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67話:水際の事故

 ミックに水泳を教えてもらって数日。


「ここで泳げるようになったからって、いきなり海は駄目っす。波あるんで川とは違うってこと知っとくべきっすね」


 ミックはなんだかんだ真面目に教えてくれる。

 そのお蔭で、私は巻きスカートを着たまま泳げるようになった。

 うん、この世界の水着、泳ぐときもスカート巻いたままなんだ。


「水に慣れてるアンドリューはともかく、シャノンにも及ばないなんて」

「水の中で目も開けられなかったことを思えば、ルーカスもずいぶん覚えがいいでしょう」

「お嬢さま、初めて泳がれるお嬢さまが自在に泳げる現状、慰めになっていません」


 前世のことがあって泳げただけなんだけど。

 エリオットに窘めれられて気づいた。確かに知らない人から見れば私、泳ぎが得意って言えるような状態だ。


「お嬢、飛び込みもすぐできたっすから」


 ミックにまで言われて私は曖昧に微笑むしかない。

 それも学校の授業でやったんだよ。


「皆さん、そろそろ休憩しましょう」


 岸からそう声をかけてくれたのはすっかりタイムスケジュール係となったミックの妹モーリー。


「どうぞ、お嬢さま。熱いので気を付けてください」

「ありがとう、モーリー。いつも温かい物を用意してくれて助かるわ」


 濡れた体を拭って焚火に近づくと、モーリーが温かいお茶を渡してくれる。

 そして軽食のサンドイッチとフルーツも目の前に差し出してくれた。


「おい、なんかお嬢に対してだけ贔屓じゃないか、お前?」


 ミックが自分でお茶を注ぎながら指摘する。

 そう言えば、ミックを除く他の男性陣にはお茶を注ぎはしても手渡しはしない。


「ミック、いつでもやってくれるのが当たり前だと思ってお礼の一つも言えない相手に、誰がやってやろうって気になると思うの?」

「そう言えばシャノンは、当たり前に声をかけるね」

「なんだ、最初睨まれたから下手に出てるのかと思った」


 相変わらずルーカスの言い方が素直すぎる。

 アンディは私が身分を気にせず声かけをする理由がわかってるみたいで、横目にエリオットを見た。


「お嬢さまは侍女たちにもそうしてお声をかけられる、とても謙虚な方ですから。決して根も葉もない噂にあるような、高慢で我儘で人の話を聞かず偉ぶりひたすら他人を見下し、下に見た者をとことん甚振る方ではありません」


 私の悪評を、ルーカスに向かって言ってみせるエリオット。

 それ一回聞いただけで覚えたの?


「別にルーカスが広めたわけではないのだから、そんな風に言うものじゃないわ」

「はい、お嬢さま」


 素直に引くけど、あの顔は納得してないわね。

 当てこすられても気にしてないのか、ルーカスは思い出したように言った。


「そう言えば、シャノンは顔で人を選ぶという話も聞いたな」

「…………それは、否定できないわね」

「そうなのかい、シャノン?」

「お嬢さまに限ってそのような偏狭なことはありえません」


 なんでエリオットが否定するの?


「この状況を考えると、否定しても否定できないとは思わない?」


 私は一緒にいる幼さの残る貴公子たちを見た。

 タイプは違うけど、全員顔がいい。


「お貴族さまの顔がいいのはよくあることなんですから、邪推じゃないんですか?」

「モーリー、私の他のお友達もここにいる三人に負けず劣らずの美形なの」

「美形好きなのに、なんで俺になんて声かけたんっすか?」


 否定はできないけど、早くもミックが誤解してしまった。

 けど…………別にミック、顔悪くないわよね?


「ミックはちょっと人を睨むように見る癖があるだけで、泳ぎ方を教えてくれる時なんか凛々しいと思うくらいに顔は整っているわよ」

「う…………うっす」


 最近慣れてきて怯えなくなってくれたと思ったのに、なんで大きく顔を背けて言葉少なくなるの?


