62話:悪役令嬢イベント
厳しい顔の王子ウィリアムが私の目の前に立った。
注目を集める王子の行動に、自然周りの目が私に向く。
一緒に移動した王子の取り巻きがお父さまからの壁のようになった。
「ルール侯爵令嬢、正直に答えてもらおう」
王子であるウィリアムの呼びかけを無碍にはできない。
嫌な予感でげんなりしながら、私は大人しく足を折って応じる。
「この伯爵令嬢から腕輪を奪ったそうだが」
「なんのことでございましょう」
うわー!
本当にろくでもなーい!
私は思わず内心で絶叫した。
(ここにきてまさかの悪役令嬢イベキター!?)
(なんでこんなことになるの…………?)
(これって因果律? どうやってもウィリアムとは敵対する運命だったり?)
(そんな運命嫌すぎるわ)
内心で混乱と興奮をやり過ごしながら、一抹の安堵を覚えていた。
えぇ、エリオットがいて本当に良かったとね。
「伯爵令嬢は、君と話していたら腕輪をねだられたと言っている」
「そのような事実はございません」
「けれど彼女の腕輪は失くなっている。これはどういうことだ」
「ご自身で外して忘れたのでは?」
「君に話しかける前にしているのは私も見ている」
どうやら王子は妙な令嬢派であるらしい。
妙な令嬢が腕輪をしているのを見て、話し終わったらなくなっている上に泣いて訴える。まぁ、状況から信じても不思議はないんだけど。
なんだか当たりが強い気がするわ。そして目が私からそれがちね。
…………うん、エリオットを見てる。
(ウィリアムもあの父親と同じかー。継承権争いなんて王家の中だけでやってよ)
(ゲームの設定でもエリオット関係で殿下には重圧がかかっていたようですもの。これは必然的な流れかもしれないわね)
とは言え、これはない。
「今なら事を荒立てないと伯爵令嬢も言っている。今すぐ謝罪して返すように」
「謂れなきことです」
「そんな酷い…………! あの腕輪は祖母の形見なのに…………よよよ…………」
うーん、芝居がかった泣き真似。
ついでに見る限りカメオはそこまで古びてなかった。
祖母の形見とか見え透いた嘘を信じて私を睨まないでよ王子さま。
でもウィリアムの好感度が私に対して最初からマイナスなのはわかった。
そう言えば主催者の娘なのに声かけられてないって、これ明らかな冷遇ね。
(じゃ来るなー。我が家の主催なんだから顔合わせるのわかってたでしょー)
(そうも言ってられないのが貴族社会なのよ)
(ゲームだと腹黒ながら主人公へは優しさもあったのになぁ)
(敵の『不死蝶』相手にはどうだったのかしら?)
(あ、今とあんまり変わらない)
うん、ゲームでも『不死蝶』には当たり強めだたった。
というか邪魔しに来るから主人公チームからブーイングを受けるのは当たり前よね。
思えばストーリーのメンツに揃って責められる『不死蝶』って、メンタル強すぎるんじゃないかしら?
「ご自身の装飾品が少ないからと、私の腕輪に目をつけて…………。私はお断りしたのに、侯爵家の名を出して無理矢理…………よよ…………」
「こう言っている。君に少しでも良心の呵責があるのなら、行状を改めるべきだ」
うん、今はゲームじゃない。
気を取り直そう。
私は妙な令嬢に微笑んで見せた。
「いったいなぜそんな冤罪を私にかけようとなさるのか、全く見当もつきません。ですが、あなたの主張を一から聞いて差し上げます」
「いいえ、冤罪などではありません! 現に私から腕輪を奪ったからこの腕にはないわけで!」
「奪ったと仰るのはいつのことかしら?」
「先ほど話している時に決まっています」
「私はあなたに触れておりません。では、何処で奪われたとおっしゃるの?」
「ここです、ここで話して、私はこちらに立っていました」
妙な令嬢は落ち着き払った私に焦ったように腕を振って状況を説明する。
「つい先ほどから、私はこの手をあげてもいませんので、その位置ではあなたに触れることすら叶いませんよ。その上で確認しておきますが、誰があなたから腕輪を奪ったと訴えているのですか?」
「あなた以外にいません!」
「もう一人腕輪に触れられるのは、あなたでしょう。それでは、これも確認です何を奪われましたか?」
一つ一つ確認し始める私に、妙な令嬢は興奮してよく周りを見ていなかった。
「私の腕輪です! このブローチとお揃いのカメオのついた。見れば一目で私の物だとわかります!」
「揃いの物を一つだけ盗ってどうするのです。何故奪われたとお考えに?」
「あなたの装飾品が少ないから、私から奪ったのです!」
「私、気に入ったもの以外つけませんので、装飾品が少ないことを気にしたことはございません。それで、どうやって奪ったと?」
「こ、こう腕を取って! 侯爵家であることをかさに着て私に抵抗を許さなかったのです!」
