43話:お目付け役
「お目付け役をつけるよ」
「え!?」
アリスとの魔法の練習中にやって来たお兄さまはそんなことを言った。
「お父さまの許可も済んでいる」
私が何か言う前に言い訳を封じ込める。
私が次の言葉を探す間に、エリオットがお兄さまの横から異議を申し立てた。
「必要ありません。お嬢さまは僕がお守りします。不要な人手など邪魔でしかありません」
「危険な路地に入るシャノンを止められもしないなら黙っていなさい」
「お兄さま、そんな言い方」
私が抗議しようとすると、お兄さまは笑顔で圧をかけて来た。
そうです。怪しい人がいたからって、路地に一人で駆けこんだのは私です。
「シャノンも、さすがにやりすぎだ」
「はい。でも」
「シャノン、私も危ないと思う」
私の横からアリスが不安げに見上げてくる。
「しかし、生半可な者ではお嬢さまの足元にも及びません。この国に適任者はいないでしょう」
ニグリオン連邦ならお父さまの伝手もあるけれど、ここは旅先だとエリオットは指摘した。
するとお兄さまは自信満々に失笑をエリオットに向ける。
うん、お兄さま。私に向ける顔と違いすぎて、いっそ二重人格みたいですよ。
「何、心配いらない。いっそ魔法を使う子供の相手はプロだ」
お兄さまは手を叩く。
すると外から扉が開いて、二十前後の青年がやって来た。
「プロと言われたからにはやるしかないね」
室内の声が聞こえていたらしく、ちょっと気弱そうに笑う。
お目付け役として現れたのは、アッシュグレーの髪に月のような瞳。
整ってはいてもお兄さまの隣では見劣りする容姿の青年。
私は驚きのあまりすぐには反応できなかった。
「…………あー!」
「え?」
思わず叫ぶと、当の青年が首を傾げる。
口を押さえて横を向いてももう遅い。
「シャノン、知り合いかい?」
「僕のほうはお話聞いていますけど。お会いするのは初めてですよ」
お兄さまの質問に答える余裕をなくして、私は震えそうになる手を握り締めた。
まずいまずいまずい!
どうしてここで会うの!?
こんなのゲームのシナリオでは知らない!
「シャノン?」
言えない。言えるわけがない。
言ってもわかってもらえないから、今までエリオットにさえ何も言ってなかったのに。
けど、お兄さまには嘘が通じない。
知らないって言って嘘だと言われたら、どうする?
どうすればいい?
そいつは信用できないってどう伝えれば?
「…………お嬢さまもお気づきでしたか」
突然エリオットが訳知り顔で言った。
そしてアッシュグレーのお目付け役を睨む。
その目には明確な敵意があった。
「エリオットも知っているのか?」
「知っていると言うほどではありませんが、見ました」
もしかして昨日の?
たぶんあの敵モブの後に路地に入ったのはこの青年だ。
けれど怪しい密談をした相手かはわからない。
声を聞いても、あの時は短い単語のやり取りがほとんどだったし。
「断固反対です」
宣言するように、エリオットは指を突きつける。
「その方は、船でお嬢さまについて回った変質者の疑いがあります!」
「えー!?」
言われた本人が大声で驚く。
そんなお目付け役を振り向くお兄さまは、作り笑いの笑顔だ。
「どういうことだ、オーエン?」
「ちょっと待って! 若さまも笑顔で殺気立たないで!」
大慌てのオーエンは、誤解だと弁明する。
正直、コミカルで悪人っぽくない。
それでもやっぱり、このひとがオーエンなら、ゲームにいたあのオーエンとしか思えない。
「た、確かに同じ船に乗ってました!」
「何故言わない?」
「僕プライベートですよ? 休暇中ですよ? なのに当主一家にお声かけなんてできるわけないでしょ!?」
詰め寄るお兄さまにオーエンはたじたじながらも言い訳を叫ぶ。
特におかしなことも言っていないオーエンに、アリスが困ったように聞いて来た。
「あの、シャノン。本当に変態さんなの?」
「それは、うーん…………」
そこまでの趣味嗜好は知らないしなぁ。
「否定して! 僕は無実だー!」
貴族屋敷に似つかわしくない大声で騒ぐオーエンは、いっそ十代ばかりの室内で一番子供っぽかった。
「指一本も触れてない! これは誓って言えます!」
お兄さまはじっとオーエンを見据えて、身を離す。
