69話:お父さまの夏イベ潰し
ミックが料理人見習いで忙しく、今日も水泳教室はない。
ポールにナンパされた翌日、 私は別荘でお父さまの部屋にお邪魔していた。
衝立の向こうで着替える短い時間を貰って。
「町長のほうは昨日の夜に呼び出して、今朝謝罪文が届いた」
「あら、お早いことですね」
お父さまの従僕がトレーに乗せて手紙を運んでくる。
すでに封の開いた手紙に、私は手を出さないまま目を向けた。
「お父さま、読む価値はありますか?」
「返事をするなら読まなければね」
うーん、正直どうでもいい。
息子の不始末詫びるならそれでこの件は…………と思ったら横から手が伸びた。
「お嬢さまのお手を煩わせる必要などありません。僕が代筆しましょう」
「そうか、エリオット。良い皮肉ができたら教えてくれ」
「はい、旦那さま。ご満足いただける辛辣な皮肉を考えさせていただきます」
「私の大事な娘に軽々しく声をかける息子の愚かさを心底恥じ入らせたまえ」
「もちろんですとも。身のほど知らずにもお嬢さまを誘う愚かさを後悔させましょう」
あ、私より二人のほうが気にしてたみたい。
未婚の娘をナンパされたのは貴族として問題だし、相手が格下となればメンツがかかるから、しょうがない、かな?
ちなみに馬車の試乗を理由に市場を見学したことはお母さまに怒られた。
けれどポールの無礼はそれとは別問題。ということでお父さまは町長を呼び出したんだけど。
なんだかやりすぎそうな雰囲気あるし、釘は刺しておこう。
「エリオット、くれぐれも私の代筆を申し出たことを忘れず、品位を保ってね」
「承りました」
エリオットはいい笑顔で返事をする。
なんか曲解された気がした。
「シャノン、それでマイケル・ジョーンズとの関係は?」
マイケル? あ、ミックの本名か。
そんなバスケットボール選手みたいな名前だったんだ。
「申し訳ございません、お父さま。ご報告すべきか迷っていたのですが」
私は自殺の名所と教えられた観光名所で出会ったことを話した。
試乗で崖に行ったことはお父さまも知ってるので、目新しい情報は自殺の名所という不名誉な認識だ。
「それは私も初耳だ…………。少し調べさせよう」
「ちょうど他の貴族子弟も観光でいらっしゃっていたので、注意喚起をいたしました」
エリオットは水泳教室のことは言わず、捕捉する。
「何処の家だい?」
「グッドナー伯爵子息です」
「あぁ、ウィートボード公爵子息と懇意だったな」
「えぇ、アンディとも知り合いで」
どうやら将来王子さまの側近扱いになるルーカスについて、お父さまはあまり気にしない様子だ。
「ジョーンズ家にはこちらからことの確認の使者を送った。マイケルに声をかけた君に、町長の息子が、身のほど知らずにも、声をかけたそうだね」
お父さま、そこは拘るんですね。
「お世話になったお礼を言いに寄ったところ、迷惑をかけてしまいました」
「うん、人として礼節を弁えるのはいいことだ。ただ…………あの家は、少々なぁ」
「お父さま?」
家ってミックの? 侯爵家が関わるよう何かがあったということ?
「それは、町長の息子がミックを前科者と呼んだことに関係がございますか?」
私の質問で、口を滑らせたことに気づいたお父さまは衝立の向こうで黙る。
これは何かあるわね。
「お父さま、私のせいでミックに不利があっては心苦しいのです。お教えください」
「シャノンの気にすることではない。終わったことだ」
これは口を割らないというか、追求したら怒られる流れだ。
「マイケル・ジョーンズに関わったのはいいけれど、町に勝手に寄るのはいただけないな、シャノン?」
そしてそのままお説教って、うん、ここは私も話を変えよう。
「私の心配より、お父さまです。お一人で大丈夫ですか? 私もご一緒しましょうか?」
「こらこら、シャノン」
着替えを終えて、衝立の向こうからお父さまが現われる。
魔法使いのローブに三角帽子という絵に描いたような魔法使いの装いで。
ただし、布地や刺繍は見てわかる高価さがあった。
「魔法の大家と呼ばれるこのテルリンガーの当主にずいぶんな言い方だね」
「船に取りつかれたら危ないと以前おっしゃっていたではないですか」
「あぁ、確かにそうされると私の魔法では簡単には引きはがせなかったが…………」
お父さまはばつが悪そうに一度横を向いた。
「けれど、今回は準備をしていく。クラーケンに後れを取ることはない」
今日、お父さまはクラーケン退治に北の海へと出かける。
冬にクラージュ王国へ行く途上、出会ったクラーケンの不自然さから、生息域の調査をしていた。
そして調査の結果、クラーケンの増加を確認。早めの退治が決定した。
「それでは行ってくる。シャノン、いい子にしているんだよ」
私に釘を刺して、お父さまは出発していった。
もちろん同行する部下はいるし、船乗りも揃えてるから本気で心配したわけじゃないけど。
(何が不安って、夏イベが潰れてくれるかどうかってことよね)
女子高生気分の私が期待を込めて言った。
(クラーケンを操るものね、『不死蝶』は)
ゲームの夏のイベントに、クラーケンは発生する。思えばイベント中ずっと出てくるモンスターだ。
(この増加が四年後にまで続いていて、島の周囲にいる状態になるのかしら?)
