80話:殺人現場
翌日、町長の屋敷に馬車を横付けし、エリオットとアンディと一緒に馬車を降りる。
ルーカスも誘ったけれど、王子の護衛予定で無理だと断られたから今日は三人だ。
「お嬢さま、お帽子をどうぞ」
馬車から降りるとエリオットに渡される。
ピンクの布にアクアブルーのリボン。今日のドレスとお揃いだ。
まぁ、目の前の屋敷に入ったらすぐ脱ぐんだけどね。
「お待ちしておりました」
私たちを出迎えたのは白い手袋をした執事だった。
執事は上級使用人で雇うにはそれなりの財力が必要になる。
見栄かこの町の羽振りがいいのかわからないけれど、一町長の屋敷にいるには不釣り合いな存在だった。
「さっさとミックを殺していただきたい!」
そして弔問を理由に訪れた私たちに、ポールが挨拶もそこそこに訴える。
「…………犯人は捕まえます」
「もう捕まえているでしょう! さっさと処罰を願っているんですよ!」
お悔やみ言ったらずっとこれだ。
あまり長居する気はなかったけれど、当日の様子を聞くこともできない。
ポールが強硬に主張だけするせいで、そっちに話を持っていけないでいた。
「あいつは目上を敬うことのない粗暴者で、父のことも!」
「君がそれを言うのかい?」
切り込むようにアンディが口を挟んだ。
怪訝な顔のポールがまたミックを処断しろと騒ぐ前に、アンディは片手を上げる。
なんか、何も言ってないのに黙れって威圧感がすごい。
さすが公爵家継嗣。すでに跡継ぎ教育はされているらしい。
「君にとって、この場で目上に当たるのは誰かな?」
「そ、それは…………」
ポールの目の前にいる私とアンディは侯爵令嬢と公爵令息だ。
改めて聞くまでもないはずなのに、ポールは言わなきゃわからなかったようだ。
「誰が、君の発言を許可した?」
「あ…………うぅ…………」
町長の息子は権力者だけど結局は平民。年下でも私たちのほうが立場は上だ。
不興を買えばどうなるか、想像できないわけもない。
ポールが言葉を失くすと、同席していた執事が動く。
「ご無礼のほど、お許しください。ご子息は突然の訃報に取り乱しており、それほどに父君を奪われた喪失感に打ちひしがれているのです」
「そういうこともあるか。では今以前の無礼は不問にしよう」
アンディ貴族らしく鷹揚に頷く。
ただここに来てからのポールの態度が無礼であったことは明言しておく。
そしてポールは今さら私へのやらかしを思い出したのか、委縮したように小さくなってしまった。
「君も言いたいことがあるだろう。ただ物事には順序がある」
「は、はい…………」
「ではこちらから質問をするからそれに対してのみ答えてくれ」
「は、はい…………」
委縮しすぎじゃない?
ミックにあれだけ横柄だったのに、今じゃ返事の声さえ小さくなってる。
アンディが貴族らしすぎるから? それともポールが元々権威に弱いとか?
まぁ、貴族の子供って日本の高校生より精神年齢高いから話にくいのはわかる。
今は私も貴族の子供だけど。
継嗣とそれ以外だとやっぱり背負うものが違うから、本気で貴族らしく振る舞うとジョーさえ普段の親しみやすさがなくなったりする。
「そのミックと町長が話をしている時に異変はなかったのかい? 君はその時同じ屋敷にいたんだろう?」
「おれ、あ、わ、私は、外出しており、帰宅した時に、出て行こうとするミックと玄関で会いまして、ですね、はい」
もはや取り調べ並みに緊迫感が漂ってる。
そして緊張しすぎてポールは何度も一人称を間違う。
さらには言いよどむポールが答えられなくなったり間違った答えを口にすると、執事が後ろから正しい情報をフォローするという情けない状況になった。
「例えばミックが一度出て行ってから戻って来たとして、屋敷の者に見つからず出入りできる場所はあるのかい?」
「おれ、あ、わ、私は知りません。塀を、越える、とか?」
どうやらアンディはミックを犯人と思い込んでいるのを利用して、外部犯の侵入経路を聞くつもりらしい。
完全に主導権を握ったアンディの手際がすごい。
これはアンディが探偵役で解決できるんじゃないかしら?