「やべー、ひねくれ者のミックが陥落した」

「これが貴族の人心掌握術か?」


 声の聞こえたほうを見ると、自殺の名所と言われる崖で、ミックを置いて逃げたお友達二人がこちらを窺っていた。

 私と目が合うと、一目散に逃げて行く。


「私も、身内には褒められるけど、あまり感じのいい顔ではないみたいね」


 まぁ、元が『不死蝶』だし。

 将来敵役らしい顔になるんだし。

 と思ったら、ルーカスに顎を掴まれた。


「そうでもないと思うが? 流麗というか、高雅というか、眼差し一つにも品を感じる」

「あ、ありがとう?」


 と言ったら、私はエリオットに引き寄せられる。

 アンディはルーカスの腕を掴んで、私の顎から手を放すようにさせていた。


「お嬢さまに馴れ馴れしすぎはしませんか? グッドナー伯爵子息?」

「ルーカス、君に他意がないのはわかっているけれど、淑女に対してそれはあまりにも無礼だ」

「え、あぁ、すまない?」


 凄むように言うエリオットとアンディに、ルーカスはわからない様子ながら謝った。


「さて、もう一回くらい練習しましょうか」


 驚く速さで軽食を飲み込んだミックが立ち上がる。

 そんな兄を横目にモーリーは私に身を乗り出した。


「お嬢さま、今日のサンドイッチどうでしたか?」

「新鮮な野菜の歯ごたえを楽しめたわ。チーズの塩味も程よくて美味しくいただいています」


 モーリーに感想を求められて答えると、満足げに笑い返してくれた。

 最初は仲良くなれないかと思ったけれど、今では愛嬌のある笑顔を向けてくれるようになってる。


「どうした、ミック?」

「なんでも、ないっす。伯爵の坊ちゃん、練習しすぎて体力失くすのやめてくださいね」


 以前の練習で頑張りすぎて岸に上がれなくなったルーカスは、ミックからそんな釘を刺されていた。

 まだ食べ終わらない私はモーリーと焚火の側に残り、サンドイッチを咀嚼する。


「お嬢さま、侯爵さまって、どんな方ですか?」

「お父さま?」


 モーリーはもじもじと前掛けを両手で揉みながらそんな世間話を振って来た。


「そうねぇ…………、侯爵に相応しい品格を持ち、家族に対する優しさと愛情はとても深い方よ。気回しもなさってくださるから、子供の私の話も真面目に聞いてくださるの」

「…………そう、ですか。お嬢さまからすれば、侯爵さまへの不満なんてないんですね」

「あるわよ」

「え!?」


 私の側に中り前に残ったエリオットが声を上げた。

 驚くほどのことかしら? 最初から親ばかって内心で思っているんだけど。


「エリオット、このことはお父さまには秘密ね」

「し、しかし。知らずお嬢さまをご不快にさせていたとなれば、旦那さまは寝込んでしまうやも」

「そこよ。大事にし過ぎている気がするのよ、私のことを。アンディの妹さんと話すようになって、すごくそう思うようになったの」


 日本の女子高生からして親ばかだと思ってたけど、アンディの妹から聞くローテセイ公爵の様子を考えるに、この世界でもお父さまは親ばかだった。


「やっぱり、お嬢さまからするといい父親なんですね」

「モーリーどうしたの? …………何かお父さまに不満がある?」

「い、いいえ! そんな滅相もない!」


 慌てて否定するのが怪しいなぁ。


「お父さまは民の声を聞かないほど狭量ではないわ。ただ、民の声を聞くには距離があるのはわかってる。だから、モーリー。何か思うことがあるなら私に話して見てはくれないかしら」

「お嬢さま…………」

「生まれの差があって今まで話すことのなかった私たちがこうして同じ火を囲むなんてそうないわ。けれど実際に私たちはこうして会話をしてる。だったら、このチャンスを利用してみない? お父さまに思いを届けられる機会よ」


 モーリーは委縮したように俯いてしまった。

 ちょっと性急すぎたかな?


「お嬢さま、村民または町民の管理はその土地の首長に任されています。旦那さまとは言え、首長を無視する形になるようなことはなさらないかと」


 エリオットに安請け合いを窘められてしまった。

 あれかな?

 部活の新入生が教育係の先輩も部長も飛ばして、顧問に愚痴を言うような?

 うーん、そう考えると新入生、もといモーリーへの風当たりが酷いことになりそうだ。


「そうね。伝えるにしても伝え方を考えて、モーリーが悪くならないようにしなくちゃ」


 私がエリオットの忠告に頷くと、モーリーは驚いて顔を上げる。

 その後は、何故か泣きそうな顔で笑った。


「…………お嬢さまが侯爵さまだったら良かったのに」

「あら、私のお兄さまは私より優秀な方よ」


 モーリーはその後、胸の内を話す気配はなくなる。

 私は後ろ髪を引かれながら、また水泳の練習に向かった。


 その日結局、ルーカスは体力の限界近くまで練習して、まだバタ足しか習得できずに終わる。


「ルーカス、もう今日は終わりよ。さ、上がって」

「あぁ…………。どうやったら君のように自在に泳げるようにな、あ!」


 ルーカスは自ら上がった途端、膝の力が抜けて体勢を崩した。

 近くにいた私は巻き込まれて転ぶ。

 けれど私の上に乗らないよう腕を突いたルーカスのお蔭で痛い思いはしなくて済んだ。


 …………この体勢って、床ドン? 床じゃないから、地面ドンかしら?


「お嬢さまに何を…………!?」

「やりすぎるなって言われていたのに、そんなに水が好きならもう上がってくるな!」


 無礼千万と怒ったエリオットとアンディは、ルーカスを私から引き剥がす。

 その上、二人がかりで水の中へと投げ込んでしまった。


「さすがに体力切れでそれは冗談じゃすまないっすよ!?」

「ふ、二人ともやめなさい!」


 私とミックがルーカスを助けて岸に上がると、タオルを用意して待っていたモーリーはもう普通に笑顔になっていた。


隔日更新

次回:自前の印籠

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