51話:罠にはまりに行く
オーエンも追わず言いつけどおり大人しく待ってるのに、エリオットが戻ってこない。
何か馬車にあった…………んだろうなぁ。
やっぱりこれってオーエンの張った罠だよね?
エリオットはたぶん何か足止めをされて戻ってこない。
そしてたぶん、オーエンは自分の意思で戻ってこない。
なんせ黒幕だからね!
「二人とも遅いね。どうしたんだろう?」
アリスは心配そうに店の外を窺い続けてる。
「オーエンも戻ってこないし」
「そうね。すぐ戻ると言っていたのに」
オーエンの嘘吐き。知ってたけど。
だとしてもこのままは待つだけでいいものなのかな?
「もう馬車来てるかもしれないから見てくるね」
「あ、アリス」
待ちきれなくなったアリスが外へ出るのへついて行く。
けれど馬車もなければ、オーエンも見える場所にはいない。
「おかしいわね」
「えぇ、おかしいわ」
でも本当におかしいことをわかってるのは私だけ、か。
罠を疑って追わなかったのがいけなかった? なんかそれ、選択肢を選ばないと進まないゲームみたいじゃない?
嫌な考えに黙り込むと、アリスが私の袖を引いた。
「寒いから中に戻りましょう。ごめんね、シャノンまで出てくることなかったのに」
「いいのよ。私も気になったもの」
そんなことを言いつつ動いた途端、私は横から誰かにぶつかられる。
「シャノン!」
完全にバランスを崩した私は、アリスに支えられて転ばずに済んだ。
私の全体重支え切るって、案外アリスは力が強いみたい。
「う…………、痛…………」
代わりに、私にぶつかった相手は石畳に倒れた。
見れば、私より一回り小さな子供だ。
「大丈夫? 走ったら危ないわ」
「ご、ごめんなさい…………」
震える声で答える少年は、薄い服を重ねた上に厚手の大人物を一枚羽織っただけ。
あまり清潔とは言えない見た目から、貧しい暮らしぶりは想像できた。
「あら? あなた…………」
「シャノン?」
「あなた、前もぶつかった子よね」
「え!?」
私の指摘に少年のほうがびっくりして声を上げた。
うん、そうだ。あの時はオーエンが気になってよく見てなかったけど。
くすんだ金髪にそばかすのこの少年は、マーケットを回る時にぶつかった子だった。
「あの、俺…………その…………」
「怪我はなかった?」
「あ…………」
少年は私の質問に、追い詰められたようにゆっくり下を向いて沈黙してしまう。
困ってもう一度声をかけようとすると、意を決した様子で顔を上げた。
「た、助けてください!」
「え?」
「あなたなら助けられるって、言われて! お願いします!」
「えっと…………」
「お願いします! すぐ来てください! お願いします!」
必死の少年は私の手を掴む。
手袋越しにも感じる冷えた硬い掌は、私よりも細いのに、働く人の手だった。
「…………じゃないと、お母さんが、死んじゃう…………」
掠れる声は風に紛れそうなほどに小さいけれど、目に涙が見えた。
私は内心自分に呆れながら、少年に微笑みかける。
「いいわ。お母さんは何処?」
「シャノン!?」
「ちょっと行ってくるわ」
「そんな、危ないよ!」
常識的にアリスは止める。
だから安心させるように、私はアリスにも微笑んで見せた。
「じゃ、アリスはエリオットが戻ってきたら私を捜すように言って」
「で、でも…………」
「大丈夫。エリオットは有能な私の従者だから。お願いね」
「あ…………、シャノン!」
私はアリスを置いて歩き出す。少年も焦ったように私を引っ張った。
「あ、寒いからアリスは店の中にいてね!」
「シャノン! 私、あ…………」
少年に手を引かれるまま道を曲がって、アリスの姿が見えなくなる。
そのままひたすら小走りに進む間、少年は私を振り向かず前だけを見てる。
この必死さに、たぶん嘘はない。
深く追求せず辿り着いたのは、一件のアパートだった。
たぶんこの世界の庶民の家、なんだと思うけど…………外壁の痛みが目立つなぁ。
「ここは何処かしら?」
「は、早く。中に…………!」
少年は私に答えることなく中へと引っ張る。
私は足踏みでアーチェを呼んだ。
話は聞いてたみたいで無駄口は叩かず、けれど面倒そうに屋根の上へアーチェは跳び上がる。
「ぐるっと回っただけで店からあんまり離れてないよ。これって場所特定できないようにしてるっぽいね~」
「わかってるわ」
アーチェに答えて、私は中へと足を踏み入れた。
室内に家具はほとんどなく、壁際のベットには誰かが寝ているようだ。
「お母さん…………! お母さん、聞こえる?」
少年の声には本気の心配が滲んでいた。
私がベッドを覗き込むと、すでにやせ細った女性に意識はない。
「これは…………」
「お母さんを助けて! お願いします! お願いします!」
「わかってるわ。ねぇ、あなたの名前を教えて」
「…………マ、マチュ」
「そう、マチュ。一緒にお母さんを助けましょうね」
そう言って、私はマチュの手を取った。
名前が私からするとちょっと面白い響きだけれど、異国だからおかしいと一概には言えない。
そんなことを考えながら魔力を流すと、パズル画面が現われる。
私がマチュを覚えていた理由はこれだ。
実は最初にぶつかった時に、マチュの属性が見えていた。
そして二回目に会って今、適性も見えている。
マチュは花属性の回復適性を持つ魔法使いの資質を備えた少年だった。
「これは元気になるおまじないよ。いい、よく見ていて」
私は魔法文字を描いて、マチュの魔法で母親に回復魔法をかけた。
私が知ってるのは木属性なんだけど、花属性は木属性の派生だからいけるはず。
ただし、初歩の魔法のみ。
「発動はしたけど威力は低い、か。時間はかかるけど、この感覚を覚えて、マチュ」
「う、うん…………」
回復量は少しな上に、すぐに効果は切れる。小まめに回復させるしかない。
次に私は状態異常回復の魔法も教えた。
「おまじないを毎日してあげてね」
「ま、毎日この形を描いて、光を出せばいいの?」
「えぇ、でもやりすぎるとマチュが疲れるからほどほどに。でも毎日続ければきっと良くなるわ」
なんとか呼吸が安定するまでに回復させると、心持ち顔色も良くなった。
「すごい。薬もないのに…………」
「そうだわ。マチュ、これはあなたの才能があって初めてできることよ。他の人に教えても同じことはできない。でもこのおまじないを教えたことは秘密にしてほしいの」
私は唇の前に人差し指を立てる。
「本当は教えちゃいけないと言われているの。ばれたら私が怒られてしまうわ」
「…………どうして、おいらに教えてくれたの?」
お母さんの手を離さないマチュは、泣きそうな顔で聞いて来た。
「だって、あなたが助けを求めたから」
「…………おいら」
「お母さん元気になるわ。頑張ってね」
「あ…………、あの!」
マチュは私を止めようと声をかけるけど、振り返らず外へ出る。
うぅ、外と中の温度差がほぼない。
あんな部屋にいたら弱るだけよね。なんとか回復してくれればいいんだけれど。
「…………いい家に生まれたわ、私」
だからこそ、家族を大事にしたい。
この幸運に感謝したい。
そう思えた。
私は意を決して前を見る。
そこには四人の敵モブが待ち構えていた。
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