76話:父への疑惑
シリルからの返信を読みながら、私は溜め息を漏らした。
別にシリルの手紙に対してじゃない。
夏で船の往復ため盛んだからすぐ返事が来るのは嬉しい限りだ。
問題はここ最近の調査について。
(お父さま、馬鹿親なのかしら?)
(どうだろうねぇ)
自問自答もあやふやだ。
お兄さまの言葉の裏取りを行った調査の結果、ミックが殴った貴族の記録はあった。
ミックの暴行事件と判決もこの目で確かめた。
「ミックの有罪は変わらないし、それを決めたのもお父さまだった」
島の領主だから裁判権はお父さまにある。そこはいい。
ただ労役を下しているけれど、特に情状酌量については記載がなかった。
その代わり貴族の行状も書いてない。
(これって忖度ってやつ?)
(忖度でしょうね。貴族の悪行を公式記録に書かないという、何か取引があったのかも。その悪行がなかったことにされたから、、ミックへの情状酌量も記録には残されなかった)
(うーん、怪しい。ヤバい貴族が来てるから出歩くなって命令は代官までは行ってたんだよね?)
(その下の町村長にまで回ってたかは記録が残されてはいないし、そのヤバい貴族という記述もされてはいなかったわ)
そもそも貴族に対しては不自然なほど記録を残してない。これは何処からか圧力がかかったと思っていい。
そしてこの世界の公務員はそんなに厳しい管理をされていないから、仕事にムラがあるのが普通だ。
ましてや識字率も低いから書記官の数が限られる。全てが記録されていると思わないほうがいい。
(村長レベルだと文字は書けても文章書けないって人いるんだってね)
(殺された町長は文章を書けたけれど、まめではなかったみたいで、当時の記録もほとんど残していなかったわ)
大きな事件以外の記録はなし。
つまりミックの暴行事件については残っていたけれど、それも詳細なものではない。
(労役で貸した魔法道具はうちに記録があったけれど。船主側に記録はなし)
(で町長のほうにも記録なし。どっちを信じる? 侯爵のほうにしか記録がないってなると、後から捏造もできるってことじゃん?)
そんなのお父さまとお兄さまを信じるに決まってる。
けれどこれは身内としての思いだ。
(ルール侯爵って、ゲームでは不正をしてるって言われてるよね)
(王子はそれを暴くために動いて、主人公もそれを助けていたわね)
(でもストーリーにまだ侯爵は出てきてない。代わりにオーエンが黒幕キャラやってて)
(黒幕だけれど、蜥蜴の尻尾だと言ったのよね)
そして実際に会ったオーエンは、お父さまの間諜だった。
私は机に両肘をついて頭を抱える。
(ゲームでもオーエンは『不死蝶』を危険にさらさないし、これも忖度?)
(お父さまの息がかかってるなら、そうよね…………)
(『不死蝶』は途中で無傷のままフェードアウトするしねぇ)
(私が何かまずいことに気づいたとなればお父さまのほうから待ったがかかるでしょうね)
考えるほどお父さまは不正をしていそうだとしか思えない。
(でも、密輸組織を追ってるわ!)
(フェイクじゃない? 追うふりして実は裏でってやつ)
(で、でも、クラージュ王国では休暇返上で動いてらしたのよ)
(何も知らない私が首を突っ込んだから潰すしかなかったんじゃない?)
(お、お兄さまも、一緒に密輸組織の尻尾を掴もうとしていたわ)
(ロバートも知らされてなくて、気づかれたから敵だよってポーズするためにルール侯爵が連れ回してたとか?)
(でもそれだと、お父さまがディオギュラ家の人たちを陥れようとしたことに…………)
(今の私が関わらなければそうする予定だったとか。シリルも夢でそうなるって見てたわけだし)
港を回って密輸の証拠を探す振りをして、証拠を捏造しようとした可能性も?
