59話:シリルとのお別れ
後日、本当にオーエンをハブにした私は、代りにお兄さまとスイーツ巡りをした。
結果、エリオットと仲良くダウンさせてしまいました。
その上オーエンにしつこく恨み言いわれたし、シリルの同情もあってその後はスイーツ巡りに連れて行った。
「もう冬期休暇が終わりだなんて」
「あれだけ満喫しておいて不満かい、シャノン」
港でお兄さまに笑われてしまう。
「あ、お兄さまのほうが休めてませんよね。その、私が…………」
「気にしなくていい。正直、なんの解決にも至らないことも覚悟していたんだ」
密輸組織の尻尾を掴めたと、お兄さまは晴れやかに笑って見せた。
「犯人こそ逃したけれど、密輸品は押収。ディオギュラ家の協力で密輸ルートを一つ確実に潰せた」
そんな話を隣で聞いてるオーエンのすまし顔が腹立たしい。
いっそ少しも動揺しないってそうとう面の皮が厚いと思う。
「シャノンくん、どうして僕を睨むのかな?」
「…………身の危険を感じるあなたと一緒で、気が休まらなかった気がするのよ」
「お嬢さまの言うとおりです。どうして帰りまで一緒なんですか」
まだオーエンの変態疑惑を払拭してないエリオットも睨んで抗議する。
「いや、僕も冬期休暇の日程は若さまと同じだからね? 普通に帰ろうと思うとこの日の船になるんだよ」
何故かお兄さまは驚いたようにオーエンを見ていた。
え? 冬期休暇の日程って嘘なの?
「シャノンのことは名前で呼ぶのか?」
「お兄さま、そこなんですか?」
「オーエンは学校関係者としてどんな生徒も名前では呼ばないんだ」
「贔屓とかうるさいからね。でも、シャノンくんはまだ学生じゃないし」
そんな適当なことを言って私にウィンクしてみせる。
その気さくさに、いっそ裏を疑ってしまう。
顔が渋くなる私の反応に、オーエンは大袈裟なほど情けない声を上げた。
「傷つくなぁ。仲良くしようよ、シャノンくん」
「お断りです。スイーツ巡りの財布扱いしかしない方なんて」
「そこは経済格差と身分的な顔の利き方が段違いだからね!」
「悪びれなさい!」
「ふふ、すっかりオーエンと仲良だね、シャノン」
横から挟まれた笑い声はシリルのもの。
我が家は先に港へ来ていて、シリルは後から見送りに来てくれる予定だった。
「シリル、来てくれたのね。まぁ、今日も可愛い」
「ありがとう。シャノンも…………かっこいい」
私が今日着ているのは、金縁の黒いコートにワインレッドのスカート。
袖や襟にあしらったファーが可愛げなんだけど、全体的にかっちりして確かにかっこいい。
対してシリルは貴族の少年らしい恰好で、ハットも被ってる。
ただ白いコートにローズ系の差し色、フリルのついたシャツも合わせて可愛いと言える服装だった。
「ありがとう。やっぱりシリルは白が似合うわ」
「シャノンは黒を着こなすのがすごいよ」
お互いに褒め合うと、シリルのほうから本題に入った。
「これ、約束の刺繍。別れるのは寂しいけれど、この日のために頑張ったんだ。受け取ってくれると嬉しい」
リボンをかけてラッピングまでされてる箱を差し出された。
開けると、刺繍が見えるようにピンクのハンカチが綺麗に畳まれている。
「かわいい! ありがとう大事にするわ」
刺繍は紫からピンクのグラデーションで名前が描かれていて、小さく赤で親愛なると刺されていた。
「私からも、はい。読める?」
ラッピングじゃなくリボンだけなのがちょっと心苦しい。
けど、刺繍はすぐ見える形だった。
「わぁ、わざわざシリルって刺し直してくれたの?」
「ふふ、ひっくり返してみて」
シリルはハンカチの上下を入れ替えて、目を零れんばかりに見開いた。
「アリス…………?」
「そう。アリスって刺していたところを少し変えてシリルにしたの。こっちから見ればアリス、反対に返すとシリルになるようにって」
これは女子高生の時、SNSで見た画像を参考にした。
漢字をひっくり返すと別の漢字になるというトリックアートアートだ。
「すごい、すごいよ、シャノン…………!」
