45話:厄介な指輪
私はできるだけ物音を立てないよう、部屋を抜け出した。
エリオットは先の廊下で手を振る。
誰もいない廊下を駆け抜け、階下へ降りると後ろから声をかけられた。
「何処へ行くのかな? 護衛の僕を置いて行かないほしいな」
「オーエン…………」
無害そうに笑うオーエンに見つかり、その日は大人しく部屋に戻った。
別の日。
今度はエリオットとひたすら息を殺して隠れる。
私たちがいないとの声が廊下のほうから聞こえた。
見つからずに静かに潜んでいたのに、突然開けられた納戸の向こうには、笑顔が。
「やぁ、いたね」
「オーエン…………」
また別の日。
「オーエンはいません」
「今ね」
私はエリオットと頷き合って部屋を抜け出した。
「あ! 二人とも…………」
「アリス」
席を外していたアリスが、私たちと出くわして眉を顰めた。
そして慣れた風に、人を呼びつけるために手を叩く。
「アリス、どうして」
「駄目よ、シャノン。家族が心配してるわ」
どうやらアリスは私が抜け出すのは反対らしい。
そこにやってきたオーエンは、困ったように笑った。
「深窓の令嬢と聞いてたんだけど。随分行動的な令嬢だね。お目付け役が必要なはずだよ」
「オーエン。いつの間にアリスを味方につけたの?」
「普通に僕のいる意義を説明しただけなんだけど。なんでそう仇のように睨まれるのかな?」
「大人に言わず外に出るのは危ないわ。私もシャノンが心配なの」
「そうだよ。生誕祭のマーケットは観光客も多いんだし。また魔法を使う暴漢に会ったらどうするんだい?」
オーエンはあくまで子供相手として諭すように言ってくる。
実際、間違った対応ではない。ないんだけど…………黒幕だと知ってると素直に頷けないのよね。
「私、シャノンが心配で…………。嫌がらせをしてるんじゃないの。ただ」
「わかってるわ、アリス」
本物の深窓の令嬢はこういうものなんだろうなぁ。
「オーエン、お兄さまとのお話はいいの?」
「僕が呼び出されてるとわかってて逃げるんだもんなぁ」
オーエンがぼやくと、外から馬車の音が聞こえた。
「お兄さまはお出かけかしら?」
「お仕事だよ。継嗣だからね。ただの家族旅行でも顔繋ぎっていう大事なお仕事があるもんさ。君ももう少し、身分に合った振る舞いを覚えようね」
そんな小言を言われながら、結局部屋に戻される。
オーエンにすぐ見つかるのは、強いとかじゃない。
私は手を見る。
そこにはまった指輪には、わからないよう二重に魔法がかけられていた。
「とんだ首輪をつけられたものね」
「指輪じゃなくて?」
何も知らず聞いてくるアリスに、首輪をつけた本人はそ知らぬふりだ。
「魔力を封じる魔法に紛れて、この指輪の場所を特定できる魔法も仕込まれてるのよ」
「うわ、それ自信作だったのに。どうやって気づいたの?」
「あら、気づかれないつもりだったのね」
けどこの手の魔法は見慣れてる。
だってエリオットが常に私に持たせてるんだもの。
今日は小さな金細工の蝶々のブローチが、エリオットお手製の魔法GPSだ。
「さ、期待の大魔法使いくん。まだその力は魔法学校入学まで取って置いてくれよ。今日のところは予定どおり刺繍しててね」
オーエンも部屋に待機して、扉の横の椅子に座る。
私はアリスと交換予定の名前刺繍をハンカチに刺し始めた。
いつの間にかアリスもオーエン側に引き込まれていたのは予想外だった。
無害そうだし、言ってることは正しいし、アリスから見れば私が悪いのはわかってるんだけど。
このまま見張られているのも相手の手の内みたいで落ち着かない。
ここは少しでも敵の情報を集めよう。
「オーエン、あなたいつから魔法学校に勤めているの?」
手を動かしながら聞くと、オーエンも書き物をしながら答えた。
「勤めだしたのは三年前だよ。見てのとおり僕は平民だからね。魔法学校卒業してないけどいい就職先だと思ってるよ」
「あなた、魔法は何処で覚えたの? 平民でも魔法学校への推薦枠は少数あるはずよね?」
私とアリスに刺繍を教えるエリオットは、会話の邪魔にならない程度に気を使って教えてくれる。
「これだけのものを作れるのに」
「おや、お褒めの言葉をいただいてしまったね」
別に褒めてない。どっちかというと憎らしさから出た言葉なんだけど。
ただ、力は認めざるを得ない。
私はこの指輪の探索魔法をどうにかするだけの技量がなかった。
「僕は奉公先を転々としてね。そこで魔法の才能を見出されて、近くの魔法使いに習ったり、奉公先の商家で扱っていた魔具に触れたりして覚えたんだ」
「魔法学校の関係者は紹介だと思ったわ」
「もちろん、紹介で勤めているよ」
つまりお父さまの紹介で魔法学校へ?