まぁ、事実だし。お兄さまの異能も反応しなかったんだろう。
「それで、エリオット。どういうことだ?」
けれどエリオットからの事情説明を求める。
うん、完全には疑いを晴らしてない。
「はい。船でお嬢さまを窺っていたのを見ました。お嬢さまも最初は気づいていらっしゃらなかったようですが。今思えば部屋に戻りたいと言っていた時、だいたいこの方が」
「偶然だよ、たぶん! あ、そうだ! あの王姪の令嬢に睨まれたからとか、ね?」
何故かオーエンが私のほうに救いを求める。
けど、そんな気になれない。
いっそここでお兄さまから不信感抱かれてもいいと思えてしまう。
「目が合いそうになると、避けるようにいなくなる方ではありました」
「それこそ偶然だよ!?」
ちょっとした罪悪感から横を向いて告げると、私に近づこうとしたオーエンをエリオットが目の前に立って阻む。
本当は今日まで顔見てなかったけどね。船にいたのは確かだし、あれきっとオーエンだし。
「僕はただの魔法学校の購買員で! ルール侯爵から学内の様子を報告するよう命じられるくらいには信任もあるんだよ!?」
「シャノン、こうおっしゃってるわ」
「魔法学校はルール島の中にあっても王立だから治外法権なの。私、魔法学校の中については何も。…………でも、そんなところでお父さまの息がかかった人物は、ただの購買員なのかしら?」
必死のオーエンの言葉に困り顔のアリスだったけれど、私の指摘に頷く。
そこにエリオットがさらに指摘する。
「本人の嗜好は旦那さまの信任には関係しません」
「誤解だよ! 僕はもっと大人の女性が恋愛対象だか、ぐえ!?」
「僕の妹の何処に文句があるのかな?」
「待って待って! 品行方正で微笑みを絶やさない優等生の若さまは何処!?」
「僕のシャノンは何処を見ても魅力的な淑女じゃないか? 可愛らしいだろう? 可憐だろう?」
「あ、はい! もちろんです! 仰るとおりですから、その手を離して!」
お兄さまに襟首を掴まれたオーエンは、苦しさから逃れるために自棄になって叫んだ。
「じ、実は見てました! 若さまご自慢の妹さまが、気になりまして!」
「僕の妹に不埒な視線を注いでたのか!」
「なんて答えればこれは正解なんですか!? 平民の僕じゃ、この手を振り払うだけで厳罰なんですけど!?」
そんな情けない叫びをあげてオーエンは嘆く。
「僕は噂の港町でクリスマスマーケットを楽しみに来ただけなのに!」
「シャノン、この方は本当にただの観光なんじゃ…………?」
「一人で国外旅行? 貴族でもないのに?」
「そ、そういう寂しい方もいると聞いたことがあるわ」
アリスは優しいなぁ。
アリスの優しさにオーエンも侘しい顔をして黙る。
「アリス、淑女たるもの身元の不確かな殿方の言葉をうのみにすべきではないのよ?」
「は、確かにお母さまも笑顔でよく喋る方には気をつけなさいと」
「教育の行き届いたご令嬢ですね! でも僕は違いますから!」
オーエンは流れの悪さを察して無実を訴えた。
どんなに哀愁誘う様子で訴えても、私は信じない。
場合によってはエリオットのいうとおり、私を観察していた可能性が高いんだから。
このオーエン・ハイデン、ゲームでは購買にいるモブだ。つまり、本人が言うとおり、購買員のお兄さん。
アイテム交換や課金係としてゲームには存在した。
そしてストーリーでも、ルール島の噂話を聞かせてくれるサポートキャラ。
なんだけど…………。
「オーエン、本当に僕のシャノンに疚しい気持ちを欠片も抱かなかったんだな?」
「当たり前ですって!」
「当たり前だと!? 僕の妹の魅力がわからないのか!?」
「あー! この流れさっきもしましたよねー!?」
お兄さまへの対応に四苦八苦してる。
これはゲームと同じ。こういうキャラを演じるのがオーエンだ。
オーエンは『不死蝶』を騙して操って利用して、『不死蝶』を敵役にする存在。
そしてその末に裏切るキャラクターだ。
『不死蝶』を主人公にぶつけるその裏で、ルール島で暗躍するゲームの黒幕。
それがこのオーエンの役どころだった。
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