8話:ゲーム以前の事件
(第三回自分会議ー)
(その第何回って適当だよね?)
(何も言わずに始まることもあるものね。そんな些細なことはさておいて、今日は私にしっかり語ってほしいことがあるの)
(皆まで言うな、私。ジョージとアンドリューのことでしょ。わかってるって)
(ではずばり聞くわ。…………ジョーとアンディが仲違いする原因になった事件が何か覚えている?)
(…………覚えてない)
終ー了ー。
自問自答に投げやりになった私の脳裏に閃くものがあった。
(あ、いや。確か誘拐事件だった気がする!)
(いつどこで誰が起こした事件かは?)
(たぶん、ゲーム中でも語られなかった気がするんだよね)
(曖昧ね。推しキャラじゃなかったにしても、一応は育てたキャラじゃない)
私は無課金のライトユーザー。
それでも初期メンツで配布もあるアンディは最大強化できるくらいには手に入りやすいキャラクターだった。
ジョージはレア度が高めだけど、恒常的にガチャにいたため何かの拍子に出てくる感じ。
どちらもイベント採用されることがあり、ポイント稼ぎに育てたこともある。
(それでも覚えてる限り、一緒に誘拐されたことが原因で不仲。くらいの情報しかなかったよ? それも確かジョージのほうの個別ストーリーで、腐れ縁を話す時の一つくらいの軽い扱いでさ)
(仲良くなってそれとなく聞いてみたけれど、二人はまだ大きな喧嘩をしたことがないそうなの)
(となると、入学までのこの五年で起こる事件か)
(いつ起こるかもわからないなら阻止は難しいわね。誘拐される理由なんて、貴族の子供と言うだけで十分でしょうし)
(少なくとも二人は生きて学校に通ってるんだから、あんまり阻止に重きを置かなくてもいいんじゃない?)
なるほど、と私は一人頷く。
バタフライエフェクトという些細な違いで未来の『不死蝶』を回避するんだから、誘拐事件自体を防ぐほど大きな変化でなくていいはずだ。
(けれど、あの二人が誘拐されるのをわかってて待つのも罪悪感があるわ)
(じゃ、誘拐されても怪我しない程度に対策しようよ。せっかく魔法のある世界なんだし)
(そう言えば、子供でも大人の手から身を守る方法はあるのよね)
(今の私は属性判別できないから使うの禁止されてるけどね)
(練習くらいなら大丈夫よ。それに、属性がちゃんと定まってない今なら、大抵の属性に干渉できるんだもの)
私はまた一人で頷いて目を開けた。
すると、ジョーが椅子に座る私を下から覗き込んでいる。
「な、何をしているの?」
「いや、寝てるのかなと思ったら、目閉じたまま顔動かしてるから」
ちょっと顔近くないかな、君?
あ、目の色が不思議。黄色っぽい茶色だと思ってたら、緑が混じってる。
ヘイゼルの瞳って言うのだったかしら? 金色の髪に緑っぽい瞳だと、王族の血を引くエリオットの血縁なんだなと思える。
なんて思った瞬間、ジョーが横に倒れ込んだ。
「いってー!?」
「お嬢さま、何もされませんでしたか?」
「エ、エリオット? 今、ジョーに膝入れなかった?」
ジョーが座り込んでいた場所に片膝をついたエリオットは、文句を言うジョーなど眼中外に置いて私を見つめる。
「エリオットは、武芸も嗜んでいるのかい? すごく早かった」
「お帰り、アンディ。エリオットは私の護衛もすると言って鍛えているのよ」
「俺を無視するなよ!」
アンディに答えると、ジョーが立ち上がってエリオットを睨み下ろした。
対するエリオットは、すごく冷たい目でジョーを睨み上げる。
「僕たちのほうから見ると、二人がキスしようとしてるように見えたんだ」
「え!? し、してないわ、そんなこと。ちょっと目の色に気を取られてて」
「あ、シャノンもか? 俺もその紫の瞳、すごい綺麗だなと思ってさ」
私に笑いかけるジョーを遮るように、エリオットは立ちはだかる。
「今日も父上たちの話は平行線だったよ」
私の隣に座ったアンディは、睨み合うエリオットとジョーを気にせず教えてくれた。
今日もまた親戚の家に集まってのお茶会。
すでに三回盗み聞きをしたので、今回は二手に分かれて片方がアリバイ作りで残るようにした。
「ここで時間を潰して、また覗きに行くかい、シャノン?」
「いいえ。同じ話の繰り返しばかりで、詐欺師捜しは全く進んでいないようだもの。最初に盗み聞きをしてから新たに得られた情報なんて、王妃の愛人を自称して木っ端貴族に偉ぶる身のほど知らずの話くらい」
「その自称愛人も捕まえられないなんて、父上たちは何をしているんだろうね」
アンディと話していると、ジョーは乱暴に椅子に座ってお菓子をかじり始める。
エリオットには目を向けるだけで話を聞く姿勢を取ってくれた。
「考えたのだけれど、大人より先に見つけてどうするつもり? 相手を捕まえるにしても、まずは身を守れなきゃいけないわ。だから魔法の力に頼ってみるのはどうかしら?」
「魔法の力って、俺は火を放つくらいしかできないぜ」
つまらなさそうにジョーは指先からライターのように火を出す。
「僕は水だけど、魔力適性だから攻撃適性のジョーほどの威力はないよ」
アンディのいう適性とは、ゲームで言う攻撃力や防御力の数値の伸びやすさとスキルの系統を表す。
ゲームではないこの世界では、適した魔法の使い方、という感じだと思う。
攻撃適性は魔法を放って標的を狙うことができる。