でもいったい何処で出会ったの?
オーエンの顔立ちはニグリオン連邦の出身じゃない。そんな平民をどうしてお父さまは?
「オーエン、あなたルール島にはいつ」
「ほら、手が止まってるよ。アリス嬢が寂しそうだ」
言われてみると、困ったような顔をしたアリスが私を見ていた。
「ごめんなさい、アリス」
「ううん。シャノンって迷いがないのね」
「迷い? あるわよ。私だいたい迷ってると思うけど」
「そう? 何かを目指して行動しているように見えるわ」
「…………迷ってるから答えが欲しくて、答えを持っていそうな人を追ってしまうの」
オーエンを見ると笑顔を返される。
「あ、ちなみにこれは魔法学校の発注書だから見せられないよ」
「プライベートだったのでは?」
エリオットも探りを入れるように聞く。
「そうなんだけど。やっぱり実際見て発注したいしさ」
「どうせ甘味でしょう」
「え!? どうしてわかるの? あ、何か魔法使ってる?」
魔法なんて使ってない。
ただ購買で売られていたのもお菓子、の形をした体力回復、素材交換アイテムだっただけ。
甘党という設定上アイテムの造形は可愛く、乙女ゲームという性質上女子向けなお菓子ばかりが並んだ購買だった。
そんなオーエンのゲームでの設定を思い出して、私は思いつく。
「オーエン、船が見たいわ」
「駄目だよ。船乗りって気が荒い人が多いんだ。僕を連れてても許可は下りない」
「お兄さまたちだけずるいわ。良く港に行ってるでしょ」
「手が回らなくて、休暇中の僕を引っ張って来るくらいだからね」
話は聞くけど聞き入れはしない。
アリスも心配そうなので、賛成はしてくれなさそうだ。
だから私はまずアリスを切り崩すことにした。
「アリス、あのお兄さまが買ってきたココアのお店、港にあるのでしょう?」
「えぇ、港から直接入れるのが売りだから」
「私の侍女に聞いたら、ココア以外にもチョコの国から新作スイーツが一番に並ぶ店だと聞いたわ」
「そう言えばそうね。改めて言われると、最初に入るのはあそこだと思うわ。でも、店ごとに特色があるから新作と言っても色々よ」
「その色々が知りたいわ。私、そういうスイーツ巡り楽しみにしていたの」
言いながら、私はオーエンを窺う。
思いの外こっちをチラチラ見てた。
これは、いける?
「そうだったのね。なら、うちの者に買ってこさせるわ」
「そうじゃないのよ、アリス。スイーツ巡りっていうのは自分で行くから楽しいの」
私の力説にうんうんと頷くオーエン。
そんな反応にエリオットも気づく。
「街中はマーケットで人が多くて駄目でも、仕事をする人ばかりの港ならスイーツ巡りできそうだと思ったのよ」
「お家でのほうが良くない? 外は寒いわ。特に港は海からの風が強いのよ」
「良くない! 自分で新しく見つけるのがいいのよ。アリスも行ったら楽しさがわかるわ」
「私も…………?」
誘われていることに気づいたアリスが惹かれる様子を見せた。
「エリオットも一緒に、と言いたいところだけれど、あまり多く甘いもの食べられないのよね」
「お嬢さま、僕は普通です」
「君についていくと一緒にスイーツ食べられるのかい?」
かかった。
私は思わず見開きそうになった目に力を籠めて、満面の笑みを張りつけた。
「みんなで食べたほうが美味しいでしょう? それにやっぱり食べた感想を言い合うのもスイーツ巡りの楽しみの一つよ」
どうやら私の企みがわかったらしいオーエンは目を泳がせる。
悩むように目を硬く閉じて絞り出した一言は、言わずにはおれなかった本心のようだった。
「わかるぅ…………」
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