77話:オーエンを釣る
「まさかシャノンくんから招いてくれるなんて思わなかったよ。いやー、嫌われたと思ってたんだけどねー」
わざとらしく騒ぐのは、ゲームの黒幕ことお父さまが魔法学校に送り込んだ内偵のオーエン。
呑気に嬉しがる姿は絶対に嘘だ。
「忙しかったかしら?」
「夏季休暇を前に道具を買う生徒は多くてね。遠く海を隔てた国からの生徒は長期休暇でも国に帰らないから。学内に残って島で腕を磨くんだよ」
私が探りを入れると、オーエンは当たり障りのない答えを返した。
実はこのオーエン、私が何度か呼びかけてようやく来たのだ。
オーエンは明らかに私が呼びつけたことを警戒している。
「まぁ、休暇だというのに大変なのね。疲れた時には甘いものよ。シリルが送ってくれたチョコレートで作ったお菓子なの」
「では遠慮なく」
警戒する割りに、そこは本当に遠慮なく食べるのね。
まぁ、あんまり来ないからお菓子で釣ったのは私だけど。
オーエンを釣るためにシリルから貰ったチョコで、料理人にお菓子も作ってもらった。
そのお菓子は薄く伸ばして筒状にして揚げた小麦粉生地のカンノーリ。
中にチョコレートクリームとアーモンドが入っていて、さらに奥にはカスタードが詰まっていた。
「カンノーリと言えばチーズだけど、カスタードもいいね」
「チョコにはチーズよりカスタードが合ったのよ」
「うんうん。カスタードのほうにはバニラが効いてて甘さが華やかだ」
ここまでは計画どおり。
お菓子で釣れたオーエンは、私に警戒心なさげに笑いかけた。
「僕はチーズとピスタチオも好きなんだけどね」
お替わり要請が来た。早くない? もっと味わってほしいものね。
私は非難を籠めてオーエンを見据えた。
「オーエン、チーズは冬の間に甘みを増した乳から作った物が一番よ」
「た、確かに…………」
窘めると素直に引く。けれど顔は物欲しそうなままだ。
目新しいお菓子一つじゃ駄目か。
「少しは遠慮したらどうですか。はしたない」
給仕をしているエリオットが、オーエンに冷たく言い放った。
まだ私に不埒な視線を、なんて思っているのかしら?
まぁ、黒幕に警戒心を持つのはいいことだから特に指摘はしないけれど。
「ね、ねぇ、まだ僕に良からぬ疑いをかけてるのかい?」
「お嬢さまのお声かけを無碍にするなど無礼千万」
「あ、そっち? 厳しいなぁ。僕にも仕事があってだね」
「言い訳は結構です。旦那さまやロバートさまに報告しないだけ慈悲だと思ってください」
「それはありがとう」
エリオットの通告に、オーエンは素直に礼を言う。
本気じゃないんだろうけど、え、その神妙な顔本気じゃないよね?
「言ったらどうなるの? お父さまかお兄さまがついてくるだけじゃないかしら?」
「いやいや断った時点で絡まれるよ」
「でもお仕事を理由に断るのでしょう?」
雇い主側がそれを怒るのはどうなんだろう?
「あぁ、うん…………そう思うなら今度声かけてみたらどうかな?」
「お二人は甘いものそこまでお好きではないのよ」
一緒にお菓子を食べようなんて、好きでもない人を呼んでもなぁ。
それにお父さまは今ミックの件でお忙しいし。
「そうじゃないんだけどねぇ…………」
「何かしら?」
「なんでもございません。それで、他はないのかな?」
結局お菓子の催促に戻るのね。
オーエンは頬杖を突くふりで、エリオットに見えないよう思わせぶりな顔をして見せた。
用があって呼び出したのはわかってる。だからこそオーエンは遠慮なく催促していた。
「ふ…………だったら選ばせてあげるわ」
「何をかな?」
「バニラたっぷりのジェラートと、早摘みのレモンを使ったゼリー。どちらをあなたは食べたいかしら?」
私が突きつけた問いに、オーエンは硬直した。
「きゅ、究極の選択じゃないか…………。なんて恐ろしいことを選ばせようとするんだい?」
「さぁ、バニラの美味しさを味わった今、あなたはどちらを選ぶ?」
まだバニラの甘さが欲しいならジェラートに引かれることだろう。
けれど濃厚な揚げたお菓子を食べた後だ。気分を変えたいならレモンゼリーの爽やかさが魅力的なはず。
「どちらも良く冷えているわよ。我が家の氷室でね」
「…………両方とか?」
「駄ぁ目」
私がはっきり断るとオーエンは悩む。
だって残ったほうは明日の私のおやつだ。両方は欲張り過ぎよ。
「あら、お湯がなくなってしまったみたいね」
「すぐ新しい物をご用意いたします」
「ゆっくりでいいわよ。オーエンはすぐに答えを出せそうにもないもの」
濃厚なカンノーリでエリオットの想定よりお茶を消費した。
もちろんこれも計算どおり。
「エリオット、レモンティもいいわね」
「ではレモンを切ってまいります」
