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78話:小さな約束

 私はミックと面会するため、また街の役所を訪れていた。

 今日は一人…………いや、エリオットはいるけどね。


「お嬢…………。っす」

「良かった。ちゃんと手当てしてもらえたのね」


 ミックは前回の怪我が治療済みになっていて、白いガーゼを当てられていた。

 見張りもエリオットによって排除済みなので、周りを気にせずミックと話す。


「おかげさまで、すっかり看守に避けられてるっす」

「まぁ、新手の虐め?」

「違うっすよ。臭い檻から窓のない部屋に移されたくらい環境はいいっす」


 ミックは笑って言うけど、本当に?

 檻から部屋と呼べる場所に移動して、環境は良くなったと思っていいのかしら。


 ただ今も冤罪で捕まってることに変わりはないし、少し寝起きする場所が良くなっても、本来の生活に勝るはずがないと思う。

 私が本心を知りたくて見ていると、ミックの表情が翳った。


「…………生まれの違いってのを実感してるっす」

「ミック? 喋りにくいなら無理に言葉遣いを気にしなくてもいいわよ」

「や、そうじゃなくてっすね…………俺の言葉なんて誰も信じなかったのになって。お嬢の言うことなら、うるさく俺を責めてた看守も聞くんだなとか思って、ですね…………」


 ミックの現状の改善で言えば、お兄さまを通してお父さまが行ったことだ。

 けれどそのきっかけは私。

 そして平民の言うことより貴族の言葉のほうが重い。権力とはそういうものだ。

 わかっていても納得できないだろう。理不尽な目に遭ったミックならなおさらのことだった。


「ミック、誰もじゃないわ。お兄さまは信じてくださったもの」

「それはなんか特別な力があるからっすよ」

「その力込みで私のお兄さまよ。あなたを信じたことに変わりはないし、それにモーリーも信じていたわ」


 だから私の所に駆け込んで、直談判したくらいだ。

 あの行動がなければ、私がミックに降りかかった災難を知るのはもっと後だったはず。

 手を回すのが遅れていれば、ミックは最悪看守に寄る暴行で死んでいたことさえ想像できる。


 私がモーリーのことを言うと、ミックは照れた様子で横を向いた。


「お嬢は、モーリーも信じてくれたんっすね」

「もちろんよ。あなたはやっていたのなら正直に言うと思ったもの。違うと言うなら違うんでしょう」

「あ、はい…………」


 突然赤面して首筋を撫で始めたミック。

 どうしたのか聞こうとしたら、控えていたエリオットが私の視界に入って来た。


「お嬢さま、面会時間には限りがございます。本題に入られては如何でしょう?」

「えぇ。そうね」


 向き直ると、ミックはエリオットを見ている。

 なんだかジョーとアンディも似たような視線を送っていたような?


「まだ大して調べはついていないけれど、わかったことを教えておくわ」


 私は調べられた内容を教える。

 冤罪の上に何もわからないまま牢に入れられてるなんて、不安でしょうし。


「町長はミックと面会を終えた三時から誰とも会っていないそうよ。屋敷に会いに来た者もいない。そしてその時屋敷には町長から書斎にこもるとのお達しがあったと使用人が証言しているわ」

「まぁ、俺が最後っていうか、俺を呼び出すためにわざわざ町長の仕事がない日に屋敷のほうでってことだったんで」

「ミックが日暮前に屋敷を出たのは確かよね。今、日が暮れてから町長の書斎に灯が入った時刻を検証してもらっているわ」


 お父さまから聞き出した情報によると、書斎に火は点いていたらしい。

 ではいつ灯は入れられたのか、そして町長は自分で点けたか?

 その火が点いた時間にミックにアリバイがあれば、冤罪は晴れる。


「それで聞きたいのだけれど、私たちと会う前は何処で何をしていたの?」


 私があの日ミックに会ったのは日暮れ。

 日が傾くだけで部屋は暗くなるため、私たちが会った日暮れの時点ではすでに部屋の灯りは点いていたはずだ。

 問題は、ミックが屋敷を出た後の三時間ほどのアリバイ。


「…………一人、でした」

「そうなの? あの時一緒にいたお友達は?」

「あそこでたまたま会って、っすね」


 明らかに言葉を濁すミックに、エリオットが机に片手を突いて上から見下ろした。


「正直に答えなさい」

「エリオット」


 そんな刑事ドラマみたいなことしないの。


「お嬢さまに言いにくいなら僕が聞きます」

「お嬢に言いにくいことっすか?」

「なんのこと?」


 私とミックは何を言っているのかわからない。

 呆れたように項垂れたエリオットは、ミックに冷ややかな目を向けた。


「夜の女性を捜していたなり、道端で催したなりですよ」


 夜の? 道端で? 何?


