73話:檻の中の安全
「こちらの周知の不備かもしれない。その点については一度洗う」
お兄さまが請け負うと、ミックは戸惑う様子を見せた。
目を泳がせた末に、ミックは頭を下げる。
「お、お願いします」
「私からも、お願いします。お兄さま」
「シャノン?」
「手が必要ならなんでも言ってください」
私がそう申し出ると、お兄さまは笑顔で私を見つめた。
「それなら、なんでも全て僕に報告して、いきなり動いたり、秘密で動いたりしないと約束してくれるかな?」
私は嘘の通じないお兄さまからつい目を逸らす。
「僕の手伝いを理由に動き回るつもりだろうけれど、そうはいかないよ。少なくとも本物の殺人犯はまだ自由なんだ。町に近づいてはいけないからね、シャノン」
さらに釘を刺されてしまった。
「…………あ、そんな所にミックが戻るのも危険ではありませんか?」
「そう、それでマイケル・ジョーンズ、君にはまだここにいてもらうことになる」
「はい?」
ミックは訳が分からない様子で生返事をした。
「君が犯人ではないと僕が言えば侯爵は頷くだろう」
お父さまも嘘を見破ることのできるお兄さまの異能を知ってるから、違うと言えば信じてくれると思う。
「だが侯爵の権限で君を解放しても納得しない者は多い。予想よりも根深い問題もあるようだし」
ミックの前科はあれだけポールが吹聴していたのだから、町で知らない者はいないだろう。
通達ミスから、過去の事件はミックとモーリーの過失だと思っている者もいるかも知れない。
「あの町長の子息のポール、確かミックを犯人だと名指ししたそうね」
「あいつ同じ家にいて親父が殺されたことも気づかなかった自分を棚に上げしやがって」
「全くだね。あの町長の跡継ぎ教育はどうなってるんだか」
お兄さまは私怨を含んで呟く。
私がポールにナンパされたせいよね。話を変えよう。
「お、お兄さま。首長は領主からの指名ではないのですか? ポールが継ぐことが決まっているのでしょうか」
「建前はね。けれど実際は大きな問題を起こさない限り子供が継いでいる。昔の倣いさ」
ルール島は独特の呼称を使っている。
侯爵が一番上でその下に領主と呼ばれる侯爵の代官がいる。
さらに下に代官と呼ばれる領主の政務官がいて、町長や村長という地域の首長がくる。
これは昔ルール島が一つの国であった頃の名残りなのだけれど、継承にもその頃の習慣がまだ生きていたようだ。
そんな物知らずな私にミックも実情を教えてくれた。
「役人やる奴らもそういう仕事やり続けてる家の出身者っすよ」
「公募だと聞いていたけれど、実はコネなのね」
「っす」
平民の中にも身分がある。町長の息子は平民だけれど名士と呼ばれる上位の平民だ。
そしてミックは行政に関わる家じゃなかった。
だから上の判断の理由やしがらみを知らないまま今日まで。
「…………次の町長はどうなるのですか?」
黙って話を聞いていたエリオットがそんな疑問を漏らした。
昔からの倣いで行くなら次はポールだけど。
「そうか。ポールは私と問題を起こしたからいくら名目になってても指名されないのね」
「え…………? 本当っすか?」
ミックは驚くけれど、ニグリオン連邦の法では町長は指名制。
もうルール島に王国はなく、連邦の法が優先されるのだからポール以外を指名しても法的問題はない。
私が確認のために目を向けると、お兄さまは頷いてくれた。
「よりによって侯爵令嬢に無礼を働いたばかりだ。領主がポールジュニアを指名することはない。つまり彼は町長を継げない。父親が殺され、自らの瑕疵とは言え将来も反故になった、その両者に関わる者に怨嗟を向ける可能性がある」
「…………俺を、逆恨みするってことっすか?」
「マイケル・ジョーンズ、君から見てポールジュニアはどんな人物だい?」
「しますね、逆恨み。しかも自分の行い棚に上げて」
ミックは渋い顔でお兄さまの指摘を認めた。
私も一度しか会ったことないけれど、確かにしそうだと思ってしまう。
「お兄さま、ミックをまだ牢屋に留めておくのはつまり、ポールの逆恨みから守るためですね?」
「彼だけじゃない。その家族もだ」
「あいつらは関係ない!」
「落ち着いてください」
危機感から興奮するミックを止めるため、間に入るエリオット。
…………私だけを庇う。
エリオット、ポーズでいいからお兄さまも庇おう?