ちょっと手間をかけさせるオーダーにも嫌な顔一つせず、エリオットは部屋を出て行く。
エリオットの足音も聞こえなくなると、途端に悩んでいたのが嘘のようにオーエンは不敵になった。
「それで? わざわざこんなおもてなしを用意して、僕になんの用かな?」
「お菓子の感想を聞きたかったでは駄目なのかしら? シリルにお礼の手紙を出す時に感想を添えたいのよ」
「それなら甘いもの好きな君の侍女たちでいいはずだ」
「シリルはあなたのことを気に入ってるわ」
「そして君は、できる限り僕と関わりたくないと思っているはずだ」
やっぱりわかってて避けていた上に、こうして来たんじゃない。
私はもう一度睨むけれど、オーエンに軽く受け流された。
「…………そうね。できればすぐに帰ってほしいくらいよ。だから単刀直入に聞くわ。ミックが冤罪を受けている件に、あなたの動かす組織は関与していて?」
私の質問にオーエンは観察するようにじっと見てくる。
「それは予知かい?」
「まさか。私の予知は入学後限定。入学後のシリルのことは知っていたのに、言われるまで気づかなかったくらいよ」
「ならどうして組織に関係してると思ったのかな? 今回の殺人事件が関わってる所なんてないはずだよ」
ちょっと情報を出してみると、オーエンはさらに突っ込んで聞いて来た。
「…………何も予知のできごとが突発的に始まるわけじゃない。今の内からその布石が置かれているとも考えられるわ」
「やっぱり予知に関係してるんじゃないか」
オーエンは呆れた風を装って肩を竦める。
「いいえ。本当に予知は関係ないわ。こんな事件があったなんて知らないもの。でも、お父さまの動きを考えればクラージュ王国での事件を思い出してしまったの」
私は攻め込まれるばかりの現状を打開したくてかまをかける。
あえてクラージュ王国の何を思い出したかは言わない。
密輸とも内偵とも明言せず、じっと見つめるけれどオーエンは答えない。
「これ食べてもいい?」
突然オーエンはそんなことを言った。
指差すのは私の分として残った最後の一個のカンノーリ。
「…………どうぞ」
「ありがとう。時間を置くとクリームが染みてせっかくの食感が台無しになるからね!」
そんなことを言ってカンノーリを食べたオーエンは、満足そうにお茶を飲んで一息吐く。
私の緊張をガン無視するその姿に、さすがにイラッと来た。
…………いやいや、我慢我慢。
「いやー、役得だなぁ」
「甘味でその口が軽くなるなら、またシリルからお菓子を貰ったら分けてあげてもいいわ」
「チョコレートばかりではつまらないよ」
さすがにこれじゃ口を割らせられないか。
舌打ちしたい気持ちで目を逸らすと、オーエンが小さく笑った声が聞こえた。
「けど今回は僕が動いてるわけじゃないから言える情報も…………おっと」
「わざとらしいわね!」
「お嬢さま? 如何なさいました?」
戻って来たエリオットが、私の声に驚いてノックもせず扉を開けた。
エリオットがいてはオーエンを追及する暇ない。
どうやらこれを待つために、オーエンは答えを引き延ばしていたらしい。
「こほん、なんでもないわ」
「いやぁ、このカンノーリにはやっぱりエスプレッソだと思ったんだけど。お嬢さまはお気に召さないらしくて」
睨むエリオットに言い訳をするオーエンが楽しそうに見えて、余計に腹立たしい。
「ところで、その手に持ってるのは何かな?」
「あら? 二つとも持ってきたの?」
エリオットは、ジェラートとレモンゼリーの両方を持ってきていた。
「明日はレモンメレンゲとカスタードクリームのタルトにするそうで、今から焼いて冷やすために氷室を開けたかったそうです」
客がいるなら食べてしまってほしいと、エリオットは料理人から渡されたそうだ。
「喜んで!」
「お嬢さま、レモンティになります」
「ありがとう。エリオット、食べたいならどちらか食べていいわよ」
「えー…………!?」
演技なのだろうけれど、いい大人がだだこねるみたいな声出さないでほしいわ。
結局オーエンは両方食べて帰った。もちろんシリルに貰ったチョコの感想も話して。
喋ってほしかったのはそこじゃなかったのだけれど。
「はぁ、悩みごとが増えただけだったわ」
オーエンのわざと漏らした一言を信じるなら、ミックの冤罪に密輸組織が関わってる。
もしくはお父さまの町長内偵の理由が、密輸組織の暗躍かもしれない。
オーエンが動いているわけではないのなら、誰か別に組織を動かす人間がいるの?
なんだかいいようにオーエンに翻弄されただけな気がした。
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