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72話:嘘発見器

 モーリーが駆け込んで来た翌日。

 私は牢屋にいた。


 と言っても場所は町の庁舎。

 この世界、司法と行政はどちらも地域の首長が行う。

 そのため判決が確定していない容疑者は庁舎で身柄を預かることになるらしい。


「シャノン、手を」

「はい、お兄さま」


 ちょっとした段差で私はお兄さまの手を借りる。

 別にいらないけど、あんまり自然に差し出されたからつい。


 そしてエリオットはこんなことで悔しがらないで。

 いつも屋敷の階段なんかでやってるでしょ、あなたは。


「誰かと思ったら…………」


 そう言ったのは、面会室に入って来たミックだ。

 簡素な椅子と机だけの部屋で、見張りはお兄さまが片手を上げて追い払った。


「どうしたの、その怪我…………?」

「やってないって言い続けたら看守がっす」

「そんな…………!」

「お嬢、これくらい普通っすよ」


 被害者のミックが気にしていない状況で、私は言葉を失くす。

 だって額は何処かに擦れて血が滲んでるのに手当てもされてないのだ。


「こんなこと普通では駄目よ。とりあえずこのハンカチで傷を清潔に保って」

「お嬢、そんな…………」


 私がハンカチをミックに握らせると、それまで黙っていたお兄さまが声をかけた。


「ずいぶん仲がいいようだね」

「あ、いえ…………」


 お兄さまを不審そうに見るミックの返答はまずい。

 お兄さまが感知して反応してしまった。


「ミ、ミック。こちら私のお兄さまで」

「え、侯爵さまの…………!? し、失礼しやした!」


 目の色で親戚であることはわかっただろうけれど、まさかルール島の次代が来るとは思っていなかったようだ。


「マイケル・ジョーンズ。単刀直入に聞こう。君は町長殺しを犯したかい?」


 お兄さまの質問に、ミックは探るような目で見て沈黙する。


「…………やってないっす」


 答えたのは一言。

 それで十分だと言うように、お兄さまは頷く。


「わかった。君はやっていない。ならば他に町長を殺した犯人が今も野放しだ。そこで聞きたいんだが」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、っす!」


 敬語が上手く使えないミックは、おかしな言葉になって余計に慌てる。


「なんで俺がやってないってそんなすぐに…………!?」


 前のめりになるミックに、お兄さまは優しげに笑う。


「僕の妹は才能豊かでね。特に審美眼に優れている。その妹が君は殺人を犯すような人物ではないと断言したから。と言っても信じないだろうね」

「…………うっす」

「ではもう一つ聞こうか。君はシャノンと親しいかい?」

「え…………? いえ、そんなことは…………」


 誤魔化そうとしてくれるミックの返答に、私は諦めて天を仰ぐ。

 そんな私の反応に気づいたミックは、返答がまずかったとわかったらしく落ち着きを失くした。


「さて、それでシャノン?」

「お兄さま…………、それは今必要でした?」

「僕には判断材料が少ないからね。必要かどうかは聞いてみなければわからない」

「詭弁ではございませんこと?」

「あのー、お嬢? いったいどういう…………?」


 戸惑うミックに、私は隠してもしょうがないと腹を決めた。


「ミック、お兄さまは嘘を見抜くことができるの。だからあなたのやっていないという言葉が本当だとわかるし、私と親しくないと言った言葉が嘘だとわかるのよ」

「へ? そんなことが…………?」


 ミックはちょっと身を引く。

 お兄さまは表情を変えなかったけれど、私は紫の瞳に陰りができたことが見てわかった。


 そうだ、誰も心を覗かれたくはない。

 特に隠したいことはそうだろう。そんな恥部を否応なく知る能力をお兄さまは持ってる。

 私の説明は無神経だ。


「ミック、お兄さまは」

「嘘が通じないなら、言っておくっす」


 ミックは覚悟の表情でお兄さまを見た。


「俺は侯爵家を信用してません」

「ほう?」


 え、それお兄さまに言っちゃう?

 しかもお兄さまが反応してないってことは、本心なの?