同じ場所に助けを求められる王子がいて、盗られてから訴えるなんてその時点でおかしな行動なのに本人は気にしていないようだ。
「はぁ…………では、何処にありますか?」
「それは、あなたが隠したのでしょう。私が知るわけがありません!」
「さて、これでは水掛け論です。ありもしない罪を擦りつけられても証明のしようがございません。殿下もその厄介さはご存じのはず」
ウィリアムが口を挟もうとする気配に、私は『幻の皇太子妃』のことをあてこする。
王妃が悪魔の証明を求められて困ったのだから、私にこんな証拠もないまま冤罪をかけないでほしい。
「私が罪を犯したという証明はそちらでお願いします」
「被害者の私が言っているんですよ!?」
「私が腕輪を持っているならまだしも。被害者の訴えだけで罪を問うのなら、法はいりませんね」
「そ、そのリボンに隠すのを見ました!」
勝ち誇る妙な令嬢に、私は動かさずにいた腕を上げる。
あえて腕を下げて隠していたんだけど、気づかなかったみたいだ。
もちろん、リボンの所に腕輪はない。
「え…………、そんな!?」
「そちらの方々、そろそろお教えして差し上げては? ピエロでもない方の滑稽芝居など哀れで仕方がありません」
私は妙な令嬢の後ろの取り巻きに声をかけた。
実は最初からざわざわしてたんだよね。まぁ、丸見えだからそうなるだろうけど。
「どうしたのだ?」
「殿下…………。あの、これ…………」
ウィリアムが確認すると、一人が妙な令嬢の腰のリボンを指す。
そこにある物を確かめて、ウィリアムは顔を顰めた。
「君が言っていたのはこれかい?」
「え!? どうして、私ちゃんと…………」
「これかどうかを聞いているんだ」
妙な令嬢が慌てるのを遮って、ウィリアムは私に迫った時と同じ態度で事実確認を行う。
ことが露見したことに、妙な令嬢は真っ青になって答えられない。狐にでも化かされたような顔で、妙な令嬢はこちらを見る。
私は最初と変わらず微笑み返した。
「私に言うべきことがおありでは?」
「な、なんで…………?」
「あら、窃盗犯扱いして謝罪もないのですか?」
「わ、私は…………私は、ただ…………」
「すまない、ルール侯爵令嬢。どうやらこの件はこの伯爵令嬢の自作自演だったようだ」
妙な令嬢の答えを待たず、王子が謝罪を口にした。
「真に迫る様子で訴えられ、確認を怠ってしまった」
「殿下…………そんな、私…………」
これって、妙な令嬢を悪者にして爽やか王子の外面維持するつもりかしら?
まぁ、謂れのない先代皇太子のせいで不安視されて、厳しい目に晒されて来たんだからこれくらいの保身想定内だ。
「いや、自作自演というにしてもお粗末すぎる。まさかこんな思い込みであれだけ騒げる者がいるとは」
「私、私は…………!」
何かを訴えようとした妙な令嬢は、ウィリアムに厳しい視線を向けられて黙る。
「このことは私から伯爵へお伝えしよう。場を悪くしてしまった。今日はこれで失礼させていただく」
ウィリアムは颯爽と踵を返し、震える妙な令嬢を引き連れて去っていく。
で、残された取り巻きは、何故か私を遠巻きにしていた。
解せぬ。
「見ました、今の恐ろしい」
「泣いていらしたのに…………」
「笑っていらしたわ」
何故私を責める令嬢たち。
「噂以上に気が強いようだな」
「弄ぶみたいな意地の悪さが見ていて不快だった」
「殿下に恥をかかせて謝らせるなんて」
私関係ないよね、そこの貴公子たち。
基本的に私より年上ばかりが取り巻きで、このお茶会自体同じ年の参加者は少ないんだけど。
年下に悪口言うだけなんて格好悪いよ、君たち。
「エリオットは動かないで」
「ことを旦那さまへご報告いたします」
「後でいいわ」
「しかし…………」
顧みると、ほぼ無表情ながら目つきが厳しい。
これは明らかに怒ってるわね。
「なんの害もなかったのだから、終わってからでも十分よ」
一連の様子は、他の大人も見てる。もちろん私の親戚も。
取り巻きが悪く言ってもなんとかなるでしょう。
我が家主催のお茶会に、ちょっと居づらくなっただけだ。
というかなんで私が悪いことになるんだろう?
親戚付き合いしかしないと、気軽に聞ける人もいなくて駄目だなぁ。
「大変な目に遭っていたね」
遠巻きにされる私に、声をかける人物が現れた。
しかも知った声だ。
「…………見ていたの、アンディ」
「やぁ、シャノン。君が落ち着いているから形成が悪くなりそうなところで声をかけようと時機を見ていたんだ。…………声をかけるのが遅かったのは謝るよ、けどエリオットはもう少し顔をどうにかしよう。近づく者を皆睨んでどうするんだ」
エリオットを振り返ると、目を逸らす。
アンディまで睨んで何をしているの、エリオット?
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