63話:低い評価
黒の上着に赤を合わせた、私とは対照的な服装のアンディ。
ゲームでは青い服装ばかりだったけれど、比較的青系統が多いだけで赤を着ないわけじゃないのよね。
「シャノン? 何か変かな?」
「いえ、赤を着ているのが珍しくて。似合っているわ」
「ありがとう。僕よりジョーのほうが赤は似合うからね。どうしてジョーと一緒だと避けてしまう色なんだ」
「わかるわ。私もクラージュ王国でお友達になったシリルがとてもピンクと白の似合う子で。一緒にいると着る気にならなかった」
シリルの名前に、アンディはちょっと目を泳がせた。
「君の文通相手を悪く言うわけじゃないけど、次にジョーに会った時には言わないで貰えるかい?」
「どうして?」
「僕がルール島に行くのを邪魔しようとするほど、除け者が嫌だったらしくて…………」
「あぁ、次に会うのは夏季休暇の後になるものね。そこで他人の話をしたら余計にへそを曲げてしまいそうということね」
アンディは自分で忠告しておきながら、呆れたように頷く。
「アンディは今朝の船で来たのよね? 予定では昨日の昼には着いているはずだと聞いていたけれど?」
「うん、まぁ。僕たちの荷物にジョーが紛れ込むなんて騒動を起こしたせいで、遅れた」
「あらまぁ」
お疲れ気味のアンディは、引かない周りのひそひそ声に眉を顰めた。
「あの伯爵令嬢、母親のほうの身分が低くてね。王子にすり寄ろうと必死だと有名なんだ」
「まぁ、私今日初めて会ったから知らなかったわ。殿下の気を引きたくてあんなことを?」
「そんな馬鹿だなって顔しないほうがいいよ、シャノン」
「あら、失礼」
私が個人的な恨みを買っていたわけではないようだけど。
うーん、他人に冤罪をかけて関心を買うなんて。しかも伯爵令嬢が侯爵令嬢に? 王子に取り入った後は庇ってもらえるとでも思ったのかしら?
「どうも君が相手なら悪いようにはならないと、一部で侮っている者たちがいる」
アンディが声を潜めてそんなことを教えてくれる。
「私なら? それは親戚付き合い以外にしないことと関係がある、わけないわね」
親戚付き合いで交流のある友人筆頭が公爵家の二人だもの。
と思ったら、アンディは首を横に振っていた。
「君は高位の者しか相手にしない、高慢な令嬢だと一部で噂されている」
「あらまぁ」
「それについては僕とジョーも一役買っているようなんだ。誰か適当な人物を紹介しておけば良かった」
アンディが言うには、私は公爵家の二人を独占して他の誰も近づけない偉ぶった令嬢だと思われたようだ。
「アンディが謝ることではないわ。私が望んで交流を絞ったのだもの。ジョーもアンディもその理由を知って協力してくれたに過ぎないわ」
そう言うと、アンディの青い瞳がエリオットに向けられた。
エリオットの出生を知った二人は、大人に隠れて行動するためだけじゃなく、エリオットが気楽にいられるよう他の人を排してくれた。
一年そんなことをしていたので、どうやら邪推されてしまったらしい。
「…………これは言うべきか、悩むところだけれど」
「アンドリューさま、お嬢さまのお耳を汚す真似は」
「君がそういう態度でいるのも問題だ。これはシャノンも知っておくべきだね」
アンディはエリオットの反応で、何か私に悪い話を聞かせると決めたようだ。
「いつまでも従者と一緒でなければ行動できない問題児だと思われているんだよ、シャノン」
「ふふ、それは今さらね。間違ってもいないのだから反論の余地はないわ」
「…………その問題児の一面として、純潔ではない可能性を上げる者もいるせいで、君は侯爵家の厄介者だと思い込む馬鹿がいる」
アンディ、馬鹿って言った時、すごい忌々しそうだったけど?
