42話:敵モブ発見
聖誕祭の日、私は家族とアリスも一緒に街へと繰り出していた。
お祭りは夜を徹して行われるため、日の傾き始めた今、夜のための準備で賑やかだ。
「夜はやっぱり出てはいけないそうよ、シャノン」
「残念だけれどしょうがないわ。お酒が出るもの」
それでも準備される聖誕祭の飾りは、ニグリオン連邦と違って見ていて面白い。
この辺りは今日馬車の乗り入れを禁止しているから、他にもいい家の子だろう子供たちがはしゃいでいる。
「とは言え、夜のイルミネーション見たかったわ」
「聞いた話だけれど、港の船もこの時期停泊しているものは飾り付けられているそうなの」
「それも見てみたいわね。そうだわ、アリス。朝早くならまだ飾り付けが残っているかも」
「えぇ、今夜は早めに寝ましょう。きっと船ごとにお国柄が出ているわ」
私はアリスとお喋りしながら先へ先へと歩く。
浮き足立ってると言ってもいい。
「あ、でも帰ったらまず一緒に作ったお菓子の出来を確かめなきゃ」
「シャノン上手だったね。私上手くできなくて、ちゃんとできてるかな」
出かける前に作った聖誕祭のためのお菓子は、その日の夜にだけ食べていい子供たちへのお祝いの品。
危ないから家にいなければいけないけれど、聖誕祭の日は夜にお菓子を食べるという名目で夜更かしが許されている。
「お嬢さま方、足元にお気を付けを」
私たちについて来てるエリオットに言われ、ようやく早くなっていた足を緩めた。
雪は道の端に避けられてるけど、石畳は濡れてるから確かに危ない。
立ち止まるとエリオット以外は後ろのほうで、人込みに紛れぎみだ。
お父さまたちも一緒だったのを、喋りに夢中で忘れていた。
「あら、大変。お父さまたちは私たちがこれだけ離れていることに気づいてないのかしら?」
「私たち小さいから、近くにいると思っているのかもしれないわ」
「賑わっていますし、年頃の近い者もおりますので見間違えているかもしれませんね」
私たちは三人で端に寄って、お父さまたちが来るのを待つことにした。
またアリスとお喋りをしようと首を巡らせた途端、人が側の路地を曲がって行くのが視界に入る。
「…………え?」
見間違い…………じゃない?
私が見たのは黒いフードのいかにも怪しい人物。
怪しいどころじゃないことを、私は知っている。あれは敵だと!
「お嬢さま、そんな道を覗き込んでどうしました?」
「シャノン、建物の間の暗い道は危ないわ。荷担ぎの柄の悪い人なんかがいるそうよ」
思わず路地を覗き込む私に、エリオットとアリスが注意をした。
けれど私は遠ざかる敵の後ろ姿を見つめることに忙しい。
見間違いなら良かったけど、たぶんそうだ。
あの人物はゲームの敵モブ!
「どうしてここに?」
「うわ!?」
すぐ側で、子供が濡れた地面に滑って叫んだ。
私は咄嗟に手を出して、掴んだ途端に一緒に転ぶ。
「お嬢さま! お怪我はございませんか? さ、お手を」
「私は平気。あなたは大丈夫?」
「あ…………、う…………、ごめんなさい!」
震えあがった男の子は、悲鳴のような謝罪を残して逃げた。
え、すごく怯えられたのは、なんで?
「私、そんなに怖い顔してたかしら?」
「お嬢さま、きっと身分違いでドレスを汚してしまったため、恐れおののいたのかと」
あぁ、弁償しろなんて言われても、たぶんあの子は無理だよね。
雪の積もる中、マフラーではなく手拭を巻いていたのを私は見た。
「気にしなくていいのに。怪我しなかったかしら?」
「シャノンは誰にでも優しいのね」
アリスこそ優しそうに笑うと、転んだ私のスカートをハンカチで拭いてくれる。
ドレスの汚れを確認しようとしたところで、また路地へと誰かが入って行った。
反射的に目で追うと、アッシュグレーの髪が見える。
目深に被ったキャスケットで顔は見てない。けれど、船でも見たから確信を持つ。
「今の…………!」
とても危ない気がする。
私は急き立てられるように後を追った。
「シャノン!? 駄目よ、危ないわ!」
「僕が追います! アリスお嬢さまはここでお待ちください!」
アリスは路地を怖がって追って来ない。
対照的に、エリオットは迷わず私の後を追って来た。
「お嬢さま、どうなさったんですか?」
「怪しい人がいるの」
「…………何が怪しいと?」
エリオットは否定せず聞いてくる。
ただ、私は答えを持ってない。
それでも進むと顰めた声が聞こえて来た。
「荷はどうだ?」
「問題なく積めた」
「聖誕祭が終わればすぐに行け」
「わかってる。だが、奴らがうろついてるんだ。急ぐだけ怪しまれる」
短いやり取りは言語が違う。
港町だからクラージュ王国以外の言語は珍しくない。
そしてクラージュ王国の公用語の他、基礎教養として周辺五か国の言語を修得した私には意味がわかる。
…………ニグリオン連邦の言葉なんだよねぇ。
「おい! そこで何してる!?」
私たちの後ろから、別の敵モブが現われた!
