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74話:ルール侯爵陰謀説

 ミックに会った翌日、私はローテセイ公爵の別荘を訪れていた。

 つまり、アンディの所だ。

 友達とは言え公爵家への訪問なので、ちょっと服装に迷った。


 そして着て来たのは別荘地に相応しく夏らしい白シャツ。上品さを損なわないように、レースには金糸を混ぜたものを。

 首と腰に紫のリボンで格式高く。透ける薄手のスカートを四枚重ねて段を作り、清涼感を大事にしながら品を落とさないよう気をつけた装いだ。


「いらっしゃい、シャノン。呼び出して悪いね」

「いいえ、私も話したいことがあったの」


 私はアンディと目を合わせて頷く。

 どちらも話題はミックのことだと言わなくてもわかってる。


「こっちへ」


 案内された部屋には先客がいた。


「シャノン、良かった。聞きたいことがあるんだ」

「ルーカス。なんだか久しぶりね」


 どうやら抜け出してきたらしく、水泳教室で見るような軽装のルーカスがいた。

 水泳教室がない間にミックが冤罪で捕まったので、ここ数日顔を合わせていなかった相手だ。


 気が急く様子のルーカスに手を上げ、アンディが窘めた。


「ルーカス、性急に聞いては駄目だ。まずは座ってくれシャノン」

「ミックのことでしょう? 私もそのことを説明するために来たのよ」

「そうか…………」


 ルーカスは落ち着かない様子で公爵家のソファに座っている。

 儀礼的にお茶を飲んで、怪しまれないよう時間を置いてから使用人を下げた。


「まずは事件のあらましから説明するわね」


 私は町長の遺体発見から、ミックが容疑者として捕まるまでを話して聞かせる。


「犯行の物証はなし、か」

「そうなの。ほぼ町長の息子が名指ししたからね」

「シャノン、そのミックの前科というのはどんなものなんだ?」


 ルーカスの質問に、私はモーリーが被害に遭いそうになったため、他国の貴族に手を挙げたという情状の余地のある動機をしっかり説明した。


「他国の貴族って、まさかあの帝国のやんごとなき?」

「知ってるの、ルーカス?」

「俺は殿下に侍るから、要注意人物は大抵押さえている」


 そうか。国で問題起こしまくった貴族だものね。

 王子の護衛には念のため、行状を教えられていたらしい。


「それでお父さまがミックを生かすために手を打ったことを本人は知らされていなくて、前科がついたことで我が家を怨んでいたようなの」

「あれだけ真面目に教えておいてかい?」

「ふふ、そうよね」


 アンディも呆れると、難しい顔をしていたルーカスも少し笑う。


「根が真面目なのよ、きっと。だからこそ、もし本当にやっていたならそう言うと思うの」

「確かに。妹を思えば、変に否認して問題を長引かせるなんてしそうにないね」


 アンディはすでに前科がある状況で、今さら否認はしないだろうと言う。

 問題を長引かせて家族に苦労をかけるより、いっそさっさと自分の命で解決するだろうと。


「それで、グッドナー伯爵子息は何をお悩みですか?」


 使用人として黙っていたエリオットが水を向けた。

 ずっと気もそぞろなルーカスは、いっそ指摘されたことで腹が決まったようだ。


「実は」


 まぁ、なんでも口に出してしまうので、こちらから言わなくても黙ってられる性格じゃないとは思って指摘はしなかったけれど。

 思ったより深刻な顔に私も真面目な表情で耳を傾けた。


「ミックはルール侯爵から冤罪をかけられたんじゃないかと聞いた」

「はい!?」


 いきなり何を言うの!?