エリオットの露骨な行動にミックも気が抜けた様子で椅子に座り直した。
それを見てお兄さまが説明に戻る。
「犯人が捕まっている。君は殺人の罪を償う。そう思い込んでいるなら、まだ君の家族に手出しをしようとはしないだろう」
「そう、っすね…………」
「だがもし、君が犯人ではないと釈放したとする。君自身は己の身を守れても、顔だけは利くポールジュニアが襲ってきたとして、家族も全て守ることはできるか?」
私が守る!
そう言おうとしたらお兄さまに手で止められた。
行動が読まれてます、私。
「無理っす。…………どうか、犯人を捕まえてください」
「うん、君が物わかりの良い人物で助かった」
つまり犯人を捕まえないとミックは牢屋から出られない?
「ここから出すのは簡単だ。けれど君の疑いを完全に晴らさないと今度はポールジュニアを罰せなくなるからね」
この世界には仇討ちに情状酌量がつく。
世間が仇討ちだと認めてしまえば、侯爵が罰しても倫理に反すると文句が出るのだ。
ポールの逆恨みを凌いだとしても、ミックやその家族はさらに肩身の狭い思いをすることになるだろう。
なるほど根が深い問題だ。
ミックの前科が正しく周知されていないせいで何をしても悪い方向に解釈される。
「ミック、モーリーには私からちゃんと説明するから」
「いえ、お嬢。あいつ黙ってられないんで、俺がここ出るまで秘密にしてくれないっすか?」
「でも心配してたわよ」
「守れない今、危険にさらしたくないっす。お願いします」
私にエリオットとお兄さまの視線が刺さる。
はい、心配させてる側ですね、私。
「…………わかったわ。でも我が家が真犯人を捜すことは言っていい? 安心材料は必要だと思うの」
「っす」
ミックに当日の町長の様子を聞き取り、私たちは庁舎を後にして別荘へ戻った。
お兄さまはその足でお父さまにご報告に向かう。
私は部屋で考えを纏めようと思ったんだけど。
「いやー、大変なことになったねぇ」
「どうして当たり前のようにあなたがいるのよ、オーエン」
実はオーエン、お兄さまに着いて来ていた。
庁舎の外で待たせていたんだけど、別荘に入ると当たり前のように私のほうに着いて来ている。
「学生の学外活動には付き添いが必要なんだよ。僕だっていきなり若さまに引っ張られて来たんだからそんなに冷たい目をしないでほしいなぁ」
なんて言いながら、オーエンの目は私の前にある麦菓子に向かってる。
日本にあったもので近いのは、シリアルバーかしら?
ドライフルーツとナッツが入っててバターとシロップで固めてある。
私はいつでも食べられるので、皿をオーエンに押しやった。
「シャノンくんは優しいなぁ。…………その優しいシャノンくんはどうしてまた殺人容疑のかかるような青年と仲良くなったんだい?」
「たまたま知り合っただけよ」
「へー、たまたまねぇ」
疑ってるわね、このゲームの黒幕。
でも今回は本当に未来とか関係ないところでこの事件は起きてるはず。
と言うか、こっちが疑いたいくらいよ? この事件にあなた何か関与してないのよね? このタイミングで出て来られるとすごく疑わしいのだけれど?
なんて聞きたいけれど、今はエリオットがオーエン睨んでるから言えない…………。
さすがにエリオットを黒幕に直接関わらせる危険は避けたいし。
「いやー、侯爵家では麦もこんな贅沢になるんだね」
かく言うオーエンは呑気にお菓子を食べてる。
町長殺害の裏にオーエン…………はさすがにないか。
お茶を啜って私も一口シリアルバーのようなお菓子を食べた。
「うーん、色々入れすぎじゃないかしら?」
「そうかい? 巷にあるのはレーズンくらいしか入ってないから物足りないんだよ」
「それくらいシンプルなほうが、チョコをかけても美味しいと思うわ」
麦チョコ食べたいなーなんて思いつきを口にすると、オーエンが固まった。
「…………君、天才だね」
「はぁ…………?」
「ふ、お嬢さまに何を今さら」
「ちょっとエリオットは黙ってて」
オーエン、なんか今素で言ってなかった?
真顔だったわよね? え、そんなに?
ゲームでの決め顔使うくらい本気の賞賛だったの?
そんなことをしてる内にお兄さまが戻ってくる。
「慌ただしくてすまない、シャノン。僕はすぐ学校に戻らなければ」
「いいえ。お呼び立てして申し訳ありません。ありがとうございます、お兄さま」
「シャノンのためなら。名残惜しいけれど、またね」
帰るお兄さまの同行者であるオーエンもようやくお菓子を口に運ぶのをやめる。
そして帰りしな、私にだけ聞こえるよう囁いた。
「いい子にしていてね」
「それはこっちの台詞よ」
どうしてここでゲームの黒幕にまで釘を刺されなければいけないのかしら?
釈然としない思いで、私はオーエンの背中を睨んだ。
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