正面から見てもやっぱり顔の見えない謎フード!
もうこれは絶対そうだ!
「散るぞ」
「あ、おい!」
追ってた相手の一人が素早く逃げる。
「おい、ガキ二人だ!」
「ちっ」
後ろの敵モブの呼びかけに、残った一人がこちらに来る。
現われたのは先に路地に入った敵モブのほう。
話してた相手は特定できず。アッシュグレーの髪の人物かさえ不確かなまま。
前後を挟まれた私とエリオットは慌てず相手を見据えた。
「通してくださらないかしら」
「何を聞いた?」
「なんのことでしょう」
エリオットはしらばっくれる。
実際、何を聞かされたのかわからないんだけど。
だからと言って見逃してはくれない。
何せ敵モブ。
出会ったら強制戦闘だ。
「痛い目みせて喋れなくしてやろう」
「いいのか、高そうな服着てるぞ?」
「この時期だ。誰がやったかわかるかよ」
「はぁ…………可哀想に」
密談してたほうの敵モブは私たちに同情的だ。
でもやるつもりには変わりない。
「売り払われないだけましだと思っとけ」
「あらお優しいのね」
何故私がこんなに余裕ぶっているかというと。
すでに魔法は用意済みだからだ。
「痛い目を見て、よく喋ってくださいね」
私は風属性の魔法を展開した。
十二個の魔法文字から風が一斉に吹きつける。
狭い路地で強風を受け、私たちの後ろを取った敵モブは踏み止まるだけで精一杯だ。
「誰が襲ったかを知るために、まずそのフードを取らせてもらいましょう」
後ろを窺うと、エリオットも炎の壁を作って牽制していた。
敵モブは突然足元から立ち上がった炎に靴先が燃えてしまっている。
そして、炎の壁越しに私を見た。
「うわー!? 嘘だろ! こいつテルリンガーだ!」
敵モブが私の目の色を見て身元に気づく。
「な、なんだと!?」
風で飛ばしたほうは、地面を転がった末に仲間の言葉に叫ぶ。
「ばれてたんだ! 逃げるぞ!」
先ほどまでの強気から一転、敵モブは逃走のために動いた。
エリオットが起こした炎の壁に何かが投げ込まれる。
途端に煙幕と爆竹が弾けた。
「お嬢さま!」
エリオットは私を抱き込んで守りに徹する。
魔法文字を使って風で煙幕を散らすと、二手に分かれた敵モブはバラバラに逃走していた。
「余裕ぶっておいて逃げられてしまったわ」
「どうやら、あちらはテルリンガー家に追われる心当たりがあるようでしたね」
「えぇ。…………ねぇ、お父さまたちが執拗に港を見学なさる理由は…………」
言いかけた私の耳に近づく足音が聞こえる。
思わず身構えると、現れたのはお兄さまとお父さまだった。
「こんな危ない所に!」
「そちらからいらした時に、怪しいフードの人物をみませんでしたか!」
私は反射的に質問を投げかけて、叱ろうとしたお父さまの出鼻を挫いてしまう。
勢い敵モブが逃げた方向から来たお兄さまたちに事情を説明すると、お父さまの眉間は険しくなった。
「子供だけで追いかけるなんて浅慮だ!」
不審人物を考えなしに追いかけたと、余計に怒られてしまう。
「今日はもう屋敷に戻りなさい。夜更かしも禁止だ」
この怒り方はまずい。
明日アリスと港に行きたいなんて言えもしない雰囲気だ。
「お、お父さま…………相手は、ニグリオン連邦の言葉を喋って」
「口答えは不要だ。こんな所に二度と近づかないようにすぐに屋敷へ」
「お父さま、ちょっと待ってください」
間に入ってくれたのは、お父さまと同じく厳しい顔をしていたお兄さまだった。
「シャノン、荷を積むと言っていた怪しい人物は、我が国の言葉で喋った。そしてテルリンガーだと言って逃げた。そうだね?」
「はい」
お兄さまがエリオットにも確認を取る。
「つけ加えるなら、ばれてたんだと叫んで逃げました」
エリオットの捕捉に、お兄さまはお父さまを見る。
変わらずお父さまは眉間を険しくしたままだったけれど、その表情に怒りの色はもう浮かんでいなかった。
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