6話:お茶会カモフラージュ
ゲームに出てくるジョージは、気ままさと社交性で周りを引っ張っていく憎めない自由人だった。
親密度を上げるとクーデレになるアンドリューは、仲が良くない状態だと冷淡で一人を好むような言動をする。
この二人の仲違いの理由は、幼い頃に起きた事件だという。
そのことでジョージはアンドリューをわからずやと呼び、アンドリューはジョージを身勝手と言った。
ゲーム主人公と仲良くなっても、ジョージとアンドリューの仲互いは解消せず、逆に主人公を挟んで対抗意識は強まるように描写されている。
(違うね)
(違うわよね)
胸の内で二人の私が同じ結論を出す。
(おばさまたちにお聞きしても、ジョージはきかんき、アンドリューは礼儀正しいっておっしゃっていたわ)
(そして当主連中はタバコ吸いに消えて行って戻らない、と)
お茶会会場として用意されているのは公爵家の庭。
シガールームと呼ばれる部屋に、お父さまを始めとした男性陣が揃って引き払った。
残ったおばさま方曰く、それはよくあることらしいのでいいとして、いなくなったのが当主ばかりと言うのは珍しいんだとか。
(何か悪巧みよぉ、なんて冗談っぽく言ってたけど)
(お母さまも様子を見に行くと言ってシガールームから戻ってこないんだもの)
(本当に悪巧みしてたらどうしようか? 親馬鹿は許せても、馬鹿親はやだよ)
(こうなると、ジョージとアンドリューが何か親たちの行動の訳を知っていそうな気がするわ)
私が考え込んでいると、控えめに肩を叩かれた。
エリオットと無言で頷き合った私は、お茶会が行われる庭から屋敷の横手へと移動する。
「あの二人はこんな所へ来て何をしているの?」
「どうやら、旦那さま方の話を盗み聞きしようとしているようです。しかし全くなっていませんね。盗み聞きをしたいという気持ちはあっても、盗み聞きをするための大胆な行動ができないでいます」
「まぁ、悩ましいこと」
エリオットが口の前に指を立てるので、私は口を閉じて頷く。
そしてできる限り音を立てないようゆっくり移動して、エリオットが指す方向を窺った。
するとシガールームの大きなガラス扉から隠れる位置で、私たちに背を向けた少年たちが小声で言い合いをしているようだ。
「いかがいたしましょう? 後ろから声をかけるだけで醜態をさらすとは思いますが」
まぁ、盗み聞きしようとしてたのがばれるわね。
ばらせば無視されたような状況の私の気は晴れるけれど、普通に関係は悪化。バタフライエフェクトを起こすための変化を作れなくなる。
「私もお父さまたちがお茶会を装って何をしているのかが知りたいわ。それに、あの二人は魔法学校に入るでしょうからここで関係を悪化させるわけにもいかないでしょう」
「お嬢さまは魔法学校に入ることが待ち遠しいのですか?」
「確かに楽しみではあるけれど、どうして?」
「先日から、何かとお嬢さまの口から聞く気がいたしましたので」
しまった。
ゲームのことを考えて行動してるから、不自然に魔法学校のこと繰り返してたみたい。
「あまり、僕の知らないあなたにならないでください」
「え?」
何処か寂しそうにエリオットは笑った。
「あの二人に意趣返しをしつつ、恩を売る形で自らの下へ引き込むのが良策かと考えます」
「え、あ、うん?」
寂しそうな笑顔を隠すように作り笑いを浮かべたエリオットは、そのまま私にすべき行動を伝授した。
問い質そうにも機会を逸してしまうと言って、ジョージとアンドリューが潜む方向へと押されてしまう。
「げ…………! なんで来るんだよ?」
「向こうへ行って、来ないで…………!」
私の姿にジョージとアンドリューは隠れてる意味がないほど慌てる。
案の定、騒がしさに気づいてシガールームのガラス戸が内側から開いた。
「またお前たちは!」
「父上!?」
どうやら出てきたのはウィートボード公爵らしい。
ジョージが叱られる前に、私はウィートボード公爵に声をかける。
「申し訳ございません。私がお話ししたくて追い駆けてしまって。それで、こちらに…………。ご歓談をお邪魔してしまいましたか?」
「君はルール侯爵の」
「シャノン?」
お父さまも出て来た。
ここぞとばかりにエリオットがお父さまのほうへと静かに素早く移動する。
