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7話:醜聞と捜し人

 屋根裏部屋には一つの煙突があった。

 煙突は床から天井を貫いていて、金属でできた蓋が開いている。

 その煙突の側面にあいた穴から、途切れ途切れながら下階の声が聞き取れた。


 エリオット曰く、これは煙突掃除のための出入り口なんだとか。


「子供たちも気づいて…………」


 足音を立てないよう煙突に近づいた私たちの耳に、密談の声が聞こえた。


「…………にお茶会を開きすぎだ」


 どうやらお茶会を理由に集まることに限界を感じているらしい。

 それはそうだ。

 ジョージとアンドリューは怪しんでいるし、私も妙に多いなとは思っていた。


「このまま進展がないと、王妃の醜聞が世に出るぞ」


 思わぬ単語に、私は一緒にいる三人を見回した。

 私より早く密談に気づいていたジョージとアンドリューは首を横に振る。

 どうやら王妃関連の密談だとは知らなかったらしい。


 エリオットは考え込むと、一つの単語を空中に書く。王家、と。


 言われてみれば、集まった貴族の当主たちは王家に血縁や姻戚のある者ばかり。

 うちは父の叔父の孫娘が王妃という、王妃の母方実家からすれば本家だ。


「件の詐欺師はまだ見つからないのか?」

「奴との無関係さえ証明できれば、王妃は被害者と言えるのに」


 大人たちは苛立った様子で言い合う。


 物語のセオリーなら、王妃は誰かに騙されてってことかしら?

 なんて考えていると、お母さまの声が聞こえた。


「先日目をつけた伯爵夫人の新しい愛人は違うようでしたわ」

「こちらも、子爵家に売り込んで来たという商人は件の詐欺師ではございませんでした」

「男爵令嬢に言い寄った男は、名を偽った騎士でしたわ」


 どうやら女性陣も揃って詐欺師を捜しているらしい。


「あの宝石商のほうには口止めをしているが、ご老体がずいぶんとお怒りだ。なんとか宮廷のほうで抑えては貰っているが、爆発するのも時間の問題だろう」

「元はと言えば、詐欺師の甘言に乗ったご自身の不始末だというのに」

「加担したと認めたくないから王妃が支払うと言った詐欺師の嘘を本当にしたいのだろう」


 不穏な会話が苛立ちの気配と共に聞こえる。


(さて、今の私。新キャラだね。詐欺師に王妃に、ご老体ときた。詐欺に加担させられて、詐欺師の嘘を本当にしようとしてる? うん、わからん)

(お父さまたちの言うとおりなら、詐欺師が王妃の名を騙って、ご老体なる方を騙したのでしょう。そしてそれをご老体は王妃のせいだと責任転嫁していらっしゃる)

(誰か知らないけど迷惑ぅ。ってことは詐欺師は王妃が後日支払うとか言って、ご老体に宝石の料金を支払わせたとか?)

(けれどそれだと王妃の名を出す必要があるかしら? 王妃なら宝石が欲しいと言えば、宮廷の所轄部署が対応するはずだもの)

(待って、この十歳の私、難しいこと言い始めたよ?)


 お気楽な女子高生の私が混乱し始めたので、一旦推測は横へ置く。

 全容を知るには情報が足りなすぎた。


「ルール侯爵、まさかそちらで預かるかのお血筋の方が絡んでるなどと言うことはありますまいな?」


 一人の発言に、緊張が走るのが煙突越しでもわかる。

 うちで預かる血筋云々という言葉に、私は目だけでエリオットと見つめ合った。


「絡むとは、いったいどのような意図を持った発言でしょう?」

「えぇ、詐欺師が持ち逃げした宝石と所縁ゆかりがあるというだけならわかりましてよ?」


 お父さまとお母さまの声に冷ややかなものを感じる。

 そしてどうやら、所縁のある宝石という言葉で、エリオットは思い当たる物があったようだ。


「い、いや…………。そ、そもそも今になってあの宝石を欲しがる者など、数えるほどしかいないでしょう」

「十年も経っているからこそ、もはやただの行き場を失くした宝石と目をつけられたの間違いでは?」


 これもしかして、エリオットが詐欺師と結託してるって邪推されてる?


 私が立ち上がろうとすると、エリオットに肩を押さえられた。

 エリオットは満足そうに笑って首を横に振る。

 ここはエリオットも怒っていいところだと思うんだけど?