 予想外すぎる話に私の声は裏返る。

 アンディは額を押さえて問い質した。


「ルーカス、君は今の話を聞いていたかい?」

「旦那さまはミックを救っています。今さら冤罪などかける謂れはございません」

「あぁ、そうなんだよな…………」


 まだ胸につかえることがある様子のルーカスに、エリオットとアンディは顔を見合わせる。


「ルーカス、ともかくそう思った理由を教えてちょうだい。いえ、聞いたのよね。どうしてそんな話になったのかしら?」

「やっぱりシャノンは怒らないんだな」


 ルーカスは気が楽になったように笑って私を見る。


「やっぱりって、怒ると思ってたから言い出せなかったんじゃないの?」

「いや、俺も殿下に聞いただけだから良くわかってなくて。どう説明していいか迷っていたんだ」


 また荒れそうなワードが出て来てしまった。

 私は片手でエリオットを制す。


「素早い…………」


 エリオットが言葉を発する前に動いた私に、アンディが感心して呟いた。


「それで? 急がなくていいからわかる範囲で話してはくれないかしら?」

「えーと、確か貴族に手を挙げたってところはルール侯爵の失点で、ミックはそれを誤魔化すための人身御供にされたって」


 聞かされた話を思い出しながらルーカスは話す。

 どうやらまずミックの前科についてウィリアム殿下が認識していることの話らしい。


「王家が回してきた厄介ごとなのにお父さまの失点だと殿下はお考えなの?」

「シャノン、その点を殿下は知らないんじゃないかな? 僕も今シャノンから聞いてそう言えばそんなことがあった程度の認識だ。大人たちの思惑は知らなかった」

「そう考えるなら、他国の貴族を自領の民が手を挙げたのですから確かに失点ですね。あくまで無知な殿下の視点からすればの話ですが」


 エリオットは含みを持たせて肯定し先を促す。

 私たちはお父さまの冤罪疑惑についてルーカスに視線を向けた。


「町長はルール侯爵から内偵を受けていて関係は悪かった、というのも殿下の推論なのか?」


 ルーカスのまた突然な話に、アンディは確認するように私を見た。

 けれど答えなんて私は持ってない。


「内偵なんて初耳よ」


 答えを求めて私はエリオットを見る。


「聞いておりません。が、妙に素早く情報が集まっていた印象はありました」


 普段島にいないお父さまが、朝発覚したばかりの町長殺害について、昼前には大凡おおよそを捉えていた。

 そこから情報を得たエリオットは、対応の早さに内偵の可能性を見出す。


「ではお父さまが内偵をしていたと仮定して、殿下はどうして内偵を知っていたの、ルーカス?」

「さぁ?」


 ルーカスは知らないと正直に答える。


「ただどうもルール侯爵を警戒してはいた。そっちに心当たりはないのか?」


 直球なルーカスの質問に、私は思わず黙る。


「あるみたいだな」

「言っておくけれど、決してルール侯爵側に非のある話じゃない」


 エリオットの身の上を知ってるアンディがフォローしてくれると、ルーカスは納得したように頷いた。


「公爵家なら知ってるレベルの話なのか」


 貴族としての弁えなのか、ルーカスは深堀をしなかった。


「で、内偵がばれたルール侯爵の手の者が思い余って町長を殺害。それを隠蔽するために以前失点を誤魔化すために使ったミックをまた、と言うのが殿下のお考えだった」

「殿下もミックが犯人ではないと考えているのね?」

「ルーカス、ミックのことは殿下に話したのかい?」

「話していないさ。が、町では有名な前科者と言っていらした」


 ミックの前科は調べればわかること。息子との確執もたぶんすぐにわかる。

 気になるのは、何故殿下がそんなことを調べたかだ。


「町長はミックに悪意があったみたいなの。けれどミックは私たちが教えるまで町長に不当な扱いをされていると知らなかったわ」

「知らないふりをしていた、なんてことは?」


 お兄さまの異能を知らないアンディが確認してくる。

 ミックを疑うのではなく、公平な目線を維持しようとしているのだと思う。


「正直、ミックは嘘が上手いとは言えません。隠しごとがあるのは目に見えていました」

「確かに最初からシャノンを見る目は良い感情ではなかった」


 エリオットが私に代わって答えてくれると、ルーカスが肯定する。

 それをわかってて本当にどうしてあの時乗って来たのかしら。


「私はミックが誰かに罪を被せられていると思っているわ」

「ルール侯爵という可能性はないのかい?」


 ルーカスが娘である私に忌憚なく聞く。


「正直、ないと断言はできないわね」

「お嬢さま」


 私の答えにエリオットは驚きの声を上げた。


「家族としての感情は置いておいて、お父さまが取ったという手の確証がないことに気づいたわ。違うと断言するなら、まずお父さまがミックを確かに庇ったという公的記録を探すべきよ」


 私はお兄さまから聞いた話の裏取りをしていない。

 アンディの冷静さで気づいた。

 頭から信用して確認を怠っていたことに。


「ルーカス、殿下は私たちよりも情報を得ている可能性があるわ。私たちとの関わりを伏して話を聞いてくれないかしら?」

「伏す理由は?」

「心象が良くないから」


 私はルーカスを見習ってはっきりと告げた。


「わかった。建設的な意見を聞きたいんだな」


 ルーカスって馬鹿じゃないのよね。

 なのに、思ったことをそのまま言うのは勿体ない。

 ゲームでは成長して紳士的だったけど、どうしたらあんな風になるのかしら?


「僕も手伝うよ、シャノン」

「ありがとう、アンディ」


 そう言えばゲームのアンドリューは主人公が感情に流されると冷静に他の選択肢を提示してくれるキャラだった。

 これはこの件に関して頼らせてもらうことにしよう。


隔日更新

次回:探偵役の不在

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