49話:消えるのは誰?
深夜、アリスの悲鳴が再び響き渡った。
私はベッドを抜け出し、またアリスの寝室に駆けつける。
「アリス!」
「あ、あぁ…………、シャノン!」
迷わずベッド脇に寄った私は、アリスに抱きつかれて泣かれた。
アリスはそのまま、しゃくりあげて喋れなくなる。
そんな姿にやって来たお父さまたちも困ってしまった。
「お父さま、どうか落ち着くまでは二人にしていただけませんか?」
「大丈夫かい、任せても?」
「シャノン、扉は開けておくよ?」
「はい」
廊下では大人の話し合いが始まるようで、難しい表情でお父さまたちは出て行った。
こっちは子供同士で話をしよう。
「アリス、今度はどうしたの?」
アリスを撫でて落ち着かせると、私はできるだけ優しい声で聞いた。
前回は姉の死を夢に見たと言っていたのだけれど。
「またお姉さんが夢に?」
「うぅ…………」
今日は違うようで、否定するように首を横に振られる。
「いなくならないで…………。一人にしないで…………」
「アリス? 私はここにいるわよ?」
答えた途端、思ったよりも強い力で抱きしめられる。
縋るようなアリスの腕は震えていた。
もしかしてこれは、怖がってるのかしら?
「アリス、私はアリスに秘密があってもいいわ」
語りかけると、アリスは窺うように顔を上げた。
「けれど、怖いなら話してみて。重荷が軽くなることもあるわ。怖いことなんて一人で抱えていたっていいことないでしょう」
「軽く…………なる…………?」
「一人で抱えきれないなら、話すことで気が軽くなることもあると聞いたのよ」
「シャノンが、聞いて、軽くしてくれるの?」
「えぇ、私で良ければ」
「うぅ…………」
何故か答えるとまたアリスは泣き出してしまった。
そのままひとしきり泣いたアリスは、ようやく、ポツリポツリと話しだしてくれる。
「いなくなる夢を見るの」
「誰がいなくなるのかしら?」
「お父さまと…………お母さま…………。罪に問われて、いなく、なるの」
「え?」
「私だけ置いて、行かれて…………」
「な、なんの罪で?」
「わからない。けど、いつもやってないって言うの。でも、連れていかれてしまう…………」
否認する両親との別れは、初めてのことではないらしい。
いつもというくらい頻繁に見るそれは、もしかして…………。
「予知夢?」
「わからない。少しずつ違う夢を何度も見るの」
「いつも同じ夢じゃないの? どう違うの?」
「家に役人が来て連れて行ったり、出かけた先で捕まったり」
「でも、ご両親は否認する?」
「うん」
もしアリスの悪夢が予知夢だとしたら、両親は何かの罪を問われる。
罪を問われるまでには色んな可能性あるけど、どんな未来でも罪は認めない。
それは、つまり…………やってないから認められない?
「役人が来るなら罪状がちゃんとあるのよね?」
「言ってるけど、私、怖くて…………」
両親が連れていかれるほうがショックで覚えてないらしい。
「いつ起こることかわかるなら止められるかもしれないわ」
「止める? え、止めるって?」
「冤罪かもしれないでしょ? だからお二人が連れて行かれないように止めればいいじゃない。そんな悲しい未来、嫌でしょう?」
私の答えを聞いて、アリスは何故かまた泣き出してしまった。
「シャ、シャノンたちが、来ると決まってからなの…………。お父さまとお母さまが連れていかれる夢を、見始めたのは」
え、私たちが予知夢の発端?