「なるほどあなたのご意見よくわかりました」


 お父さまが不自然に明るい声を出した。


「つまり、我が家がお預かりした、我が家に属するかの方が、王妃をひいては王家に仇なしたとおっしゃりたいのですね?」

「そ、そんなことは…………」

「あら、まぁ。ではどのようなことをおっしゃりたかったのかしら?」


 お父さまの詰問に、お母さまも逃がさないと言わんばかりに畳みかけた。

 誰もエリオットを疑った人を助ける声もなく、相手は前言を撤回して謝る声が聞こえる。


 それでいったん話は終わったのに、アンドリューの父親ローテセイ公爵がまた空気を変える発言をした。

 若かりし日のウィートボード公爵の旧悪をあげつらって、詐欺師を挟む知恵もなかったと馬鹿にしたのだ。

 ジョージの父親であるウィートボード公爵はすぐさま喧嘩を買い、そのまま二人の口喧嘩となる。


「いったん、休憩にいたしましょう! お二人は、ご子息方の様子を私どもと見に行きませんか?」


 そんなお父さまの仲裁の言葉に慌てたのは私たちだ。

 無言で屋根裏を急いで出て、靴をきちんと履かずに階下へ降りる。

 親が図書室に来るのと、言い訳のための大きな本をみんなで開いたのがほぼ同時だった。


「楽しんでいるかい?」

「お父さま、もうお話は終わりですか?」

「お、お話ではなくお茶会だよ、シャノン」


 突っ込まれる前に、相手が嫌がる話題を突っ込んでみると、公爵たちも視線を逸らす。

 そこで前に出てきたのはお母さまだった。


「煙草を嗜む時にはあまり飲まない方が多いのよ。もしかして喉が渇いたのかしら? サンルームのほうにお茶を用意させるから、もう本は直すといいわ」

「はい、お母さま。…………まだジョージとアンドリューがいてくれるなら、こことあと、庭のほうにも出ていいですか?」

「えぇ、大丈夫よ」


 お母さまからの許可を得て、私たちは屋敷をうろつく権利を獲得した。


「ところで、ルール侯爵がおっしゃっていたかの方について、何を知ってるの?」


 カップを置いたアンドリューは、私が知ってる前提で聞いてくる。

 ちなみに侍女たちは早々にサンルームから引かせて、エリオットが給仕を担当し、私たちは大人の目を気にせず話せるようにした。


「なんのことかしら?」

「いや、さすがにそれじゃ誤魔化されないからな? そのかの方って奴が疑われた時、お前怒鳴り込みに行きそうなくらい怒ってただろ?」


 ついエリオットを見ると、笑って頷かれてしまう。

 ジョージとアンドリューに向き直ったエリオットは、従僕のふりでうそぶいた。


「公爵さまにお聞きでないようでしたら、僕たちがお教えするわけには参りません」

「そうね。伝えられていないなら詮索すべきではないわ」


 王家のお家騒動に繋がりそうな話だもの。

 それが公爵家の跡取りが探ったなんてなったら、継承権争い勃発か? って慌てる人が出てくると思う。

 漫画とか小説にも、第一王子派とか第二王子派とかに別れて権力争いする物語があった。


 不服顔のジョージとアンドリューに笑いかけ、私は提案する。


「お父さまたちはまた後日お茶会を名目に集まって報告し合うと思うの。どうかしら?」

「そうだろうな。聞く限り、詐欺師って奴はまだ捕まってないし」

「ことが解決するか、公になるまではこうして集まるだろうね」


 よしよし。この二人にとってこの事件は大いに関心を引かれることのようだ。

 私も気にはなるけど、それよりもっと大変なことの対策をしなきゃ。

 そう、先を考えて必要な手を打つんだ。


「だったら、その度に私たちも集まりましょう? そうね…………目標は、大人よりも先に詐欺師を見つける、なんてどうかしら?」

「お嬢さま」

「そう上手くはいかないと思ってるわ。けれど、どうせならそれくらいの意気込みでやってみてもいいじゃない?」


 止めようとするエリオットに方便だと弁明すると、ジョージが快活に笑った。


「いいな、シャノン! 俺そういうの好きだぜ。俺のことはジョーって呼べよ」

「ありがとう、ジョー」

「だったら僕のこともアンディでいい。もちろん君も加わるんだろう、エリオット?」


 アンディは確かめるようにエリオットの名前を口にする。

 私が見ると、エリオットは無表情を取り繕うけど、ちょっと嫌そうなのが口の端の皺に出てる。


「お嬢さま、危険だと判断した場合には旦那さまにもご報告させていただきます」

「危険…………そうね、危険にならないよう考えなければいけないわね。気を付けるわ」

「なんだっけこういう、危ないこと絶対させないって奴」

「本来親に言う言葉なんだろうけど、過保護だね」


 どうやらエリオットは、他人から見ても私に対して過保護な部類らしかった。


十話まで毎日、十二時更新

次回:ゲーム以前の事件

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