(じゃないの? これで数調整してくれればクラーケンイベントは潰れるよね)
(大量発生したクラーケンを退治するイベントで、『不死蝶』が何故かクラーケンキングというモンスターを操って襲ってくるのよね)
(今の私。できる、そんなこと?)
正直できる気がしない…………と思ってたけど、一つ心当たりが最近できた。
(ヒポグリフを生み出した魔法使いの魔法を覚えたらできそうな気がするわ)
(魔物操るんだっけ。今もヒポグリフ使ってるならたぶん魔法残ってるよね)
もし今後クラーケンの大量発生が起きたら、その時には被害が出ない内にクラーケンキングを操って北に帰すようにしよう。
「エリオット、ヒポグリフを作った魔法使いの業績に興味があるの。関連書籍を探してきてくれるかしら」
「かしこまりました」
「今日は読書と、そうね、ジョーとシリルに手紙を出すから部屋にいるわ。あなたはほどほどに、私の代筆をお願いね。ほどほどよ、いい?」
私の念押しに、エリオットは微笑むだけ。…………やる気だ。
そうしていつもの侍女、金髪のケリーを侍って、私は読書をする。
普段明るくお喋りなケリーだけど、ちゃんと侍女として弁えてるんだよね。
(うん、行けそう。ふっふっふ、これで夏イベは一つ潰せる!)
(それはいいけれど、クラーケン以外も夏のイベントはあるわよね)
(あるよ。月二回はあるイベントの豊富さが売りのゲームだったし)
(他は花火、クルーズ、人魚、これらはどうなるのかしら?)
(さぁ? 今のところなんの関わりもないし。あ、肝試し風なホラー系もあったね。あと海賊)
(海賊のイベントは何を思ったか『不死蝶』が海賊率いて襲ってくるのよね)
自分のこととして考えて、思う。何やってんだ、と。
(人魚が襲ってくるのも『不死蝶』が怒らせたからだったよね)
(花火は花火をしようとする主人公たちの邪魔をして大惨事になるのよね)
(クルーズ船で遊んでたらもっと大きなクルーズ船で追いかけてきたり)
(お化け屋敷に本物の魔物を放り込んだり)
将来の自分のことながら、碌なことしてない。
夏のイベントには『不死蝶』が関わらないイベントもあった。
直接何かをしてくることがないだけで、それでもろくなことしてないこともある。
(今の私、そんなことしたい?)
(愚問ね。したいわけないじゃない)
(だよね。水遊びしてるほうが楽しいよね)
(何か理由があってするにしても、やり方は穏便に済ませたいわね)
『幻の皇太子妃』の例があるのだ。
その時になったらやりたいと思うかもしれない。
(このことお兄さまにお話ししておくべきかしら?)
(やらかしそうになったら止めてって?)
(本番は入学してからよ。いずれ主人公側につくとは言え、前段階の今は協力してほしいじゃない)
(起こさないために知恵を借りるんだね。いいと思うよ)
自問自答を終えて、私はふと脳裏に過った攻略キャラについてケリーに聞く。
「そう言えば、メアリ叔母さまの所にグリエルモスは来ているのかしら?」
「旦那さまのお茶会にはいらっしゃらなかったと記憶しております。問い合わせてまいりましょうか?」
私はケリーに首を横に振ってみせた。
(まだゲームの設定が有効ではないのかしら?)
(いつも入り浸ってる場所にいないならそうかもしれないけど、さすがにそこまでゲームに忠実じゃないでしょ)
(あの血の繋がらない従兄弟を止められれば、スイカの爆発なんて騒動は止められると思ったのだけれど)
(あーえー…………叔母さんの夫の兄弟の子供で、叔母さんからすればどっちも甥と姪だから、従兄弟?)
核家族だった女子高生の私が混乱してしまった。
『不死蝶』にそそのかされて巨大スイカを作ろうとする変わり者の攻略キャラは、いったいどんな幼少期を過ごしているのか。
私はちょっと想像がつかなくて、一人苦笑を漏らして読書に戻った。
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