防御適性は低魔力で長く一カ所に魔法を展開できる。
援護適性は属性に応じた付加効果を与えられる。
回復適性は怪我や病気を治すことができる。
魔力適性は魔力量が多く手数が多かったり、広範囲に影響を及ぼすことができる。
「お前はなんだよ、エリオット」
ジョーが火のついた指先を向けると、瞬間指先の火を飲み込む火の壁が現われた。
この国の王家には火属性が多かったりする。
「火の防御適性です。お嬢さまはまだ属性も適性も定まっておりません」
「まだ? 定まってないってことは魔法が使えないわけじゃないんだろう?」
アンディの驚きは当たり前だ。
五歳をすぎると魔法に適性を持った子供はおのずと自分に合った属性を知って、適した属性のみが魔法として現れるようになる。
ところが、私は十歳になった今も属性が一つに絞られない。適性は防御、援護、魔力のどれかと目されている。
詐欺師捜しに使えるかは置いておいて、実力を見るため魔法を使ってみることになった。
自衛のための訓練をしてくれるなら、私にとっては成功だ。
「いつもつけてるその指輪、魔法を制御するための道具だったのか」
「えぇ、家庭教師の先生が用意してくださって。私、五歳くらいから座学ばかりだったの」
ジョーは案外いろいろ見ているようだ。
アンディも不思議そうに指輪を見ながら、近くのエリオットに問いかける。
「どうしてわざわざ制御を? そんなに安定してないのかい?」
「一度の魔法で四属性全てが顕現し、家庭教師一人では手に負えなかったためです」
「そうだったかしら? けれど、ちゃんと属性を考えて実行すれば大丈夫なはずよ」
言って、私は火の魔法を使うための魔法文字を空中に描く。
この場には火属性に強い水属性のアンディがいるから安心。
…………のはずだった。
「な…………何これ…………?」
「どうしました、お嬢さま?」
「まだ魔法出てないぞ?」
「魔法文字忘れたのかい?」
どうやら他の三人には見えてないみたい。
私は胸の中で叫んだ。
(き、緊急会議ー!)
(いや、どう見てもこれゲーム画面じゃん)
(おかしいでしょ!? どうしていきなり空中にゲーム画面、しかもミニゲームの画面が出てくるの!?)
(魔法使うために魔力籠めたら出たね。しかもこれ、超初級だよ)
魔法文字を描こうと空中に指を置いたら、そこに見覚えのあるパズルが浮かび上がった。
これはキャラクターを強化する素材集めのためのミニゲームで、赤、青、黄、緑の球をスワイプで転がし、最小限の動きで揃えて消すという単純なゲーム。
(ま、やってみようよ。この指つけたところから一筆書きで…………あれ? 一筆書きで書けるの、魔法文字じゃない?)
(本当ね。単純に火の玉を生み出すだけの魔法文字になるわ)
私は意を決してパズル画面をなぞる。属性を表す色の球を全て画面から消した。
瞬間、描いた魔法文字が赤く光り、バスケットボールほどの火の玉が突如として現れる。
「うわ!? なんだよ、その大きさ!」
「お嬢さま、燃えては危険です、こちらに」
「水で消そうか? シャノン、消し方はわかるかい?」
「え、えぇ。魔力を消せばいいんでしょう?」
火の玉を形作っていた魔力を消すと、小さくなって消える。
途端に近づいて来たジョーは私の目の前で同じ魔法文字を描いた。
そして現れるパズル画面。さっきの小さな火では見逃していたみたいだ。
けれどパズル画面の見えていないジョーは、見当違いな場所をスワイプして魔法文字を描く。
そうしてできたのは、ソフトボールをひと回り大きくしたくらいの火の玉だった。
「俺これでも歳の割に大きいって言われるんだぜ? シャノンも火属性なんじゃないか?」
「だとすれば、もう水属性は使えなくなっているはずですが」
エリオットに言われて、私は水の玉を作る魔法文字を描こうとした。
すると、やっぱり現れるパズル画面。そしてやっぱり一筆書きすると魔法文字が描ける。
やってみると今度はバスケットボール大の水の玉ができた。
「すごいね。極稀に魔力適性者の中で魔力量の多さから初級魔法が中級くらいの威力になる人がいるらしいけど。シャノンはそうなのかな?」
「…………お嬢さま、念のために他の二属性をやってみてはいただけませんか?」
エリオットに言われてやってみると…………できたよ。バスケットボール大の土の塊と風の塊が。
そしてみんな無言になる。
「実は、魔法の家庭教師から言われていたことがあるのです」
「エリオット?」
「兆候があれば教えてほしいと。…………お嬢さまは、全属性を操ることのできる、稀有な才能を持っているかもしれないから、と」
「全属性!? そんなことありえるのか?」
「歴史にはそうだと書かれる人が数人いるね。誇大表現かと思ってた」
男の子たちは興奮した様子で話し合う。私は置いてきぼり。
え、だって…………パズルだよ、これ?
(そう言えば、ゲームのプレイヤーって属性設定なかったよね。服着替えると各属性にステータスアップ効果とかあったけど)
(あ! 『不死蝶』もイベントでデザインが変わると、有効属性が変わったわよね?)
(そうそう。…………ってことは、『不死蝶』ことシャノンって、最初から全属性だったんじゃない?)
そんなの、考えたこともなかったよ…………。
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