57話:秘密を打ち明ける
二度目の誘拐事件から無事保護された私は、寝室に軟禁されてます。
「思ったより怒られなかったわね…………」
まぁ怒るどころじゃないか。
逃げられたものの密輸組織の尻尾を掴んだのだし。
今はシリルのお父さまも一緒に港の改めが行われていて、お父さまたちは大忙しだ。
せっかくの休暇期間なのに申し訳ない。今日も夕食の時間になってもお父さまたちは戻らなかった。
「…………シリル、シリルかぁ」
口に出して、私は改めて衝撃的な事実に首を捻る。
攻略キャラだったのもそうだけど、全然疑わなかった自分にも驚きだ。
「まさかお母さまの友人の子なんて…………そんな繋がり全然知らなかったわ」
ゲームでは語られることのなかった設定というか、ゲームのシリルが語らないんじゃプレイヤーは知るすべもない事実。
イベントでもシリルは『不死蝶』と絡みなしなので、繋がってるなんて疑いもしないキャラだった。
「どうしよう、これ…………」
私の手には軟禁中の暇潰しの刺繍がある。
アリスの名前が途中まで刺されている、シリルと交換予定のハンカチだった。
「今からやり直してると、帰るまでに完成しないし。けどこのままっていうのも申し訳ないっていうか…………うーん」
私と同じく、シリルも反省中で部屋から出てきてない。
お父さまたちに私がいなくなったことを告げた後、勝手に屋敷を抜け出して助けに来たんだからまぁ、そうなる。
もちろんエリオットも使用人として割り振られた部屋で反省中だ。
私は悩みながら、手の中でハンカチを回す。
上下を入れ替えた時、ふと日本で見た画像を思い出した。
「あ…………! 行けそう? ちょっと紙とペンが欲しいな」
私はすぐに呼び鈴を鳴らす。
刺繍とにらめっこしていると、ノックがして誰かが入ってくる気配がした。
「紙とペンを持ってきてくれ、な…………お兄さま!?」
侍女だと思ったら、扉を開けたのはお兄さまだった。
「紙とペンで何をするのかな? また悪巧みかい、シャノン。もう寝る時間だよ」
「そんなんじゃないです!」
お兄さまの後ろには侍女のブレンダがいた。
ブレンダは私の要望どおりに紙とペン持ってきてくれるけど、お兄さまに渡して下がってしまう。
「それで、何をするのかな?」
お兄さまは部屋に残って、私の向かいに座った。
まぁ、一人でいるのも飽きていたし、今は責められることもないからいいか。
「この刺繍、アリスからシリルの名前にしようと思って」
「半分はもう完成してるね。どうするつもりだい?」
「それを考えるために紙とペンを頼んだんです」
お兄さまは私に嘘がないことを確認して、紙とペンを渡してくれる。
インクにペン先をつけて、私は思いついた物を書き出し、紙を上下さかさまにして様子を見た。
今ある線を残してなんとかならないかと思ったんだけど。
「…………なるほど。良く思いついたね。だったらシリルのCとYを繋げてこう」
「あ、すごい。だったら、今やってるLの部分を一度解いてから」
私の手元を見て何がしたいかを理解したお兄さまがアドバイスをくれた。
そのまま私たちは、シリルのための刺繍の直しを一緒になって検討する。
「…………シャノン」
「はい?」
おっと、夢中になってた。
紙から顔を上げると、お兄さまは真剣な表情で私を見つめている。
これは、何か怒られるのかしら?
「君は何を隠しているんだい?」
「何を、ですか?」
「どうして密輸犯を追った? 誰が君にそれを教えたのかな?」
ちょっと怒りを孕んだお兄さまの表情は、私にじゃなく、私に危険な情報を与えた誰かに向けられたもの。
確かに関わらせてない妹が知っていたように密輸犯に突撃したら、そんな考えになるだろう。
「…………その、誰かに教わったわけじゃないんです」
「エリオットでも?」
「エリオットでも」
お兄さま、エリオットを最初に疑うのね。
そして私の答えで嘘がないことを確認して首を捻った。
「ならどうしてシャノンは知っていたように密輸犯を追ったんだい? 前に言っていた誰にも言ってないことに関係がある?」
お兄さまはじっと私を見つめる。
嘘が通じない以上、関係ないとは言えない。
けれど、言っていいのかしら?
『不死蝶』はゲームを知らない。その上で数々の行動を起こして死亡フラグを立てるのだから。
それならお兄さまに私の知ることを伝えるのは、きっとゲームとは大きな違いになる。
「…………僕には言えないということ?」
「えっと…………」
「お父さまほどには頼りないだろうけど、君の兄として信用してほしい」
「お父さまにも、言ってませんよ?」
「エリオットにも?」
「エリオットにも」
お兄さまは俄然前のめりになってしまった。
あ、なんかやる気に火が付いたみたい。どうしよう?
