60話:バタフライエフェクトならず
「はぁ、キスされた!?」
「頬によ。そんな大きな声を出さないで、ジョー」
帰国後、旅行の思い出話のついでに別れ際を話すと、ジョーが大袈裟なほど反応してみせた。
ここ毎日来るけど、そんなに旅の話面白い?
「エリオット、君にしては不手際だね」
「お二人が近かったもので」
しかめっ面のアンディに、エリオットも後悔の念を滲ませる。
「エリオットもやっぱりキスしたかったんじゃない」
「え…………?」
私の指摘にアンディが驚く。
そんな反応にエリオットは虚しそうに横を向くだけ。
「シャノン、エリオットにキスさせたのか」
「あ、したいほうだったの? シリルにキスされて落ち込んでたのはそれで?」
「そっちか…………!」
「く、ははは!」
ジョーとアンディは声を放って笑い出す。
シリルにキスされた後、エリオットが僕もと言うので私はシリルに向かって押し出してしまった。
シリルは笑ってエリオットにキスしたんだけど、その後エリオットは落ち込んでいたのだ。
「なんか妙に鈍い時あるよな、エリオット。ちゃんとガードしろよ」
「使用人として一歩引いてるから遅れるんだよ。他国でライバル増やして来るなんて」
「確かに。さっさと行動したほうがいい時あるな。あ、でも前に魔導書に封じられたのは前に出過ぎだぜ」
「丁寧すぎるんだよ、エリオットは。何ごとも許可を取るからね。ま、呪いのアイテムの被害に遭うのはどうかと思うけど」
ジョーとアンディは言いたい放題だ。
魔導書とアイテムは私の死亡フラグを回収した物で、正直申し訳ない。
黙っていたエリオットは作り笑いを張り付けてジョーを見つめた。
「さっさと行動すべきとおっしゃる? では何故、クラージュ王国にいる間に手紙の返事もなく帰途に就くことになったのでしょう?」
「う…………」
エリオットの指摘に、ジョーは返す言葉もないようだ。
次にエリオットはアンディを見る。
「一度の手紙に便せん十二枚は多すぎです。ものの限度というものを弁えられるべきでは?」
「う…………」
確かに、アンディの返事は重かった。海運だから濡れないよう梱包されてることもあって物理的に。
「いいじゃない。今回のことでジョーが筆不精だと知ったし、アンディのお蔭でジョーの反応はわかったのだし」
「両極端なんですよ、あなた方」
「…………エリオットはどうなのかしら?」
手紙を出したことがないのでエリオットがどんな返信をくれるのか、私は知らない。
「絶対枚数多いぜ」
「いや、いっそ悩みすぎて返事を書けないね」
ジョーとアンディの反撃に、私はいいことを思いついた。
「今年の夏にルール島へ行く時、エリオットはお留守番してみる? 領地の視察に行ってもいいんじゃない?」
「嫌です」
即答される。
まだ手紙出すって本題を言ってないのに。
「お嬢さま、僕を遠ざけようとしてませんか?」
「だって、お兄さま苦手でしょう? 夏にはまた会うのよ?」
「う…………」
否定できないエリオットは横を向いて葛藤する。
そんな様子にジョーとアンディは理解を示して頷いた。
「まさかルール侯爵とエリオットを足して割ったような人だとは」
「魔法の訓練にかこつけて可愛がりをされるとは思わなかった」
「かわいがり? その表情からして言葉どおり、ではないのよね? お兄さまに何をされたの?」
「剣術なんかで上の者が訓練と称して痛めつけることです、お嬢さま」
お兄さま…………。
私を訪ねてきた二人の相手を率先してくれると思ってたら。
「知らなかったわ。お兄さま、年下の男の子に対して見栄っ張りなのね」
「シャノンも変なとこ鈍いよな」
「身内の色眼鏡がすごいね」
「お嬢さまに対しては良い兄ではあるので」
男の子たちだけで何かひそひそやってる。
もうお兄さまは魔法学校へと戻っているけれど、悪いことばかりではなかったと思うのよ。
「私が教えるよりも良かったでしょう? お兄さま、教えるのお上手だもの」
「確かに実践的だったけど、あれは…………」
「隠せない悪意があった…………」
「あなたたちが婚約申し込んだこと聞いた時から狙ってたんでしょうね」
そう言えばエリオットとの婚約は言ってない。
お兄さまだけじゃなくて、ジョーとアンディにも…………。
うん、言わなくていいか。
どうせ卒業の頃にはエリオットなら素敵な人を見つけられるでしょう。
死亡フラグの乱立するお嬢さまなんて、不良債権だってその内気づくわ。
「そう言えばシャノン、夏にルール島へ行くの? 僕もだ」
「あら、向こうで会えるわね、アンディ」
「いいな、俺毎年夏は領地で親戚巡りだ。そっちに行きたい」
継嗣が何言ってるの。
しかも公爵家の親戚って王族も入ってるじゃない。
「今年は王妃の体調で別荘での夜会は自粛なのに」
母親が王妹のジョーは、王家の別荘に招かれるような身分だ。
ただ王妃は妊娠中でそろそろ臨月。
夏の頃には生まれる王子が手のかかる時期なので今からすでに半年先の予定は決まっているらしい。
もう国王との謁見から半年。時は確実に経っている。
(ルール島で何か、死を回避する手立てを模索するべきよね)
(第一はオーエン対策かな?)