「そんな。お母さま方はお友達でしょう? なんの罪があって」
「怖かった。だから出迎えに行く気だったけど怖くて体調が悪くなったの。私、シャノンたちが来るのが怖かった」
そう言いながら、アリスは私を離さない。
「でも、みんないい人なの。シャノンだけじゃない。ルール侯爵も、ロバートさまも、気を使ってくれて。船荷回りも楽しくて。お母さまもシャノンのお母さまが来てから、泣くことが少なくなって…………」
最近はお父さまとお兄さまと一緒に船荷回りをしている。
海上の聖女というと反応がいいので、私の同行が許され、それにアリスもつき合ってくれていた。
というか、アリスは最初から船や船の物流に興味があったみたいで、お兄さまとも話が合うんだよね。
「でも、お父さまとお母さまを連れて行くの、シャノンのお父さまの時もあって」
「え?」
「わからない。私の見る夢は何?」
「それは…………」
船荷を見たがるお父さまとお兄さま。
罪を問われるアリスの両親。
密輸に関わるオーエンがここにはいて、未来のゲームでも引き続く密輸事件がすでに起こっている。
「…………その話、ご両親にする気はある?」
「本当になったら怖いから、誰にも、言ってないよ」
「そうね。本当にならないようにしなきゃ」
「シャノン?」
私はアリスに笑ってみせる。
「でも、何も言わないのはご両親を不安にさせるわ。そうね、置いて行かれる夢を見たと言えばいいわ。嘘ではないでしょ?」
「うん…………」
「一人になるのが怖いと言ってもいいわ。アリスのご両親はあなたを愛しているもの。きっと悪いようにはしないし、私に抱きつくよりご両親のほうが安心するんじゃない?」
「あ…………う、うん」
何か言いかけるけど、アリスはそれ以上は言ってくれない。
恥ずかしそうに身を離すと、泣いて赤くなった顔を擦るように涙を拭う。
秘密があっていいって言っちゃったし、私は追及せずにアリスをお父さまたちに任せて部屋へ戻った。
戻るまでの間にアリスから聞いた話について考え込んでいると、誰かにぶつかる。
「お嬢さま、お一人で出歩かないでください」
「エリオット」
「お部屋にミルクをご用意してあります。どうぞこちらへ」
ガウンをはおらされ、私はエリオットに導かれるままホットミルクを飲んだ。
「お悩みがあれば申し付けください」
「私そんなに顔に出てる?」
「先ほど僕に気づかず頭突きしたのはどなたでしたか?」
エリオットの意地悪。
けど、ホットミルク美味しい。
なんだかグルグル考えていた思考がほぐれるようだ。
「…………エリオット。お父さまたちは何を探しているのかしら?」
「わかりかねますが、船荷が関わっているようですね」
「お兄さまもよ。ルール島で何かあったのかもしれないわ」
「僕は聞き及んでおりません。少なくとも、この旅行に出かけてから問題があったようには思われませんが」
エリオットが聞いてないってことは、まだ密輸は表沙汰になってないってこと?
ゲーム開始時点で、ニグリオン連邦の王子は密輸が起きていることを知っていた。
オーエンが黒幕だと掴んでないにしても、密輸には気づいてるはず…………。
お父さまが密輸を指示した当人でない限り。
「そう言えば」
私が疑心暗鬼に陥りそうになっていると、エリオットが思い出した様子で声を上げる。
「例の誘拐の時、お嬢さまが縛られたという縄が気になって一つ拝借して調べたのですが」
「何してるのよ、エリオット」
「ルール島で取れる特殊な魔石で作るものでした」
「え!?」
「販売される際には装飾品に加工するもので、縄につけるという加工はルール島で行われてはいません」
聞けば、あの石つきの縄の石は、私の指輪のような用途で使う物らしい。
つまりルール島で採れる石から作られた縄であっても、ルール島で加工されて出荷された物ではない。
「そのことを、お父さまには?」
「お伝えしましたが、公にしておりません」
「つまり?」
「旦那さまの知らぬところでルール島の産品が不正に持ち出されているのでしょう。あの縄は密輸品を加工したものかと」
「どうしてそれをお父さまは公にしないのかしら?」
「犯罪に使われているとなると、公にした途端旦那さまが管理責任を問われます。それを回避するためには自らの手で解決してからでないと密輸に加えてさらなる痛手にしかならないからでしょう」
どうやらお父さまは密輸には気づいてる。その上で船荷を見て回ってる。
エリオットは私を気づかわしげに見ていた。
「エリオット、お父さまがここで船荷を改めてるのは、ディオギュラ家を疑ってるから?」
「そうかと思われます。まずこの領地は立地が良いのです。陸路で何処でも、ニグリオン連邦から持ち出した物品を少ない日数で運べます」
「…………でも、違うわ」
「お嬢さま?」
ゲームに関わらないアリスが、密輸に関わってるなんてありえない。何より、アリスの見た予知が本当なら、密輸をしていた両親は捕まってもゲーム開始時期にはまだ密輸事件が続いている。
犯人はディオギュラ家じゃない。
「エリオット、私はアリスを信じる」
笑われる覚悟で口に出すと、エリオットは優しく笑った。
「あなたに助けられた僕は、その正義を信じただ従うのみです」
「もう…………。自己主張してくれてもいいのよ?」
「でしたら、お嬢さまに従うので、僕から離れないでくださいね」
「離れても見つけてくれるんでしょう?」
冗談めかして言うと、エリオットは嬉しそうに答えた。
「何処でも駆けつけますよ」
どうやらエリオットは、頼られるのが心底嬉しいらしかった。
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