「シャノン、どうしたら教えてくれる?」
「お、教えるほどのことじゃないんです。なんの確証もない、話ですから…………」
「それでも知りたい。君の憂いを晴らしたいんだ」
「憂い?」
「気づいてないのかい?」
お兄さまは悲しそうに眉を下げて一度引いた。
「シャノン、君は一年前よりずっと気難しい顔になっているよ」
「そうですか? 成長したから、とか?」
「それが成長の証だと言うなら、僕は悲しい。それでも、僕に向ける言葉に嘘がない。嘘を吐かないよう気を使って、全部を言ってないのはわかってた」
あ、もしかして船でべったりだったのは私の変化を気にしてたから?
「心配させてしまって、ごめんなさい」
「それくらいするよ。君の兄だ。今は離れているけど、一生この関係は変わらない。シャノンは僕の大事な妹だよ。心配くらいさせてくれ」
一生変わらない?
私は変わったのに?
…………でも、確かにゲームのお兄さまは『不死蝶』にとって他の攻略キャラとは違う存在だった。
例えゲーム主人公と一緒に妹を追い込むとしても、唯一『不死蝶』の命乞いをしたキャラクターだ。
一抹の期待を込めて見つめ返すお兄さまの瞳は私と同じ色だった。
「…………私、魔法学校に入ると死ぬんです」
「え…………?」
思わず漏れた言葉にお兄さまは絶句する。
当たり前だ。
日本で女子高生をしていた私は死んでシャノンになったかもしれません。ここはゲームの世界で私は悪役になります。
なんて…………。
自分で考えてみても馬鹿馬鹿しくなる話だ。
「いきなりごめんなさい。その…………やっぱり、なんでも…………」
「いいよ、そのまま好きに話して」
真剣な顔で促してくれるお兄さまに、私は聞きたくても聞けなかったことを聞いた。
「お兄さま、予知って、どれくらい当たるものですか?」
「…………あぁ、そういうことか。シャノンは今回のことを予知していたんだね?」
「いいえ。あの密輸に関わる人たちの恰好を、夢、で見たことがあって」
お兄さまがちょっと反応する。
うーん、ゲームとか前世とか言っても通じないし、なんて言えば嘘じゃないんだろう?
「それは、シャノンが魔法学校に入る未来を夢で見たということかい?」
「はい。私色んな事件を起こして、その罰として死に追いやられるんです。シリルは、私たちが来てからご両親と離れ離れになる予知夢を見続けていたと言っていました。けれど今はそんなことないと思うんです」
色んなシチュエーションで見続けた予知夢。
それは魔法的にどういうことを意味するのだろう?
「少し読んだことがある。ある学者が予知の精度を調べるために行った実験で、予知がどれだけ当たるかを数えたんだ」
「あ、やっぱりどれだけ当たるかみんな気になるんですね」
「だろうね。結果は十二回に三回ほど当たるのが平均。四回やって一回しか当たらない。それも答えが一つに決まっている質問だけ。不確定な事柄になるともっと精度は落ちる」
「何度も違う経過、けれど結末は同じ未来を見るのは?」
「それだけ不確定な未来ということだろうが、同じ結末となると…………」
「どうあがいても、結果は変わらないということなんですね」
私が苦笑すると、お兄さまは盛大に顔を顰めた。
「あ、悲観はしてないんです。だって、未来は変えられるって知ってますから」
「シャノン…………」
「今回だって、シリルはご両親と離れずに済んでるでしょう」
「シャノンはどんな未来を変えたんだい?」
すでに私が未来を変えるために何かやったとお兄さまは見透かしていた。
やっぱり嘘は通じないのか、私がお兄さまを出し抜けるほどの素養がないのか。
「私、魔法学校に入って、『幻の皇太子妃』を盗んで、罰として島流しにされるんです」
「『幻の皇太子妃』? それは確か君が今持ってるはずだろう?」
「えぇ、私が今持ってるんです。本当は将来私が死ぬ原因になるジョーとアンディの仲違いを止めようとしたんですけど、そっちとは別の未来が変わりました」
「公爵家の二人が? それは…………難しいな」
権力関係から見てお兄さまでもどうしようもない未来だ。それはもうわかってる。
「今は仲良しなので、私が悪いことしても、殺すまではいかないでいてくれるとは、思うんですけど」
「どうしてシャノンが死ぬなんてことに…………」
「わからないんです。将来の自分が何を考えているかは…………。あぁ、そう。物語を見ている観客のような視点で、私は未来を見たんです。だから、その時未来の私が何を考えて問題を起こしたのか、わからなくて…………」
俯く私の頭を、お兄さまは優しく撫でた。
重かった胸が、ちょっと軽くなる気がする。
どうやら私は、自分が罪を犯すという未来を思ったより気にしてたみたいだ。
話してみるだけでも違うと、自分でシリルに言ったとおりだった。
「…………お兄さま、もし私が道を外れたら、叱ってください」
「シャノン」
「これはお兄さまにしか頼めないんです」
ゲームでも叱って、その上で救おうとしてくれたのはお兄さまだけだった。
きっとお兄さまなら止めてくれる。
そんな期待を持って見つめると、お兄さまは私の手を握って頷いてくれた。
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