そんなに感動されるとちょっと悪い気がするなぁ。
「その、実は…………私一人でやったわけじゃないの。お兄さまが一緒に図案を考えてくれて、エリオットが途中から変えても不自然じゃないように手伝ってくれたわ」
そう告白すると、シリルは泣きそうな顔で笑う。
「それでも、ありがとう。アリスのことを気にかけてくれて」
「シリルの大事なお姉さんだもの」
アリスはもう、一年前に亡くなっている。
私は会ってないし、これからも会うことのない相手。
それでも生きていた、大事にされてたのはここでの滞在の間で確かにわかった。
「シリルと一緒にいる時、色んな人が私にこっそり声をかけて来たの」
屋敷でも町でも。今思えばシリルが誰かわかって声をかけて来たんだと思う。
「私がアリスと呼ぶことに戸惑っていたけれど、誰もあなたの名前を私に告げる人はいなかったわ」
「誰も…………?」
冷静に考えると異様な事態だ。
死んだ姉の恰好をしている弟が、事実を知らない私を騙して一緒にいるんだから。
でも、誰もそのことを指摘しなかった。
「私、アリスと仲良くしてくれてありがとうと言われたの」
言われた時には、アリスと名乗っていたシリルが姉の死で落ち込んでるからだと思っていた。
それもあったんだろうけれど、私にお礼を言った人たちの思いはもっと優しさに溢れていたんだと思う。
「その人たちね、やっぱり笑ってくれているほうがいいって言ってたわ」
今思えば、シリルが笑顔を取り戻したことへのお礼だ。
どんな格好かじゃなく、シリルが笑うということに価値がある。シリルの周りの人たちはそう思っていた。
だからアリスがシリルだと私に言う人はいなかった。
「だから、笑ってシリル」
私が話す間にシリルは涙を零していた。
「私…………、シャノンに…………、助けてもらってばかりで…………」
「私は切っ掛けに過ぎないわ。何かあったならそれはシリルの力よ。自信を持って」
私が関わらなくてもゲームのシリルは陽キャだった。
自分で姉の死を乗り越えて予知と向き合ったはずだったんだから、私の存在なんて少し結果を速めただけに過ぎない。
「それに、魔法学校に入学したら私が助けてもらう予定なんですからね」
「また何かする気なの?」
「またって言わないで。ちょっとルール島でもスイーツ巡りにつき合ってもらおうと思っただけよ」
言った途端、シリルの目の色が変わる。
突然別人になったような雰囲気の変化に、静観していたエリオットとお兄さまが私を庇うように動くほど。
「シ、シリル? 大丈夫?」
「今、未来が見えた。ふふ、また四人でスイーツ巡りをする情景。知らない街並みで、私たちも大人になってた。あれは…………」
それはきっとルール島でのことなんだろうけど…………待って、四人?
私は思わずオーエンを見た。
拳を握って笑顔で見つめ返すオーエンを指して、私はシリルに確認を取る。
「…………いたの?」
「うん、いたよ」
「購買員なら仕事をしてください」
「わかった。おすすめピックアップは任せて!」
エリオットの突っ込みを曲解するように親指を立てるオーエンに退く気はない。
お兄さまも止めないのは、たぶんスイーツ巡りをしたくないからだろうなぁ。
そんなに気分悪くなるほど甘いかな?
「もう…………!」
できれば関わりたくなかった。けれど、関わったならしょうがない。
「入学したら、引きずり回してやるんだから」
「それは楽しみだ」
私からの挑戦とわかってて、オーエンは余裕で答えた。
「ロバート、シャノン、乗船の時間だ」
お父さまの呼び声に、私はシリルへと向き直る。
「今日で一度お別れ。また会いましょう」
「うん」
返事をしたシリルはちょっと考える様子をみせた。
「シャノン、はい」
腕を広げるシリルのお別れのハグに、私は身を任せる。
と思ったら頬に柔らかな感触が触れた。
あれ? 今キスされた?
驚いて見つめるシリルは、ちょっと凛々しい顔で私に笑いかけていた。
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