 私はわからなかったけれど、どうやらミックはわかったようだ。


「女買おうともしてなければ、野ぐそでもねぇよ!」

「きゃ」


 そ、そういうことか。

 私が驚くとエリオットは責めるようにミックを睨む。

 ミックは悪くないんだけど、私に対して小さく謝罪を口にした。


「おっほん。い、言いにくいならいいわ。けれどこれは答えて。町長の家には一度出た後もう一度行ってはいない?」

「行ってないっす。それは確かだ」


 私ははっきり答えたミックに頷く。


「じゃあ、ミックは誰かに恨まれるような心当たりはあるかしら?」

「え?」

「明らかにミックを陥れるようなタイミングだもの。誰かにはめられた可能性もあるでしょう」


 町長はミックと会った後に殺された。

 ミックの後には誰も会わない日を狙ったかのように。


「町長の息子は除外してください。今この時に死なれて一番困るのは彼ですから。動機がありません」


 首を捻るミックに、エリオットが注意する。

 何か気づいた様子で瞬きをやめたミックはそのまま黙り込んだ。


 これは心当たりありかしら?

 って、なんで私を窺うように見るの?


「なんで、そこまでするんっすか?」

「そこまでって?」

「俺に関わっても、面倒なだけでしょ」


 もしかして私が煩わされてると思ってる?

 怨みを買う要因でそんなこと考えたの? 私が面倒ごと背負ってるって?


「私、そんなに薄情に見えるのかしら?」

「心を砕いてくださるお嬢さまになんてことを言うんですか」


 うん、エリオット。ステイ。ミックを睨まないの。


「いや、だからこそだろ。なんで侯爵家のお姫さまが俺なんかのためにそこまで動いてくれるんだよ?」


 ルール島は元々独立した国だった。

 だから私を姫って呼ぶ人がルール島にはいる。


 だが残念。中身は庶民が混じってます。


「私がミックという人間を知っている。それだけじゃ駄目なの?」

「それだけで動くのがおかしいって言ってるんっすよ。俺を助けたってなんの得もないでしょ」

「私の知ってる人が困っていて、私には差し伸べる手がある。この状況で動かないなんて、それこそ理由がないでしょう?」


 逆じゃない?

 私、侯爵令嬢だよ? 権力者側だよ?

 助けられるんだから助けるでしょ。じゃなきゃ権力持ってる意味ないじゃん。


「それにミックの冤罪を晴らせばお父さまのお役に立てるわ。モーリーも笑顔になってくれるわ。島の問題解決にもなる、正しく裁けば犯罪の抑止にもなるかもしれない。ルーカスもまだ泳ぎが完全じゃないし、私は海で泳ぐ時にはミックに教えてほしいし」


 私は考えつく限りを指折り数える。


「ほら。あなたを助ければ私にこんなに得があるわ」

「…………お嬢、あんたって人は」

「お嬢さまの素晴らしさがわかりましたか?」


 エリオット、どや顔でいきなり何を言ってるの?


「あぁ、あんたがそこまで傾倒する理由はわかった」


 いやー、本当は王子さまです。

 修道院送り寸前だったんです、なんて実際の理由はわかってないと思うよ?


「けど、やっぱりわからない。俺にはあんたの得になることなんてなにもできないのに…………」


 拘るのね。もしかして身分差を気にしてるの?

 あ、あれかしら? 納得できる見返りもないのに親切にされると落ち着かないとか?

 ただより高い物はないっていうものね。


「…………そうね。もしあなたの冤罪を証明できたら、その時はまた美味しいサンドイッチを作ってちょうだい。そしてまた一緒に食べましょ。今度はちゃんと逃げずに感想を聞くこと。どう?」


 私が条件を提示すると、途端にミックは下を向く。

 あれ駄目だった?


「俺、親父が作ってくれたオートミール作ろうとして料理始めて。おふくろが臥せってた時に美味しいって言ってくれたのが、料理人目指すきっかけで。けど、貴族殴ってから料理人も無理になって。なんとか見習いになれたらこれで、ちょっと…………自棄になってました」

「そう。だったら、ミックが今を諦めないためにも約束ね。私のために料理をしてちょうだい」

「…………っす」


 小さな約束をしたら、ミックは鼻をすすったようだった。


隔日更新

次回:助手役はいる

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