「勝手に思い込むだけなら放っておくわ。どうせ私は関わる人が少ないのだから」
「そうじゃないんだ、シャノン。君というお荷物を引き取って侯爵家に恩を売ろうなんて心得違いをする不埒者がいるんだ」
言いながらアンディは私とは違う方向を睨むように見た。
「大抵が爵位を維持する金がない没落貴族か、金で爵位を買った成金の子息たち。君のような家格、血筋、容姿、能力の揃った令嬢が相手にする価値もない相手だ」
あんまりな言いようのアンディを止めなかったのは、視線の先に顔を引き攣らせる青年がいたから。
明らかに私相手じゃなく、あの人に聞こえるように言ってる。
で、服の質を見るに派手だけど布地が悪いのか皺の入り方が美しくない青年。
その後ろであんまりお上品じゃない笑いを浮かべているお友達は、古びて傷んでいそうな服装。
わかりやすく、成金と没落貴族の子弟という組み合わせだった。
「まぁ、呆れた。そんな方がいらっしゃるだなんて。私にそのような話を聞かせる方がいなかったのは、どうしてかしらエリオット?」
「吹けば消えるような木っ端貴族のことなどお嬢さまのお耳に入れるほどではありませんので」
「そうね。それに婚約話と言えば、我が家でもお断りが難しい方々からのお声かけのほうが、ずっと難儀ですものね」
「どなたがお嬢さまに求婚なさっているかも知れない程度の家の者など、気にかける必要はございません」
お望みどおり高慢に振る舞ってみると、私に近づこうとしていた木っ端貴族の青年たちは絶句した。
アンディは噴き出すのを我慢して片手で顔を覆っている。
やめて、私まで笑いそうになるじゃない。
ここぞとばかりにエリオットが毒を吐くことさえ笑ってしまいそうだ。
「ふ、んん、シャノン。君が最低限望む基準は何かな? 家格、血筋、容姿、それとも金銭面かな?」
アンディは笑いそうになるのを堪えてそんな質問をしてきた。
木っ端貴族の子弟たちはワンチャンあるとでも思ったのか一歩踏み出してくる。
「そんなの決まっているわ。私に見合うほどの魔法の才能よ。魔法一つ操れない方なんて、お呼びではないの」
「さすがです、お嬢さま」
え、何が?
魔法使いじゃない木っ端貴族の子弟たちは撃沈したみたいだけど。
「見事に人が引いたね」
アンディが呆れたように言うのは、残っていたウィリアムの取り巻きをしていた貴族子弟。
私が魔法の能力を語ったところ、一斉に引いてしまっていた。
「もしかして、私の魔法のことは周知なのかしら?」
「すでに魔法学校でロバートさんが優秀な成績を収めている。そのロバートさんが、自らを凌ぐ才能を持つと喧伝しているからね」
「…………初耳よ」
「僕もです」
エリオットも知らなかったの?
「魔法に関してはたいていの魔法使いが近くに寄れば君の才能は感じ取れるからね」
どうやら絶対に勝てないカードを私が切ったことで、引いたらしい。
そうでなければずっとそばでひそひそやるつもりだったのかと思うと、陰険すぎて今後のお付き合いはないなと考えてしまう。
「なんだか、勘違い甚だしい方だったけれど、クラージュ王国の王姪さまのほうが好感が持てる気がするわ」
「話しを聞く限り、その方もどうかと思うけど?」
「正面から自らの信じることを怖じず、恥じず、憚ることなくおっしゃる胆力は備わっていたわ」
「お嬢さまはお優しいですね」
実際に見たエリオットは鼻で笑う。
本当に反論の機会も与えず悪口を言うだけの人よりましだと思うのよ。
助けたらちゃんとありがとう言える人だったし。
「そうだわ。アンディ、教えてくれてありがとう。何故邪険にされるのかわからないもやもやしたままになるところだったわ」
「エリオットは聞いていたようだけど?」
「旦那さまより、不埒者が近づかないよう、また近づきお嬢さまを不快にさせた場合には相手を特定して報告するよう指示が出されております」
エリオットは招待客が連れてきた同伴の若年者、全ての名前と顔を一致させていたらしい。
陰口を叩いていたウィリアムの取り巻きも全部把握しているとのことだった。
「…………エリオットもエリオットだけど、侯爵も侯爵で…………」
「えぇ、気の回し方がおかしいわ。私に一言あってくれていれば」
「いや、シャノンそうじゃなくて。君を大事にし過ぎて、本当に婚期を逃しそうで僕は心配になるよ」
「余計な気回しはいっそ害ですので、アンドリューさまはご心配なく」
「家族枠が言うじゃないか」
なんでそこでエリオットとアンディが睨み合うの?
私は男の子同士のやり取りを横に置いて、今日知れたことを整理する。
(王子は敵!)
(言い方が悪いわ。ゲームを考えれば、国のことを真剣に考える王子としては信頼できる方じゃない)
(けど、どう考えても敵対するでしょ、あれは。下手に近づかないほうがいいと思うよ)
(そうね。周囲の方が私に悪印象を持っているなら、仲良くなるなんて無理でしょうし)
(入学を待って、ゲームでの行動パターン知ってる攻略キャラたち経由で印象改善するしかないね)
(となると、下準備が必要ね)
(お貴族さまの喧嘩のようにね)
(よし! まずはこの夏季休暇の間にゲームマップの確認をしよう)
(魔法学校には関係者以外は入れないから、島の中ね。となるとここから一番近くて確認が必要なのは)
(ルール島北東にある、隠し港!)
敵のアジトでもあるそこをこの目で確かめる。
それが今回ルール島に来た私の一大目標だった。
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