長殺害の動機を語り出す。


「あいつは自分だけいい思いをしておいて、内偵に気づいた途端この私を差し出そうとしたんだぞ!」


 つまり今回の事件は汚職の内輪揉め?


「侯爵もたまに来ては口を突っ込む小うるさい奴だ。普段は王都で遊び暮らしているくせに、貴族だからと偉そうな無能が!」

「お父さまはルール島の暮らしを守るために社交に勤しんでいるのに!」

「は、社交!? 飲んで食って踊り明かすだけのくせに何を偉そうに」


 執事の言っていることはただの偏見だ。

 本当に社交がそんな気楽なものなら幼い内から英才教育なんかしない。

 ルール島という特異な地であるからこそ、王国であった頃の暮らしを維持するために我が家の当主は代々故郷にも帰らず頑張ったのに。


 私が無理解に悔しさを覚えると、アンディは手を握ってくれた。

 無言の励ましに、悔しさで爆発しそうな感情が収まる。


「つまり…………あなたは町長と結託して、悪事に手を染めていたのでしょう?」

「犯罪者が何を言ってもただの自己保身の卑しい誹謗だね」

「私は町長を支えた! それをあの男は自己保身のために裏切ったんだ!」


 今必要なのはこの場から脱出する方法。

 この執事の罪を問うのは後でいい。

 こんな馬鹿げた殺人を思いとどまらせるために頭を働かせなければいけない。


「町長が死んだ今、残ったお前が罪に問われるだけだぞ。殺しても何も解決はしない」

「そうね。お父さまが押収した帳簿から証拠が見つかればあなたは終わりよ」

「それなのにさらに自ら罪を重くするなんて、頭が悪いのかな?」

「アンディ、それは言いすぎよ。でも、自ら罪を償う機会を投げ捨てるのは賢い選択ではないわ」


 私たちの挑発染みた説得に執事は失笑した。


「私がやったと誰が知る? 死人に口なしだ」


 吐き捨てて執事は覗き窓閉じようとする。


「待ちなさい!」

「いくらでも騒げ。すぐ側に水路がある。水音でここから外に声は聞こえない」


 無情な現状を告げただけで覗き窓は閉められた。

 そうなると室内はほぼ真っ暗だ。


「困ったわ」

「困ったね」

「エリオットに言ってきてないわ」

「エリオットは絶対に怒るね」


 見つめ合って私たちは溜め息を吐く。


「それで? 今日のエリオットお手製の探索魔法はそのスカートを飾る蝶を模したリボンかな?」

「えぇ。…………あら? 魔法が薄れてる?」


 触ると感じるエリオットの魔法が微か。微かすぎて触らないとわからないほどだ。

 アンディも異変に気づいて自分の手を見る。


「今水を魔法で操ろうとしたのに、ほとんど動かない」

「まさかこの部屋、アンチ魔法の備えがされているの?」


 室内を見回してみるけれど、暗くて壁さえよく見えない。

 けれど何処かに装飾を模した魔法陣があるはずだ。


 ルール島にはゲームにもあったアンチ魔法のかかったエリアがある。

 プレイヤーチームは戦闘開始直後からデバフがかかった状態で始まるという仕様だ。

 援護適性の仲間を連れてバフを重ねる攻略法が一般的だったけど。


「シャノン、あそこだ!」


 アンディが天井を指す。

 明り取りからの光りで、微かに天井に魔法陣が描かれているのが見えた。


「この距離じゃ届かない。すぐに壊すことはできないわ」

「時間が経てば水で天井は近づくけど。同時に溺れる危険も近づくと言うわけか」

「…………アンディ、たぶん私が結界を張れば少しは魔法が使えるようになる。天井が近づくまで結界の中で水に浮くようにできる?」

「できるけど、浮いても天井を壊すほどの出力を出すのは無理だ」


 ゲームのとおりならバフをかけまくれば行ける。

 ただし、結界を張るのもバフをかけるのも破壊をするのも私一人だ。

 問題は、適性を変えると結界の維持ができなくなること。

 けれど天井を壊すには攻撃適性がいい。魔力適性のアンディでは火力不足だろう。


「壊す瞬間結界を解くことになると思うわ。その時、私を支えてほしいの」

「君は…………わかった。シャノンの期待に応えよう」


 アンディは何か言いかけたけれど、覚悟を決めた顔で頷いてくれた。

 そしてすぐさま私は腰に手を回されて抱き寄せられる。


「支えるためにもなるべく側にいないとね」

「アンディ…………思ったより力強いのね」

「ジョーやエリオットには劣るけれど、僕だって継嗣として鍛錬はしている」


 拗ねたように横を向くもののの、回された腕の力強さは頼もしかった。


隔日更新

次回:探偵役の登場

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