「駄目駄目! 悪いほうにばかり考えちゃう…………」
私は一度考えるのをやめてだらしなく背もたれに寄りかかった。
今は誰もいない。
エリオットは領地経営の勉強中で、侍女たちは下げてある。
(…………問題は、領民もお父さまが不正に手を染めていると疑っていることだわ)
(それね)
町の様子を知るため、モーリーに色々と聞いた。
すると、どうやら領民からのお父さまの評判がすこぶる悪い。
貴族なんてそんなものだろうと言われればそうだけど。
(さすがに冤罪を押しつけるとかないわ)
(あと税を搾り取っていてるなんて事実もないわ。金の亡者でもないのよ)
なんだか領民の抱くお父さまのイメージが時代劇の悪代官そのものなのだ。
ほとんど島におらず、王都での社交が主な仕事のはずなのに。
(島の観光も基本的に地域に根差した領主任せで、労役で人を無理矢理集めるなんてしてないのに)
(まぁ、口は出すけどね)
(そこは親戚一同集まって予算会をする時の話題の一つでしょう)
(そのあと親戚一同で宴会までがお約束って。たぶん日本で言う田舎のお盆か正月だよね。もしくは家族経営の会社の決算? どっちもよく知らないけど)
適当すぎる女子高生気分の私に、思わずうなってしまった。
「うーん…………」
同時に響くノックに、私は一人跳び上がるように背筋を正す。
入室して来たのはエリオットだった。
「ど、どうしたの?」
「それはこちらの台詞です」
唸り声を聞いて、心配で顔を出したそうだ。
恥ずかしい…………。
「なんでもないわ」
「そんなわけがないでしょう」
バレバレだ。
私が言い訳を考えていると、エリオットは扉の側からこちらへやって来る。
途端に足元に跪いて、膝に乗せていた手を取られた。
「僕では力不足でしょうか? あなたの悩みを聞かせられないほど」
「そういうわけじゃないのよ」
「ロバートさまならいいのですか?」
あ、この間お兄さまと二人だけで相談したこと気にしてるの?
でも確かにお兄さまに聞いたほうが…………。
「やはり僕では駄目なんですね」
「ど、どうして私の考えがわかるのかしら?」
「顔に出ています」
あらやだ恥ずかしい。
なんて思ってる間に、エリオットは落ち込んでしまった。
「僕もお嬢さまの力になりたいのに、どうしても頼りないのでしょうか。それとも、やはりこの家とは違う家を宰領する立場になるからですか?」
「ちゃんとエリオットは私の力になってくれてるわ。だからロザレッド伯にならないなんて言わないでね」
「…………けれど胸の内は教えていただけない。あなたの思い悩まれる姿を見るだけなんて、力不足以外の何者でもありません」
「言ってもあなたを困らせるだけだもの。エリオットを困らせたいわけじゃないの」
「何も言われないよりも、いっそ困らせてください。お嬢さまに与えられるものなら苦難でも喜んで受け入れます」
「それは駄目よ」
私がはっきりと窘めると、エリオットはしょんぼりしてしまう。
可哀想…………だけどイエスマンだから駄目なのよ。
『不死蝶』の従者一直線だから!
「本当に困るだけよ? 答えはないもの。だから気にしないで」
「お嬢さまが苦しむだけより一緒に悩ませてください」
真摯な訴えに、私はこれ以上拒む言葉を口にできなくなった。
それにエリオットは同じ話を聞いていたし、クラージュ王国でのことも知ってる。
私は観念して、お父さまの疑惑を晴らすどころか深める結果になったことを伝えた。
「お嬢さまは旦那さまが信じられないと?」
「信じてるわ。だからこそ盲目的に信じてしまいそうな自分がいるの」
「お嬢さまはご自分に厳しくていらっしゃる」
「そんなことないわ。お父さまが私に特別甘いことを知っているからよ」
私の答えを聞いて、エリオットは考えながら言った。
「旦那さまの裏を考えるほど、疑わしい。そしてその疑念を晴らすほどの証拠がなく、悩ましいということですね」
「そうね。つじつまが合ってしまうの。けれど感情では否定したい。だからこそ証拠がないことが恐ろしいのよ」
「お嬢さま、考え過ぎかと」
「そう?」
エリオットは自信なさそうな私の声に笑う。
「お嬢さまがなさることに何か変わりがありますか?」
やること?
私が今やることは…………。
「ミックの冤罪を晴らすこと、に変わりはないわね」
お父さまが関わっていてもいなくても、真犯人を捕まえる。
確かにそのことに変わりはない。
「それにもっとシンプルに考えてください。旦那さまにミックをそこまで使う必然性がありますか?」
いっそ貴族暴行の時点で殺したほうが早い。
なのに魔法道具を貸して手間をかけた記録はある。
捏造したとしてもそこまで手間をかけてなんの見返りがあると言うのか。
つじつまが合うのはお父さまがミックを助けようとしたと考えてもそうだった。
気づいた私にエリオットが笑いかける。
「ありがとう、エリオット」
「お力になれたなら、幸いです」
私が笑い返すとエリオットはほっとした様子で優しく声をかけてくれた。
一人で考えてどツボにはまっていたようだ。
そうだ、やることは変わらない。シンプルに行けばいい。
エリオットのお蔭で手っ取り早い方法を私は思いついていた。
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