「けど、お嬢個人なら別かもしれないと、思ってる、ます」

「喋りやすいように喋って構わないよ」


 お兄さまが私と同じことを言うと、ミックは毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。


「君がそう思う理由は察しがつくからね」


 瞬間、ミックは敵意を向ける。

 驚く私にミックはばつが悪そうに溜め息を吐いた。


「お兄さま? ミックが我が家を信用しない理由とはなんですか?」

「シャノン、君はマイケル・ジョーンズに前科があることは知ってるかい?」

「知っています。モーリー、ミックの妹がそのせいで貴族が嫌いだと」

「あいつ…………」


 自分も同じようなことを言っておいて、ミックは貴族相手に暴露する妹に渋い顔をした。


「もちろん非は無体を強いた貴族にある。だがその貴族は他国からの客で、問題を起こすことを期待されて送り込まれた生きた戦争発生装置だったんだよ」

「はぁ!?」


 声を上げたのはミックだけれど、私もあまりの言葉にびっくりしていた。

 何その迷惑な人?


「帝国にたまにいるんだ。血筋のいい無能が」

「お兄さま、そんな言い方…………。というかフューロイス帝国の貴族だったのですね」

「おや、何が間違ったことを言ったかな? エリオット」

「僕は何も聞いておりません」


 そこでわざわざ振らないで! 帝国ってエリオットの母方の実家なのに。

 エリオットの身の上知らなくても、あまりの言いようにミックも引いてる。


「暴れられても血筋上この国では罰することさえ面倒。だからと言って無碍に扱ってはこれ幸いと帝国が文句を言って戦争にもつれこませようとする」


 我が国は魔法の優位がある。それでも規模の大きな帝国には押し負ける。

 だから戦争は回避したい。

 そこで王家が無茶なことをしたらしい。


「国内の貴族に押しつけて、各領地を漫遊させたんだ」


 その末に迷惑貴族はルール島にも来たそうだ。


「その貴族が来るにあたって不要不急の外出は控えるよう通達があったはずなんだが」

「いやいや、そんなの聞いてないっすよ!?」

「何? 通達は文章で領主と代官に回してあるのは確かだ。…………何処で? いや、通達のミスは時折起こることではあるか」

「ちょっと待ってくれ、いや、ください。ってことは、あの時俺とモーリーはお上の通達無視したと思われたんっすか?」


 頷くお兄さまにミックの顔が歪む。


「…………お兄さま。どうしてそんな相手を殴ってミックは生きているの?」


 思わずそのまま聞いた私にミックがぎょっとする。


「貴族でしかも軽々しく罰せない血筋。まぁ、何処かの皇帝か教皇の落とし胤でしょうが。確かにそんな相手を殴って生きているのは驚きですね」


 エリオットは珍獣でも見るようにミックを眺める。

 確かに皇帝や教皇の息子に手を出したとなれば一族郎党ただでは済まない。

 そんな事実を知らなかったミックは何から聞けばいいのかわからない顔になっていた。


「表面上は一貴族。だが実態は違った。だからお父さまも君を生かすためにずいぶん走り回ったんだが」

「えぇ…………?」


 ミックはびっくりしすぎてもう気の抜けた声しか出せないようだ。

 その反応を確かめ、お兄さまは当時の状況を説明してくれる。


「なんとか女児にいかがわしいことをしたという点を問題にして、国許に送り返した。面倒な貴族がいなくなると公式記録以外で君の処遇をとやかく言う者はいない」

「だから処刑ではなく別の罰にしてミックを生かしたのですか?」

「島流しに近い刑だ。北の海への遠洋漁業の船での強制労働。クラーケンの住む海域だから、死体が戻らないことも多い。だから必ず生きて帰れるよう、その時の船には我が家から魔法道具の貸与がなされた」


 ミックが黙ったままであることに、お兄さまは訝しげな顔をした。


「全て君と家族には説明するよう通達していたはずだが?」

「…………初めて、聞きました」


 今度はお兄さまが渋面になる。

 嘘じゃないからこその反応だった。


「あの町長、俺を前科者なのに置いてやってるって…………。ポールの奴も実質死刑だったのに、漁船で死にぞこないやがってって…………」


 そんなことを言われて、ミックは今まで肩身の狭い思いで暮らしていた。

 なのに自殺の名所にいるルーカスを見捨てられず、水泳を教えてほしいとねだる私に真面目に教えて。


 そんな好青年が何故こんな目に遭うのか?

 私は膝の上で、やり場のない気持ちのまま手を握り締めるしかなった。


隔日更新

次回:檻の中の安全

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