75話:探偵役の不在
後日、私はアンディを別荘に招いた。
招かれたお返しという名目だけど、ルーカスがいては話せないことを話すためだ。
「アンディ、我が家は王家に見張られているのかしら?」
「だろうね。心当たりはあるんだろう?」
「興味もなかったくせに…………」
エリオットが低く吐き捨てた。
ルーカスを仲間外れにするようで心苦しいけれど、こういう話はエリオットの身の上を知る者だけでしかできなかった。
そして私が気になったのは、王子が内偵を知っていた理由。
内偵の存在を知るには、ミックの冤罪が起こる前に調べておく必要がある。そして調べられる心当たりと言えば、エリオットの存在しかなかった。
「扱いに困って侯爵家に投げ渡した昔はそうでも、今は違うだろうエリオット」
「僕だけならまだしも旦那さまの仕事にまでケチをつけようとするその姿勢が信じられません」
「お父さまが後ろ盾なのは変わらないんだもの。火種があったら確認するでしょうね」
つまり我が家はエリオット関連で、王家に弱みを探られていたと考えていい。
王権に関わらない侯爵家。そこに国王より尊貴な王族が現われるなら、それくらいの警戒は想像の範囲だ。
親の不祥事で脛に傷持つとは言え、奉戴するには十分な血筋というエリオットの生まれの厄介さ。
けれど何より厄介なのは、そんなエリオットを国王が最も警戒しているという点だ。
「痛くない腹を探られていい気はしないけれど。これも通過儀礼だと思っておきましょう」
「いっそ突き返したらどうだい、エリオット」
「ご冗談を。向こうが扱いに困ってロザレッド伯を継いでほしいのですから。僕が断ったところで無理に継がせるでしょう」
なんだか笑い合ってるのに喧嘩してる雰囲気なのは何故かしら?
「はいはい、そこまで。あまり二人だけで仲良くしていると、ジョーが悲しむわよ」
「変な言い方しないでくれ」
私の軽口にアンディが心底嫌そうに返した。
「変かしら? ところでアンディ、ジョーへの手紙はこれでいい?」
私は先日書いていたジョーへの手紙に、事件の概要を足した。
抜けている情報がないかをアンディに確かめてもらう。
「ジョーは勘がいいから、逆になんでその答えを導き出すかわからないのがな」
ミックの冤罪について、ここにはいないジョーに意見を聞くことにした私たち。
アンディもジョーの勘の良さは認めており、実際看破の異能を持っているので私もヒントをくれたらいいなと期待してる。
文章でも異能が発揮されるかは知らないけれど。
「書き落としはないと思うよ」
「では、これでお願いね」
私はエリオットに手紙を渡す。
受け取ったエリオットは用意していた蝋で封をした。
「エリオット、内偵の件はどうなっているかしら?」
「申し訳ございません、お嬢さま。まだ確証は得られず」
王都の屋敷でならエリオットも自由に動けるけれど、ルール島の本家の屋敷では他所の屋敷の使用人扱いだ。
王都から親しんだ使用人も連れてきているけれど、基本この屋敷のことはこの屋敷専属の使用人が動く。
そのためエリオットもまだ情報を集めきれていないらしい。
「ただ今日、旦那さまのご命令で町の帳簿類が押収されたそうです」
「町長の上は代官よね? 代官ではなくお父さまが直接押収なさったというの?」
「ルール島の代官は、本来の代官が派遣する政務官のこと、だったかい?」
確認するアンディに私は頷いて見せた。
「町長のいない今、代行はその政務官がしている?」
「そのはずよ。そして領主、お父さまの代官である領主が次の町長の選出を行うの」
「町長不在でミックが罪に問われるとしたら裁くのは?」
「アンディが言うところの政務官ね。お父さまに頭の上から町長殺害の捜査に手を出されて、面白くないでしょう」
それは領主も同じだろうけれど、領主は親戚がしている。
内偵に噛んでる可能性があるため、お父さまのやり方に異議を唱えるとすれば代官と呼ばれる政務官だ。
「エリオット、町長が内偵をされる理由はわかるかい?」
「いいえ。ただ帳簿を押さえたことから脱税ではないかと」
「脱税なら余計に領民からお金を取っているんでしょう? 町は苦しんでるように見えなかったわ」
「それは脱税の具合によるかな。以前クラージュ王国で密輸があったということを考えると、密輸に関与して不自然な金の流れがあるなんてことも考えられる」
私の疑問にアンディが可能性ならいくらでもあることを指摘する。
「どうして内偵をされていたかによって、町長に殺される動機があったかどうかが変わると思うんだ」
「昨日グッドナー伯爵子息から殿下の推測を聞いて思っていたのですが。まず旦那さまに町長を殺す動機はありませんよね」
