61話:本家の別荘地
「ごきげんよう。お楽しみいただけていますか?」
お茶会のホスト側である私、シャノン・メイヴィス・メアリ・テルリンガーは、笑顔で招待客の間を歩き回る。
「おや、可愛らしい。同じメアリでもあの子とは大違いだ」
「大叔父さま、メアリ叔母さまが怒りますよ」
場所はテルリンガー侯爵家の本家があるルール島。
招かれた客の半数は親戚なので気楽と言えば気楽なんだけど。
「本当に可愛らしくなって、まだ入学ではなかったかしら?」
「やっぱり水色は子供が似合うわねぇ」
親戚の気軽さから、捕まると長いのよね。
私は水色のレースを揺らして、愛想笑いと共にその場を逃れた。
今日着ているのは白地に水色の刺繍が施されたガーデンパーティ用のドレス。
歩き回るために裾が短くなっていて、白いスカートに水色のレースが良く映えた。ところどころに紺色のリボンと白い花を飾ったドレスは、裾に上品な銀糸の刺繍、靴にはおしとやかな真珠をあしらっている。
いつもの蝶を象った飾りは髪につけた銀細工だった。
「エリオット、お兄さまは何処にいらっしゃるかしら?」
「あちらで旦那さまとご一緒に」
離れずついて来ているエリオットに尋ねると、間をおかずに返される。
見れば、親戚ではないお客さまの話し相手で忙しいようだった。
「お兄さま、今日は学校のほうに戻られるのよね」
「はい。まだあちらは夏季休暇に入っていませんので」
早めの夏季休暇でルール島に入ったんだけど、どうやらお兄さまとゆっくりお話をするのは後のことになりそうだ。
今日のお茶会に招かれているのは、半数が親戚。
じゃ、あと半数はというと、周辺の別荘地に同じく早めの夏季休暇でやって来た貴族たちだ。
「宮廷から離れても社交に気を抜けないなんて」
「お嬢さま、今日は…………」
普段より表情のないエリオットが声を潜めて諌めてくる。
私も親戚を相手に緩んだ気を引き締めた。
エリオットの緑の瞳が見つめる先には、私たちと同じ年頃の子弟が集まっている。
その中心にいるのは、王子さま。
金髪さわやかな笑顔の比喩じゃなくて本物の王子さまだ。
このニグリオン連邦の王子ウィリアムが招待客の中にいた。
「ジョーは王家の付き合いで来れないのに」
「お嬢さま」
思わず漏れた呟きに、私は遅まきながら口を片手で隠した。
けれど言いたくもなる。
弟王子が誕生したことでウィリアムは話題の中心になってるんだけど、我が家でやらなくても良くない?
(ここからじゃ見えないけど、目の色金褐色なんだよね)
(なんだか、エリオットと王子さまの間を取ったような色よね、ジョーって)
従兄弟同士なのだけれど、いったいどんな遺伝子の不思議があったのか。
(ゲームだと名前はウィリアムだったけど、こっちだと長ったらしい名前ちゃんとあるよね?)
(ウィリアム・アーサー・レオポルド・ブレイザーさま。今のニグリオン連邦はワイトリー朝ね)
(そこら辺は今の私がわかってればいいでしょ)
(だったら、ゲームでの殿下について詳しいことを教えてちょうだい)
まぁ、答えは知ってるんだけどね。
何せゲームのストーリーで主人公が最初に出会う攻略キャラにして、ヒーローポジションの王子さまなのだから。
(清廉潔白、明朗快活、文武両道なthe王子さま…………に見せかけたSっ気のある腹黒王子でーす)
(確か、後継者としての重責やお家騒動なんかで裏表を使い分けるようになったという設定だったわね)
(今思うとその重責とかお家騒動って、先代のロザレッド伯絡みだよね?)
そう、立太子確実と言われるウィリアムにのしかかるのは、前皇太子の出奔という名のスキャンダル。
厳しく育てられた反動で、他人に厳しくして喘がせるのが好きというSっ気のある性格に育ったのだとか。
(常設クエストのレベル上げ専用クエに、笑顔でいるんだよね。初級、中級、上級、超級って四段階あって。クリアして褒めてくれるの超級一択っていう)
(初級でもっと頑張れ、中級でまだ足りない、上級に至っては罵倒だったわね。現状、すでにその性格は出来上がっているのかしら?)
(できててもいいんじゃない? だってその腹黒って、気を許した仲間にしか発揮しない設定だったし)
問題は、『不死蝶』がこの国の王子と敵対関係になることだ。
(確実にお父さまに迷惑がかかるわね)
(そこは学生だからって言い訳するんじゃない? クラージュ王国行った時の王姪令嬢相手にした時みたいにさ)
(それで済む問題には思えないのよ。それに、殿下はイベントにも関わってくる方よ。ここは、ジョーやアンディのようにお近づきになるべきではないかしら?)