「つまりこの屋敷で書斎に行くには、玄関ホールの階段を上るか、もしくは使用人専用の階段を使う必要がある。けれど玄関ホールは夕食の時間まで君がいた。そして使用人専用の階段周辺は夕食の準備で常に使用人がいた」
「は、はい、あの、それがどうかしましたか?」
ポールは自分で言っていて、外部犯の可能性がないと証言したことに気づいていないようだ。
執事は静かだけどわかってるのが見て取れた。
私も伊達に使用人教育されたエリオットを見てない。目に浮かぶ小さな感情の揺れでそれとなくわかるものがある。
「だいたいわかった。シャノンから聞きたいことは?」
ないなー。
要点はしっかりアンディが押さえてるし。
あ、一つあった。
「我が家から送られた手紙を回収したいわ」
「手紙かい? それはなんのために送った手紙か聞いても?」
「えぇ、町長からの謝罪への返信よ。けれどもう読む方がいないのなら不要でしょうから」
そう私が答えると、ポールの目が泳ぐ。
なんの謝罪かわかって、居た堪れなくなってるみたいだ。猛省してほしい。
「…………知らないようなら探させてもらうわね」
「あ、え…………?」
「いいわね?」
「は、はい」
ちょっと強くいっただけでポールは首を縦に振る。
初めて会った時には押しが強いように思えたけど、実は押されるのに弱いのかな。
私たちが立ち上がると執事が滑るように動いた。
扉への進路を阻む動きは、どうやら私たちを止めるためらしい。
「どうぞお座りください。私がお持ちいたします」
「結構よ。私が出した物だもの」
そう答える間に、エリオットが勝手に扉を開ける。
書斎の位置はさっきポールが話したので案内の必要もない。
貴族の体に許可なく触れられない執事は、私たちをそれ以上止めることもできなかった。
「シャノン、外で待ってるかい?」
書斎の扉を前に躊躇った私を、アンディが気遣う。
殺人現場だと思うと目の前の扉を開くことにちょっと恐怖が湧いた。
「お嬢さま、お任せを」
「いいえ。自分で開けるわ」
私は覚悟を決めて書斎へと入る。
息を詰めていたけれど、事件現場にしては臭いがない。
どころか、事件の痕跡は片づけられているようだ。
「カーペットを剥がしたようですね」
エリオットは部屋の隅にあるカーペットを固定する金具を指して気づいたことを口にする。
なんでカーペットを剥がしたか、なんて言うまでもない。
私はカーペットから染みた血の跡を見つけるのが嫌で、すぐに書斎の机を見た。
「手紙があったわ、…………あら?」
「どうしたんだい?」
「開いてる」
私が手に取ったのは見覚えのある封筒。
封蝋も我が家の物に間違いはなく、中に入っている手紙も確かにエリオットが練った皮肉の羅列だ。
ただ送った時と違うのは、封筒の上部は切り開かれていること。
「町長が読んだんだろう?」
「ありえませんね」
エリオットも気づいて書斎にあるペーパーナイフを手に取った。
「この手紙は町長の遺体が見つかった朝に届いた物のはずです」
そう、朝になって送ったのだから、その時すでに町長は死んでいるはずなのだ。
「いったい誰がこれを開封したの?」
「あの町長の子息じゃないか? 君が手紙のことを口にした時反応が怪しかった」
私は封筒の中も確かめて、手紙をアンディに渡す。
「これを読んで、本当に私にあんな対応をしたと思う?」
「…………したなら相当な鳥頭だ」
一見世間話に見せかけて、皮肉が羅列されている文章。
そこには一言の許しもなく、私をナンパした時のポールの態度の悪さをあげつらってあった。
ポールじゃないなら一体誰が侯爵家の家紋がついた手紙を勝手に開いたのか?
「町長が早朝までは生きていた可能性があるのでは?」
エリオットの提示に私も考える。
「となると、第一発見者が犯人?」
殺して死んでいると自演するのは、ミステリーでもよくある手だ。
アンディは少し考えて首を横に振った。
「それは調べた後で考え直そう。まずエリオットは当初の予定通り部屋で犯人の痕跡を探す。僕はポールから話を聞く。シャノンは執事から話を」
「いえ、ポールに今さら聞くことはないかと」
エリオットがアンディの指示に異議を唱える。
「でしたらお嬢さまとアンドリューさまがここで人数を割いて捜索すべきです。僕が執事と他の使用人を当たります」
「よその家だし、私かアンディのほうが身分に物を言わせて聞きやすいかもしれないわよ」
「逆ですお嬢さま。貴族の中の平民と思えばこそ気も緩みます」
それは実体験?
「わかったわ。エリオットに任せるわね」
「ご期待に添えましょう」
「ふふ、頼りにしてるわ」
私の答えにエリオットは自慢げな顔をアンディに向ける。見るとアンディは不服そうだ。
この状況で何を争っているの? 男の子ってたまにわからないなぁ。
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