エリオットはそう疑問を呈した。
言ってしまえばこのルール島はお父さまが全権を握っている。
領主に任せているけれど、本来首長を任命するのはお父さまの権限だ。
町長に不満があったのなら、殺すのではなく罷免してしまえばいい。
「罷免もせず内偵を送ったとしたら、いきなり罪に問うのではなく、確かな証拠が欲しかったということかな? 少なくとも内偵が衝動的に殺してしまったという殿下の推測と矛盾はしない」
「もしくは、町長を足掛かりにした別の犯罪の確証がほしかったということはありませんか?」
「そうなると、町長は仲間から切り捨てられた可能性もあるのかしら?」
私たちの口から出るのは推測ばかり。
一旦埒のない列挙をやめにする。
推測だけではどうしようもない。
「やっぱり目に見える証拠が必要よね」
「ミックがやっていないという証拠、もしくはミック以外がやったという証拠だね」
「そもそも何故、誰も夕食に姿を現さない町長を不審に思わなかったのでしょう? 事前に夕食の準備が必要ないと言われなければ誰かが呼びに行くはずです」
エリオットは使用人の視点で疑問を投げかけた。
「それは町長がそう命じたからではないの?」
「お嬢さま、ミックと会った時暗くなり始めていました。灯りの有無でミックがやったかどうか違います」
「そうか! すでに殺されていたなら灯りをつけない…………ってそれじゃミックの犯行になるじゃない」
私が言うとアンディは指を立ててみせた。
「違うよ、シャノン。暗くなっても灯りが点いていたなら不審に思わない。つまり、暗くなった時書斎に灯りが点いていて、誰も町長に異変があったと思わなかったって言いたいんじゃないか?」
なるほど。逆だった。
やはり私に探偵役は無理ね。
こういう時こそ看破のジョーがいてほしいところだけど。
「今は一つ一つ情報を集めるいかないね」
アンディが整理するように言う。
「まずはいつ町長が殺されたかだ。町長の屋敷の者たちの証言を集めなければ」
「お父さまにお願いするわ」
実はミックと面会した後、勝手に動くなとお兄さまが帰ってからお父さまにも言われたのだ。
代わりにお願いした調査はしてくれると言質は取った。
お父さまが娘に甘くて良かった。
「今のところミックを犯人とする根拠はポールジュニアの証言だ」
最後に町長に会ったのはミックだと、ポールが断言していた。
言う割に父親の死に気づいていないから信憑性はいまいちだけれど。
「その証言が本当なら、犯行可能な者は絞られる」
「アンディ、どうして?」
「外に犯人がいないなら、内部の犯行だろう?」
なるほど…………。
は、これはアンディが探偵役に?
「そう簡単なことではないでしょう。深夜誰にも気づかれず侵入した犯人がいるかも知れない」
エリオットの突っ込みにも、私は確かにと頷くしかない。
やっぱり確証がないと何も断言できない状況だ。
私たちはその後もあれこれ意見を出し合って一息入れる。
「ところでエリオット。君のポケットから出てるメモはなんだい?」
「あら良く気づいたわね、アンディ。そんな物いつから入れていたのかしら」
「エリオットは普段隙がないからね」
エリオットはメモ取り出すと私を見た。
「お嬢さまへの伝言です」
「私?」
「先日ケリーにお尋ねした、クレーテのお方のことで」
「あぁ、グリエルモスね」
わからない顔のアンディに、私は血の繋がらない従兄弟だと説明する。
「島にいるなら会おうかと思ったのだけれど」
「今夏、来島のご予定はないとのことです。冬から春にかけて入り浸っていたので、クレーテ王国に連れ帰られたと」
「タイミングが合わなかったのね」
というか入り浸ってって。
「どんな人物なのかな?」
何げないアンディの問いに、私とエリオットは答えあぐねて黙ってしまった。
ゲームでは愉快犯…………と言うか奇行種だ。
その奇行に乗ると、『不死蝶』は死亡フラグイベントへ突入する。
「お嬢さま、何故クレーテの方にお会いしようと思われたのですか?」
「入学前に少しくらい常識を身につけられないかと思ったのだけれど」
「そういう人物か…………」
「アンディ、興味関心のあることに対しては真摯なのよ」
「自分を実験台にしている現状から他害に及ばないとは限りませんから、お嬢さまの懸念ももっともかと」
何も言ってないから懸念とか深読みしないで、エリオット。
まぁ、将来イベントで学生を巻き込む事件起こすのだけれど。
「いないならいいの。今はミックを助けるために事件を解明しましょう」
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