「ご子息方は奥手なようで、お嬢さまを前に慌ててしまったようです」
手を添えて声を潜めるふりして、全然声を潜めないエリオット。
そして聞こえた全員が生温い笑いをジョージとアンドリューに向ける。
誤解を受けて真っ赤になった二人だけど、ここで否定すると盗み聞きがばれるため、何も言えない。
その様子にウィートボード公爵と歳の近い男性が気障ったらしく笑いながら声をかけた。
「ふ、どうやら獅子のように横柄に振る舞いながら、女性の前では鼠ほどに小心なのは父親似のようだな」
「あぁ? 今も女と見れば見境なく秋波を送る、風見鶏のような落ち着きのなさを誇る好色男がなんだと?」
勝手に争い出したのはウィートボード公爵とたぶん不仲らしいローテセイ公爵だろう。
大人たちも二人の仲裁に入る。
そこでエリオットに小さく合図され、私はお父さまを呼んだ。
「お邪魔してしまったお詫びに、今度は我が家でお茶会をいたしませんか、お父さま。その時には、公爵家のご子息方に我が家の図書室を見ていただきたいの」
「それはいい考えだね、シャノン。お二人、ちょっと…………」
「なんだ? …………確かに盗み聞きは…………」
「ふむ…………ご息女を目付にか…………」
こうしてその日、ジョージとアンドリューの盗み聞きは失敗しながらも怒られず、次のお茶会会場は我が家になった。
「どういうつもりだよ」
「あら、まだ本の一冊も開いていないのに。ジョージはせっかちなのね」
「僕たちを見張るなんて本気なの?」
「できないと思っているのかしら、アンドリュー?」
私と一緒に我が家の図書室に押し込まれたジョージとアンドリューは、不服そうに私を見る。
「従者と一緒じゃなきゃ歩くこともできない奴が、俺たちを?」
ジョージの強気に私ではなくエリオットが笑った。
「二人揃って叱られるしかできなかった方が何をおっしゃるやら」
「…………侯爵家は使用人の教育にずいぶんと力を入れられているようだ」
あ、その嫌みはちょっとゲームのアンドリューっぽい。
「あら、貴族には貴族にしかできないことがあるように、使用人には使用人にしかできないことがあるのよ」
私の言葉にエリオットは確かに頷く。
細工は流々、というやつね。
「そうね、お友達になってくれるなら、我が家を案内してあげる。けれど、私語は厳禁よ」
「何を言ってるんだ?」
わからない顔のジョージとは反対に、アンドリューは青い瞳を見開いた。
「盗み聞きできる手はずを整えたのかい?」
「優秀な使用人が一人いれば簡単なことだったわ」
私の答えにジョージとアンドリューはエリオットを見る。
そしてジョージは決断力があるらしくすぐに私を真っ直ぐに見た。
「友達になればいいんだな?」
「えぇ。仲良くなって、屋敷を案内していたら、ちょっと冒険ごっこに熱を入れ過ぎて、普段は入らないような所にまで足を延ばしてしまった。そうだったわね、エリオット?」
「はい、お嬢さま。もし見つかったとしても、お嬢さまの普段の行いならば、その言い訳で押し通せるかと」
エリオット? ちょっと言葉に棘が含まれてない?
ほら、嫌み言うくらいには語彙力あるアンドリューが不審そうに見てるよ。
ジョージは、うん、気づいてないみたいで楽しそうにしてる。
「よし、だったら頼むぜ、シャノン!」
「まぁ、元気ね。でも、なんだかあなたといると楽しくなりそうだわ、ジョージ」
今度はエリオットが不審そうにジョージを見てる?
なんでかしら?
「エリオット、案内をお願い」
「はい、お嬢さま。お手をどうぞ」
またこれするの?
私は図書室の中にある螺旋階段を登るためにエリオットの手を取った。
図書室は吹き抜けで、二階部分にも書架がある。そして書架とは別に二階のベランダに出るための出入り口もあった。
ベランダから事前にエリオットが開けておいた二階の部屋に侵入し、誰もいない二階の廊下を歩いて屋根裏へと向かう。
「ここは?」
「アンドリュー、この先は私語厳禁よ。それと、絨毯がないから靴を脱いでちょうだい」
「なんで靴を」
「ジョージ、案内には従ってもらいます」
無言で頷き合った私たちは、靴を脱いで煙突のある屋根裏へと入り込んだのだった。
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