(待つと言うなら接触はないんじゃないかしら)
(じゃ、その間に死亡フラグを可能な限り折ろう!)
(今回はバタフライエフェクトに失敗してしまったものね)
(女友達作るつもりがねぇ…………)
(シリルと親しくなったけれど、『幻の皇太子妃』みたいな変化もないわね)
(ルール島で今現在できることはなんだろう? 突然変異の植物モンスターの氾濫とかはその時にならないと無理だし)
(暴走する魔導機関もまだ造られていないわね)
(あ、幽霊騒動を除霊する?)
(大嵐を呼ぶ奉られた鏡割ってしまう?)
手はあるけれど、どれが可能なのかは行ってみないとわからない。
「シャノン、どうした?」
「何を考えてるんだい?」
「お嬢さま、お加減でも?」
気づけば私は三人に覗きこまれていた。
「か、顔近くない?」
「呼んでも返事しないからだろ」
ジョーは呆れたように言いながらまだ見つめてくる。
「君は考え事するといきなり黙るね」
「あの、顔近いままよ?」
アンディも笑いながら引かない。
「お嬢さま、新しい魔導書を昨夜熱心にご覧になっていたせいで寝不足なのでは?」
「あ、それね…………」
実はエリオットのいうそれも死亡フラグだったんだけど。
「なんの魔法が記された魔導書だったのですか?」
「雪を降らせる魔法よ」
「天候を操作できるのかい?」
「すごいなそれ、やってみようぜ!」
ジョーとアンディも興味を持ってしまい、私は慌てて手を振った。
「駄目駄目! 一見完成されてたけど、欠陥があったの!」
春のイベントでルール島を大雪にしてしまうとんでもないイベントアイテムなのだ。
魔導書を悪戯に起動した『不死蝶』のせいで、学生のみならずルール島にいる人々も凍ってしまうと言う大災害をもたらす。
「効果範囲が設定されてなくて、どんどん凍って行くの。しかも水分があればいくらでも雪を降らせてしまう危険な物よ」
私は魔導書がイベントアイテムだとわかってから、何故あんなイベントになったのかを調べていた。
魔法を紐解いてわかった欠陥は、誰が魔導書を起動しても災害が起きる危険物という結果。
「お父さまに相談してあれも封印してもらわなきゃ」
エリオットがかかった魔導書やアイテムもすでに封印済み。
ルール島全体に迷惑をかける本来のイベントに比べれば、エリオット一人が被害に遭ってる現状、まだましと言えた。
「シャノンは勉強熱心だな」
「そんなんじゃないわ」
「熱意があるのはいいことだよ」
「うーん、熱意なのかしら」
保身なんだけどなぁ。
「魔法ばかり鍛えていてもね。捕まるとやっぱり最初に魔法を封じられるから、何か魔法以外の手があればいいけれど」
そう私が考え込むと、ジョーは突然エリオットに誘いをかけた。
「よし、模擬戦やろうぜ。アンディ審判な」
「はいはい。シャノン、どっちが勝つかこっちはこっちで勝負しよう」
「任せてください、お嬢さま」
私エリオットの勝ち予想で固定なの? え、この流れに疑問があるのは私だけ?
ちょっと混乱するけど元気な笑い声に心が和む。腹の内を探らなくてもいいと思える安らぎを感じた。
できれば、こんな時間を長く続けていたい。
私は自分の望みに一人頷く。
そのためにも死亡フラグは折らないといけないんだ。お兄さまも手伝ってくれるんだもの。死亡フラグは絶対に折る!
そう、私は『不死蝶』にはなりません!
(やるわよー!)
(おー!)
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