バタフライエフェクトを起こすにしても、主人公のヒーローを奪うのは得策ではない。
因果律があって、ジョーとアンディのように変えられない運命があるとしたら、私は今度こそゲーム主人公のお株を完全に奪うことになるかもしれないのだから。
(王子はやめたほうがいいと思うんだけどなぁ。未来変わりすぎて手に負えなくなるよ)
(そこはもうオーエンと知り合ってしまった時点で大きな変化を覚悟しているわ)
(いやいや、オーエンは結局未来と行動を変える気がないようなことを宣言してたんだし、そこはノーカンじゃないの?)
まだ入学までは四年がある。
いきなり本丸に切り込むほどの危険を冒すか否か。
私が考え込んでいると、足元で影が揺れた。
珍しく自分から顔を出したアーチェは、私が見ていた人物に目を向けた。
「あれは誰~?」
アーチェから尋ねてくるなんてさらに珍しい。
私は答えるためにエリオットへ話を振った。
「殿下のお側に侍っているはずの、護衛の方は何処にいるのかしら?」
「お嬢さまからはちょうど死角になる場所に立っておられます」
「そうなの。殿下が人に囲まれていらっしゃるから、あの中にいるのかと思ったわ」
「…………ふーん、王子なんだぁ」
気づいたアーチェはじっと王子さまを見つめる。
けれど現れた時と同じように、何の前触れもなくまた影の中に引きこもってしまった。
なんだったのかしら?
「ごきげんよう、シャノン嬢」
「まぁ、ごきげんよう」
突然声をかけられ反射的に答えたけど、誰だろうこの令嬢?
お兄さまくらい年上で、小花柄のドレスを着てる。
パッと見、身分もわからなければやっぱり顔に見覚えもない。
「素敵なお召しものね。どちらの工房で誂えたのかしら? そのリボンは絹? 良い色ね」
「ありがとうございます」
え、そんな親しげにされるような相手?
なんか全体的に服飾を褒められるけど、上滑りな気がする。
「装飾品は髪留めだけだなんて寂しいわね」
「いえ」
「侯爵さまは貴金属にご興味ないのかしら?」
「そういうわけでは」
なんか、教材売りに来るセールスを思い出すなぁ。
決まった台詞を言ってるようで、探り探りの雰囲気が良く似てる。
(今の私、こんなのに絡まれる心当たりは?)
(ないわ。今回のお茶会はルール島にいらっしゃってる高貴な方々との顔合わせよ。お初にお目にかかる方も多いの)
(これって追い払っちゃ駄目なの?)
(駄目よ。ルール島は貴族の別荘地として外貨を稼いでいるんだから。この方も含めてお客さまよ)
何より相手の身分がわからないと、下手な受け答えはできない。
私は当たり障りのない返答に終始して、この妙な令嬢の話をあまり聞いていなかった。
正直、聞いていなくても平気なくらい中身のない話題だったし。
「それで、えー、腕輪の一つもおねだりしては、えー、如何かしら?」
「いえ、ねだるだなんて」
なんかいきなり歯切れ悪くなった?
と思ったら、突然踵を返す。
「ではわたくしはこれで」
「え…………?」
突然離れた妙な令嬢にも驚いたけれど、私はその後ろに音もなく忍び寄ったエリオットの行動にも絶句する。
エリオットはすぐに離れたけど、なんで妙な令嬢の腰のリボンに腕輪が乗ってるの?
「エリオット、今あの腕輪をリボンの中に隠したのはどうして?」
「あの腕輪を、お嬢さまのリボンに仕込んだのはあちらが先でしたので」
「はい?」
エリオットが言うには、妙な令嬢は喋りながら私の死角を探っていたらしい。
そして、腰より下にある白い花の飾られたリボンが腕の死角にあると気づいて、自ら腕輪を外したそうだ。
「腕輪って、ブローチとお揃いのカメオのついていたあれ?」
たぶん髪飾りと合わせて三点セットだと思われる装飾品だ。
「碌な企みではないと思いまして、返却させていただきました」
「そう、そうね…………」
いったいあの妙な令嬢は何がしたくて?
そう考えようとした時、近づく足音に気づいた。
見れば、王子が妙な令嬢と共に私に向かってくる。
妙な令嬢は泣き真似してるし、本当、碌なこと考えてなかったみたいだ。
GW毎日更新
次回:悪役令嬢イベント